39話 だめ、僕にはもう殺せないよっ……!

 ついに待ちに待った温泉旅行の日がやってきた。


 バスに揺られること30分、目的地の温泉付きホテルに到着した。


 バスを降りた皆の顔はワクワク感に包まれており、その顔を見ていると僕も嬉しくなってくる。


「えー、基本的にはホテル内では自由行動ですが、他の旅行客もいるので、迷惑のないように。それと、夕食と温泉の時間は守るように」


 藤原先生が他にも必要事項をつらつらと述べた後、僕たちはホテルに入ることになった。チェックインを済ませ、それぞれの部屋へと移動していく。


 二人一部屋で、僕は美柑と同じ部屋になった。緊張しそうになるも、後で真希波たちが一つの部屋に集まろうと言っていたからその心配はなくなるだろう。


「わぁぁ⁉ 広いし綺麗な部屋だね、レンレン! あ、窓から見える景色も綺麗だよ!」


 部屋に入って早々、美柑が感嘆の声を上げる。僕も思いの外部屋が豪勢だったため、素直に驚いた。


 僕は初め、今回の旅行が急遽決まったものだから、あまりホテルに期待しすぎるのもどうかなと思っていたけど、嬉しいことにその期待は裏切られた。普通に良いホテルだったよ。


 それにこのホテル、温泉以外にも娯楽施設があるという。


「レンレン! まずはましろんたちと一階にあるゲームコーナーに行こう!」


 美柑が僕の手を引いて、待ちきれないというように歩き出す。僕はやれやれと思いつつ笑い、素直に手を引かれることにした。



 ましろたちとも合流し、僕たちはゲームコーナーにやってきた。ここには、ゲームセンターにあるようなものから、簡易的なボウリングやアスレチックを楽しめる場所まであった。


 けど、あれ? 思ったより人がいないな。まあ、楽しめる場所はここ以外にもあるし、そこまで気にすることでもないか。


「ねえねえ! 私あれやってみたい!」


 真希波が指差した方を見ると、そこにはVR体験ができるというスペースがあった。


「VR体験⁉ 私一度やってみたかったんだ!」


「私も! やろうやろう!」


 美柑と綾子はVR初体験なようで、その目を輝かせている。僕もVRは初めてだから気になる。


「へぇ、すごいわね、これ。一度に5人まで参加できるなんて」


 ましろが説明を読み興味を示している。


「これ、どんなゲーム内容なの?」


 僕も説明を読んでるけど、内容らしいものは一切書かれていない。……あっ、最後のほうに『ゲーム内容は実際に始まってからのお楽しみ!』と書かれている。


「お楽しみって、でもこれ、普通によくあるシューティングゲームじゃない?」


 ましろの目線の先には、VRゴーグルともう一つ、シューティングゲームにありがちな銃が置かれていた。


 まあ、やってみればわかることだ。そう思い、僕たちはスペースの中に入り、それぞれゴーグルと銃を取った。


 ゴーグル越しに見えるのは荒廃した世界だった。辺りには、古びた建物がいくつも立ち並んでいる。


「すごい! 本当に別世界に来たみたいだよ⁉」


 一瞬で切り替わった世界に、美柑がワクワクした声を上げる。僕も正直、驚いていた。VRって、ここまでリアルなんだな。ゴーグル越しに見ているだけとは思えないほど、自分が別世界に来たと感じられてしまう。これでまだゲームは始まっていないという。実際に始まったら、もっと臨場感を味わえるんじゃないか?


 僕は子供の頃のようなワクワク感を思い出し、頬が緩んでしまうのを自覚していた。


 僕たちがVR世界に見入っていると、突如空気中に文字が浮かび上がった。


『今から襲いくるゾンビをお手元の銃で撃退してください。ゲームクリアまでに、全滅、もしくは白線の外に全員が出てしまった時点でゲーム終了となります』


「白線って、これのことね」


 真希波が確かめるように、後ろの白線に目をやった。


「なるほどね。つまり、この限られたスペースでどれだけゾンビを倒せるかってわけね」


 綾子が面白いというように、その顔に笑みを浮かべる。


「? 蓮、どうしたの?」


 ましろが僕の顔が少し引きつってしまっているのに気づいたようだ。


「な、何でもないよ」


 僕はそう言うものの、内心は少しげんなりしていた。よりによって、僕と同じゾンビを倒すゲームだったなんて。いや、ゲームの中だから気にすることなんてないんだけど……なぜだろう、何かいやだな。


 美柑も笑顔に見えるが、その頬はわずかに引きつっていることがわかる。


 そんな僕たちの複雑な思いを知ることもなく、ゲーム開始を告げるブザーが鳴った。それと同時に、建物の中から数匹のゾンビがわらわらと襲い掛かってきた。


「来たわね! 皆、やるからには高得点を狙おう!」


「了解!」


 真希波と綾子が頷き合い、さっそく銃を撃ち始めた。音もリアルで、銃声が耳に直接響くかのようだった。けど、


「ぐぎゃああ⁉」


 ゾンビの方にも声が搭載されているらしく、断末魔を上げ緑色の血飛沫を上げつつ倒れていった。……くっ⁉ 胸が痛むのは何でだ……⁉


 そう感じていると、僕のほうにもゾンビの一体が近づいてきた。このままだとやられてしまう。僕は内心で謝りつつ、銃の引き金を断腸の思いで引いた。


「がぎゃああ!」


 断末魔とともに、目の前で仮想のゾンビが倒れていく。その際、「この裏切り者が⁉」とでも聞こえてきそうだった。ごめんなさい!


「きゃあ⁉」


 近くで美柑の悲鳴が聞こえたかと思った瞬間、銃声が鳴り響いた。今まさに美柑を襲わんとしていたゾンビが、ましろの撃った弾で消えていく。


「どうしたの、美柑? ゾンビ苦手だっけ?」


 ましろが心配げに美柑に尋ねる。


「いやあ、あはは……ちょっとリアルすぎてびっくりしちゃってて」


 美柑が苦笑いする。気持ちはよくわかるよ、美柑。でも、やらないとこっちがやられちゃうんだ。ここは心を鬼にするんだ。


 僕は半ばゲームだということを忘れて、真剣な目で襲いくるゾンビを睨み付ける。けど、


「あははっ! これ面白いね! 自分が最強になったみたいで、ゾンビがどんどん死んでくよ!」


「私もうゾンビ20体も殺したよ!」


 もうやめて⁉ ゾンビがかわいそうだよ⁉


 真希波と綾子の楽しそうな声に、僕は胸が抉られるようだった。


 僕はすっかりゾンビ側に同情してしまっていた。そのせいで、開始して5分と経たないうちにゲームオーバーとなるのだった。


 だめ、僕にはもう殺せないよっ……!

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