14話 スマホなんて見るべきではなかった?

 結局、真倉に手を引かれたまま僕は美術部の部室前まで来てしまった。


 真倉はポケットから鍵を取り出し、部室のドアを開けた。


「……真倉さんって、美術部なんですか?」


「そうだよ! そして何と! 1年にして副部長を勤めています!」


 自慢するように腰に手を当て、真倉はドヤ顔をする。けど、僕は内心で困惑していた。


 真倉は確か、テニス部じゃなかったっけ? 運動ができなくてもテニスは好きだからテニス部に入部した、そんな話を笹倉から聞いたことがある。


 上手くいかなかったから、部活を変えた?


 そんな僕の疑問は露知らず、真倉は中に入ってしまったため、僕も中に入る。


 絵の具や木の匂いが鼻を突き、中にはキャンバスや絵の具が付着した机、マネキンなどが置かれていた。


 真倉はそれらを無視して、部室奥にあるロッカーの一つを開けた。何かを取り出し、それを僕に見せてくる。


「じゃじゃーん! 缶詰~~!」


 真倉は缶詰をまるで高級食品かのように大々的に見せてくる。


「か、缶詰? 何で缶詰が部室のロッカーに入っているんですか?」


「非常時のためだよ! 缶詰なら、保存も効くしね!」


「非常時って、何で美術部がそんなこと考えてるんですか⁉」


 ツッコミせずにはいられなかった。危機意識が高いともいえるけど、部活だよね? 非常食用意している部活なんて聞いたことないんだけど。


「まあまあ、細かいことは気にしない。それより、ほら、時間ないから食べて食べて!」


 真倉は僕の手に缶詰を握らせてくる。まあ貴重な非常食をわざわざ僕に食べさせてくれるんだ。ありがたく頂こう。……にしてもすごいな、この缶詰。パッケージにチーズケーキって書いてるんだけど、チーズケーキって缶詰にできるんだ。味も……うん、普通にチーズケーキとしておいしい。


 こうして、転校初日の昼食がチーズケーキの缶詰という、人生で一度も経験しないであろう経験をするのだった。



 午後からの授業は何もトラブルが起きることもなく、そのまま放課後になった。


「蓮ちゃん! これから暇? もしよかったら、これから買い物に行かない?」


 真倉が覗き込むようにして顔を近づけてくる。だから近いよ⁉


「えっと、真倉さん美術部はいいんですか?」


「今日は休みなの」


 そっか。僕もこれから何かあるわけじゃないし、ここは真倉に付き合ってみるか。彼女には少し気になる部分もあるし。


 だが、そこで僕のポケットが振動した。寧からもらった新品のスマホを取り出し画面を見る。


『これから校長室にきなさい』


 寧からそんな一文だけが書かれたメールが来ていた。あれ? 何か寧怒ってない?


「ごめんなさい。ちょっとこれから転校手続きで確認したいことがあるらしく、買い物には行けなそうです」


 寧から命令を無視すると、後でどうなることか想像するだけで怖い。どことなく怒ってるぽいから尚更だ。


「あー、それなら仕方ないね」


「本当にごめんなさい……せっかく誘ってくれたのに」


「いやいや、全然気にしなくて大丈夫だよ! その代わり、また今度行こうね!」


「はい!」


 真倉と今後の約束をし、僕は教室を出た。



 真倉たちと別れ、僕は校長室の前まで来ていた。後は中に入るだけなんだけど、正直入りたくない。そんなことを言っててもしょうがないのはわかっているため、しぶしぶと僕は中に入った。


 校長室は教室よりも少し広いくらいで、壁には所狭しと本棚が置かれている。奥には大きめの机と回転式のソファーがあり、そのソファーに寧は座っていた。黒の下着姿で。


「何で下着姿⁉」


 僕は思わず叫んでいた。何でうちのヤンデレ妹は校長室で下着姿になってるの⁉


「来たわね、お兄様。最近はあまり見せてなかったけど、寧が下着姿になるのは家ではよくあることでしょ? 今更驚かないでほしいわ」


「家ではね⁉ ここ家じゃないからね⁉ 普通に生徒が入ってくることもあるんだから!」


「大丈夫よ。そもそもお兄様以外はここにいれないから」


 いれないって、もう校長室が寧の根城みたいじゃん……。


「それよりお兄様。転校初日の高校生活はどうだったかしら?」


「……災難に次ぐ災難だった」


 元教え子たちから好奇な目で見られるし、肩が外れた上にバスケットボールを顔面で受けるし、藤原先生とかいう変態から体をまさぐられるしで、災難なことばかりが思い浮かぶ。


