35話 打つ手なし!?

 無事に温泉旅行に行くため、さっそく昨日に引き続き今日もましろの家で勉強会をやろうとした矢先だった。


「ごめん……皆は先に行ってて。僕は職員室に寄ってから行くよ」


 僕は皆に頭を下げる。職員室に行くというのは嘘で、本当は寧に校長室まで来るよう呼ばれたのだ。


「わかったわ。じゃあ私たちは先に勉強を始めてるわね」


 ましろが納得し頷く。


「早くきてね、レンレン⁉」


「蓮ちゃんが最後の希望だからね⁉」


 美柑と綾子が藁にも縋るような面持ちで僕を見てくる。僕はそんな必死な二人に苦笑いしつつ言った。


「すぐに行くから。それまではましろと真希波に教えてもらいな」


 といっても、果たしてすぐに寧が解放してくれるだろうか? 


 僕は不安を感じつつ、校長室に向かうのだった。



 校長室に入った瞬間、周囲の気温が一気に下がった気がした。それにどことなく、空気も重いような……。


「ね、寧、来たよ」


 部屋の空気に若干気圧されつつも、僕は寧に呼びかけた。


「……いらっしゃい、お兄様」


 僕の方を見ずに言ったその一言に、寧の機嫌が悪いことを僕は悟ってしまった。


 これはもしや、昨日の件について実は相当怒っていたのでは? 僕はそう思い、内心ひやひやとし始めた。


 寧は下着姿で露わになった足を優雅に組み、やっと僕の方を見た。


「お兄様、寧のサプライズプレゼントは喜んでくれたかしら?」


 寧はいじらしく笑って見せる。


「温泉旅行っていう行事はいいアイデアだと思うよ。皆の息抜きにもなるしね。でも、どうせ息抜きが目的なら補習はいらないんじゃないかな?」


「それじゃダメよ。あくまで学生の本文は勉強だもの。学生らしくやることはしっかりやらせないとね」


 意外と生徒のこともちゃんと考えているんだな。少し驚いた。


「温泉旅行の案は、寧が出したの?」


「いえ、アイデアを出したのは藤原よ。私はその案に乗っただけ。けど、本来なら補習なんていうペナルティはつけるつもりはなかったのよ。……昨日まではね」


 つまり、僕のせいでペナルティが発生したってわけ?


「ぼ、僕のせいにしないでよ⁉」


 というか、温泉旅行の案って藤原先生が出したのか。これこそ意外だよ。


「お兄様が悪いのよ? 寧を置いてきぼりにして自分は楽しく女の子たちとイチャイチャするだなんてね」


「い、イチャイチャなんてしてないよ⁉」


 ちゃんと真面目に勉強してたよ! ……最初の一時間半までは。


「これでもかなり譲歩してあげたほうよ。それに、お兄様なら教えることは得意でしょう?」


 寧がまるで挑発でもするかのように僕を見つめてくる。


 得意とまでは自惚れているわけではないんだけど。単に僕は教えることが好きなだけだ。


「だとしても、期間が短すぎない? いくら何でも、ハードルが高いよ」


「罰なんだから、厳しくして当然でしょ」


 間髪入れずに寧が罰と言い切ったよ。


 若干納得いかないと思いつつも、もうやると決めたことだ。これ以上はもう何も言うまい。


 しかし、依然として寧の不機嫌な空気が消えることがない……まだ他にも罰があるのかな。


「お兄様の罰についてはこのくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか。件の迷惑メールについてよ」


 寧のその言葉に、僕は息をのんだ。


「もしかして、メールの送り主がわかったの?」


 朝寧に相談したばかりなのに、もう見つけたのかと僕は思った。けど、


「……いえ、本当に憎いことだけど、わからなかったわ」


 全く予期していなかった返答に、僕は虚を突かれた。あの寧が、見つけられなかっただって?


「わからなかったって、えっと……」


「アドレスがわかってるなら、普通なら簡単に見つけられるんだけどねっ……」


 寧が憎々しげに言うけど、その普通っていうのが寧にとっては普通でも、僕たちにとっては普通ではないからね?


