36話 二人きりの勉強会は心臓に悪いよ
静かな美術部の部室で、ノートに文字を綴る音だけが小さく響く。
僕は今、美柑と二人きりの部室で、美柑に勉強を教えていた。
今日の勉強会は中止だったはずなのに、放課後になって突然美柑に部室まで連れてこられ、こうして勉強を教えてほしいということになったのだ。それ自体は別に構わないんだけど。
「できた! 答え合ってるかな?」
「見せて。……うん、合ってる。正解だよ」
「やった!」
美柑がグッと拳を握り締めてみせる。わからなかった問題がわかった時って嬉しいよね。
「よし。この問題が解けたんなら、次はこの問題にいってみようか」
「うん! よ~し、やってやるぞ!」
闘志でも燃やすかのように、美柑の目にはやる気の火が灯っているかのようだった。
「いやぁ、それにしても、先生と二人でやる勉強会もいいね!」
美柑が僕のことを先生と呼んでそんなことを聞いてきた。僕はちょうど気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、今日は突然どうして二人きりで勉強会をやりたいって言ったの? 綾子は誘わなくてよかったの?」
綾子も今日は用事なかったはずだから、綾子も誘えばよかったのに、と僕はそう思ったけど、美柑は申し訳なさそう顔をした。
「あやりんには申し訳ないとは思ったんだけどね。でも、できれば今日は先生と二人きりで勉強を教わりたかったんだ」
美柑が頬を赤らめてその事実を言うものだから、僕のほうまで頬が赤くなってしまう。ずるいな、美柑は。
二人の間で気まずいようなむずがゆいような空気が漂い始めたが、そこまで悪いものとは思えなかった。美柑も相変わらず頬が赤いながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。
この空気に浸っていたい気分だったけど、ふと件のメールのことを思い出してしまった。
『真倉美柑と仲良くしないで』。今のこの状況は、送り主からしてみれば相当まずいものなのでは? そう考えると、急に不安を覚えてしまう。
そもそも、送り主はどこまで僕たちのこと、また僕のことを知っているのだろう。あのメールも、僕の秘密を知っていると書かれているだけで、その秘密が何なのかまでは書かれていなかった。
もしかして送り主は、僕の秘密を知らない? それとも単純に、ゾンビや女の子であること以外での僕の秘密を知っているということか?
……考えれば考えるほど、わかなくなってくるな。
「先生?」
僕の様子に気づいたのか、美柑が僕をうかがうような上目遣いの視線を向けてくる。僕はその不意打ちに思わずドキッとしてしまった。
「な、なんでもないよ。そういえば、勉強の途中で悪いんだけど、美柑に一つ聞きたいことがあったんだ」
「え? 何かな?」
メールのことを考えていたら、それに合わせて美柑が僕に送ったラブレターのことも思い出していた。そのことで、少し疑問に思っていたことがあったんだ。
「美柑は僕の旧スマホの方にラ、ラブレターを送ってくれたけど、美柑はどうして僕のアドレスを知っていたの?」
口に出すと恥ずかしくなってしまうが、美柑のほうもそれは同じなようで、その顔ごと赤くしてしまう。
「ラ、ラブレターね⁉ う、うんうん、ラブレターっ⁉」
ラブレターを送った事実を改めて思い出してしまっているのか、美柑は壊れぎみにラブレターの単語を繰り返す。
「み、美柑、落ち着いて⁉」
僕が何とか宥めると、美柑は深呼吸を一つして落ち着いてくれた。
「えっと、私が先生のアドレスを知っていたことだよね。……その……ご、ごめんなさい! 実はましろんからアドレスを勝手に聞いちゃいました!」
美柑が体を竦ませながら、その事実を告白した。
けど、僕は別に怒るわけでもなく、むしろ困惑していた。
(ましろから教えてもらった? でも、僕はましろにアドレスを教えたことなんてあったっけ?)
僕の記憶の中で、ましろにアドレスを教えた記憶はないはず。僕が覚えていないだけで、もしかしたら何かの拍子に教える機会でもあったとか?
「せ、先生? やっぱり怒ってる?」
ずっと黙っている僕に、怒っていると勘違いした美柑が声を怯えさせながら問いかけてきた。
「ご、ごめん。別に怒ってないから大丈夫だよ」
僕は美柑を安心させるように笑って答える。それに安心したのか、美柑はホッと一息吐いた。
「よ、よかった。でも、勝手に教えてもらうのはダメだよね」
美柑が反省の意を示してみせる。
「まあ、これからは相手の意思をちゃんと確認してからがいいよ。じゃないと、トラブルの原因にもなっちゃう可能性があるからね」
僕はわずかな疑問が引っかかりつつ、美柑にそう注意を促す。
「えへへ、ごめんなさい。あ、ましろんは悪くないからね⁉ 私が勝手にお願いしたことだから」
「うん、わかったよ」
そもそも、ましろは僕が九重蓮だって知らないから、アドレスのことで注意なんてできないんだけどね。
「そういえば、ましろんと先生って仲が良かったよね。私羨ましくて、少し嫉妬してたんだよ」
美柑が冗談めかして笑う。僕はその言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
「仲が良かった、か。美柑にはそう見えてたんだね」
僕からしたら、ましろが一方的に近づいてきただけだから、正直困りものだった。本当、ましろの目的は何だったんだろう。
しかも、ここ最近はまたましろから得体の知れない何かを感じるようになってしまったから、ますますわからくなってしまった。
とはいえ、ましろは別に悪い子じゃないんだよな。そのせいで余計に混乱してるんだけど。
「ねえ。美柑から見て、ましろは僕のことをどんな風に見てたかわかる?」
「ましろんから見た先生? うーん、確か先生のことをからかうのが楽しいって言ってたかな。からかうって言っても、意地悪みたいな感じじゃないけどね」
その言葉に、僕はどこか得心していた。確かに、僕はよくましろからからかわれていたっけ。
(でもたぶん、それだけじゃないんだよなぁ……)
「ましろって、中学の時からそんな感じだったの?」
「いや、たぶん先生が初めてじゃないかな? ……というか先生、さっきからましろんの話ばっかりだね……」
ふと、美柑が機嫌悪そうにムスッと頬を膨らませた。
「はっ⁉ もしかして、ましろんのことが気になってるとか⁉」
「え? ち、違うよ⁉ ただ気になったことを聞いただけだよ⁉」
まさかの誤解をされ、僕は焦る。ましろのこと気になるといえば気になるけど、それは恋愛方面の気になるじゃないよ⁉
「嘘だ~⁉ 先生すごい熱心に聞いてきたもん!」
「だ、だから違うって⁉」
結局、それから美柑は不機嫌なまま、ムスッとした顔で疑いの目を向け続けてくるのだった。
何で僕、こんなに焦ってるんだろう?
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