第2章 真倉美柑ーポーチュラカー

15話 人脈の差でも負けてしまう兄だなんて

 紅茶の香りが漂うリビングで、僕と寧は朝食を食べていた。


 結局、昨日のあの後、ラブレターの送り主のことを考えてしまいぐっすりとは寝つけなかった。


「どうしたの、お兄様? とても眠そうだけれど」


 寧が僕を訝しみつつ、心配そうに尋ねてくる。


「……ちょっと昨日寝つきが悪くて」


 昨日は疲れていたから、本当ならすぐにでも寝ているところだったんだけどな。


 寧は変わらず僕を見ていたが、何かを察したのかその顔が妖しげな笑みに変わる。


「もしかしてお兄様。いかがわしいことをしちゃったかしら?」


「ぶっ!?」


 その言葉に、僕は思わず噴き出してしまった。突然何を言い出すんだよ!?


「ごほっ、ごほっ! い、いかがわしいことって!?」


「照れることはないわよ。男の子の体から女の子の体に変わったんだもの。『そういうこと』に興味を持ってしまうのも、致し方ないわ」


 本当に何てことを言い出すんだ!? 『そういうこと』って、僕は別に興味ない……はず。


「何もしてない! してないから!?」


 必死に抗議の声を上げるも、寧は温かい目で僕を見てくる。そんな目で見ないでくれ!?


「まあ冗談はこのくらいにして、何があったのかしら?」


 ……絶対冗談って思ってないよね? 


 けど、何があったのと聞かれても、正直に答えることもできない。


 僕に送られたラブレター。その送り主を探すなら、寧に頼めばたぶん簡単に見つけてくれると思う。だって、生前の僕が学生の時に貰ったメールでのラブレターを、メールアドレスだけで相手を特定したことがある(その時の相手からは、その後距離を置かれた……)。


 だから今回もすぐに見つけてはくれるだろうけど、見つかったら最後、相手がどうなってしまうかわからないから絶対に寧には頼めない。


「……本当にただ寝つきが悪かっただけだから大丈夫だよ」


 僕ははぐらかすように、空になった食器を持ってキッチンに向かった。


 変な勘違いをされるのもいやだけど、それで上手くラブレターのことを隠せるなら少し我慢しよう。


 ちょうど時間もよく、そろそろ学校に向かう時間だ。


「寧。食器は僕が洗うから学校に行く準備してて」


 しかし、寧からの返事がない。あれ? 聞こえなかったかな? そう思い、僕はキッチンから顔を出してもう一度言おうとする。


 すると、寧は僕の声を聞かずにスマホをじっと見つめていた。


 ……珍しい。寧は僕と二人きりで話す時、いつもスマホを触らないのに。


「寧ー! 学校に行く準備しててー!」


 さっきよりも大きな声で言うと、今度は気づいたようで寧は顔を上げる。


「ええ。わかったわ」


 寧はスマホをしまい席を立った。


 一体スマホで何を見ていたんだろう?


 まあ、食事を終えてからスマホをいじるなんて別に変なことじゃない。寧が何を見てようと、僕には関係ないことだしね。



 僕は昨日と同じく日傘をさしながら寧とともに駅へと向かっているのだが、昨日よりも人の視線を感じる。


 原因はわかっている。だって僕は今、日傘と制服に加えて、真っ黒なサングラスに白いマスクをしている。ぱっと見は不審者だろう。


「……ねえ。この格好昨日より目立ってない?」


「お姉様を視姦されないための苦肉の策よ」


 視姦って……。確かに昨日はいやな思いしたけども、これはこれで恥ずかしくていやなんだけど。


 ていうかこれ、側から見たら僕たちってどういう関係に見えてるんだろう? 正直片方(僕)が不審者なため、姉妹とかには見えないのでは。


 姉妹という単語に、ふと思ったことがある。


「そういえば、寧は僕の妹だってこと、学校の皆には話してないんだね」


 てっきり周知させていると思っていたけど、真倉たちの様子を見るとそうではなさそうだった。


「わざわざ口外はしないわ。仮に言ってしまうと、絶対に学校中が騒ぎになって面倒なことになるわ」


 まあ、確かに寧の言う通りかも。新しく着任した校長先生の姉が転校生としてやってきたと考えたら、色々とカオスだ。


「あれ? じゃあ今の僕たちを見られたらまずいんじゃないの?」


 寧は今校長先生でもあるんだから、一生徒の僕といたらどんな関係か疑われてしまうのでは?


「問題ないわよ。だって寧は校長先生という肩書きを持っているだけで、世間からはそう認識されてはいないもの」


 ……どういうこと?


 僕が要領を掴めないでいると、寧はスマホを取り出し、「うちの学校のホームページを見てみなさい」と言う。


 言われた通りスマホでうちの学校のホームページを開きーー、


「ーーえ?」


 校長先生の顔写真のところには、寧とは全く別人の30代ほどの女性が写っていた。


「……これってもしかして、影武者みたいな感じ?」


「そうよ。だから寧たちがいくら生徒たちに見られようと問題ないのよ。誰も寧を校長先生だとは思っていないのだから」


 確かにそうだけど……ここまでするのか。


「で、でも! もし生徒の誰かが校長室に入ったら即アウトじゃないの!?」


「昨日も言ったでしょう。寧はお姉様以外をあそこに入れるつもりはないわ。校長先生としての顔が必要な時はその影武者に任せるつもりよ。寧から生徒たちに接触するつもりはないわ」


 まさか、これからずっと生徒の誰とも接触しない気なのか? 生徒と一回も会って話さない校長先生なんて、校長先生失格だと思うんだけど……。


 それにしても、ここに写ってる影武者の女性も多分寧の知人なんだろうな。どれだけ人脈持ってるんだろう、僕の妹は。僕なんて数えるくらいしかいないのに。


 妹に人脈の差でも負けてしまい、兄(姉)として少し悲しくなる僕だった。

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