 でも、寧でもわからないって相当じゃないか。


「あれ? わからなかったのって、二通とも?」


「……ええ」 


 僕のその言葉に、寧は悔しげに頷いた。


 何だか、ますますきな臭くなってきたな。二通目のメールはまだしも、意図がわからない一通目もわからないとなると、途端にそのメールのほうもさらに怪しいものに思えてきてならない。


「このメールについてはもっと探ってみるわ。だから、それまでは……いえ、これからお兄様はずっと真倉と仲良くしないようにしなさい」


 悔しげな感情を残しつつも、寧が愉快気に笑う。このメールの脅迫文を利用して、僕と美柑の距離を離そうっていう魂胆を思いついたのかな。


「そんなこといわれても……てか、今日もこれから美柑たちの勉強を見なきゃいけないんだから、無理だよ」


「教えるのに仲良くする必要なんてないじゃない。スパルタに教えてあげなさい」


 スパルタって……まあ多少はスパルタでいかないときついけどさ。


 僕は内心でげんなりしつつ、校長室を後にするのだった。



 駅を乗り継ぎ、ましろの家までやってきた。インターホンを鳴らすとましろの声がし、「鍵は開けたから中に入ってきて」とだけ言われた。


 言われた通りに中へと入り、昨日と同じ広間に向かおうとするが、


(ま、迷った……)


 いかんせん広すぎるせいで、広間がどこにあるのかわからない。昨日広間に行くまでも、周りの高級品に目を奪われていたため、道順なんてまるで頭に入ってなかったよ。


 ほぼ感覚だけを頼りに廊下を進んでいき、一つの大扉の前まできた。


(あれ? 開かない)


 ここだと思ったが、扉は鍵がかかっているのか開かなかった。


「なかなか来ないと思ったら、ここにいたのね」


 頭を悩ませている僕に、後ろからましろが声をかけてきた。


「あ、ましろ。ごめん、ちょっと迷っちゃって」


「そうだったの。ごめんね、うちわかりにくくて。リビングはこっちよ」


 ましろが苦笑しつつ、僕を手招きしてくる。よかった、これで無事にたどり着ける。


 それにしても、自分の家の中なのに鍵をかけてる部屋があるんだな。僕は珍しいこともあるんだなと思った。



「ぷしゅぁぁ……」


「ひゅぁぁ……」


 美柑と綾子が頭から真っ白な煙を上げ、壊れた機械みたいな音声を上げる。


 なぜ二人がこんな状態になってしまったのか、原因は僕にある。


「ご、ごめん。やりすぎたよ」


 僕は二人に頭を下げつつ、先程までの自分を反省する。


「別に蓮が謝ることはないと思うわよ。今の二人にはあれくらいが十分だと思うわ」


「そ、そうかな? 私は途中ちょっと蓮ちゃんが鬼に見えたけど」


 ましろが当然という顔をするのに対し、真希波は若干引きつった笑みを浮かべる。


 テストまでの期間が短い、かつ二人の成績が悪いこともあって少々スパルタ気味に本気を出して教えたんだけど、どうやらやりすぎて二人の脳をパンクさせてしまった。


 最初からいきなり飛ばしすぎたよ、反省します。


 どうにか二人を回復させ、今日の勉強会はお開きすることになった。


「あ、そうだ。私、明日はちょっと私用があるから勉強会はパスさせてもらうわ」


「ええ⁉ じゃ、じゃあ明日の勉強会は中止?」


 ましろの言葉に、真希波がガクッとうなだれる。


「別にあなたは成績悪くないんだから落ち込むことないじゃない」


「いやぁ、勉強会という名のこの集まりが好きなんだよ、私は」


 真希波がにかっと笑ってみせる。余裕がある真希波にとっては、この勉強会は楽しい遊びとして考えてるんだろうな、多分。


「全く。とりあえず、明日は個人で自習って感じがいいんじゃないかしら。自分で今日やったことの復習をするのも大事よ」


 ましろの提案に僕は頷く。


「うん、それがいいかもね。期間は短いけど、ましろの言うように自分で復習する時間をとることも大事だ。僕も、今日の教え方はちょっと反省したいし……」


 僕自身も少し焦りすぎてしまった。多少は無理させてしまうにしても、限度は見極めないとね。


 まだ完全には回復しきれていない美柑と綾子も機械のように頷いてみせるのだった。


 本当にごめんなさい……。

 

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