「そういう割には、楽しそうだったけれど……」


 寧が琥珀色の瞳を細めて僕を見てくる。


「楽しいって、そう思えるようなことなんてなかったけど……」


「あんなに女子たちにチヤホヤされたり、胸を押し付けられたりして鼻の下を長くしていたのに?」


 ぐっ……⁉ べ、別にそんなことはない、と思う。多分。


「ていうか、何で寧がそんなことまで知ってるの⁉ やっぱり、この学校中に監視カメラを設置したの⁉」


「してないわよ」


 まさかの即答されてしまい、一瞬言葉に詰まる。


「ここの生徒たちのプライバシーがあるものね。さすがに監視カメラまでは設置できないわ」


「じ、じゃあ何でわかるのさ?」


「ふふっ、さぁ? どうしてかしらね」


 悪戯を仕掛けるかのように、寧は怪しく笑ってはぐらかした。


 学校に設置してないならどこだ? まさか、僕の制服とかにでも付けているのか? 小型の監視カメラとかなら普通に販売してるし。でも、脱いだら監視カメラの意味なくなるし……もしかして僕の体に埋め込んでる、とかじゃないよね? 


 …………寧ならやりかねないかも。てか、もし本当にそうだとしたら取り出すなんて無理じゃないか。


「監視カメラがどこにあるかとか別にいいじゃない。おかげで、お兄様の安全は確保されているのだし」


 確かに体育時間での一件は、どこにあるとも知れない監視カメラのおかげで助かったともいえる。


「場所くらいは教えてほしいんだけど……そういえば、あの藤原先生って人、寧の知り合いだったんだね」


「そうよ。そして、彼からゾンビ転生の儀式を教えてもらったのよ」


「…………何でよりにもよって、あんな変態採用したの?」


 他にもっとマシな人ならたくさんいたよね?


「お兄様の事情を知っている知人の中では彼がなにより適役なのよ。なにかあった時も、儀式の詳細を知っている彼がいてくれると非常時でも対応できるわ……まぁ、性癖には少し難ありだけれど」


 少しってレベルじゃないと思うんだけど。それにあの性格も僕は苦手だ。


「まあ他にいないなら我慢するよ」


「あら? どこに行くのかしら?」


 出口へと向かおうとした僕を寧が引きとめる。


「いや、もう帰ろうかなと思って」


 正直蘇生された日以上に疲れた気がする。早く帰って部屋のベッドで休みたい。


「いくら疲れていても一人で帰るのはだめよ。さすがに外で何かあったら、すぐに助けにいけないわ。今残りの仕事片付けるから、後10分ほど待っていてくれるかしら」


 そうだった。普通に一人で帰ろうとしていたけど、寧の言う通り何かあったら僕一人じゃ対処できない。なのでここは、おとなしく寧の仕事が終わるのを待とう。


「あ、そうそう。一つお兄様に言い忘れていたことがあったわ」


「……?」


 他にもまだあるの? そう疑問を感じていると、寧はどこからともなく鞭を取り出し、思い切り床に叩きつけた。


「……明日以降、今日みたいにまた鼻の下を長くしすぎたら、お仕置きを与えるから覚悟しておいてちょうだい」


 まさかその鞭で僕を叩くつもり⁉ そんな⁉


 鼻の下を伸ばすななんて言われても、今日みたいに真倉に抱き着かれでもしたら一発アウトだ。別に僕が進んで鼻の下を伸ばすようなことをやっているわけじゃないのに⁉ 理不尽だよ⁉


「お兄様、返事は?」


「――は、はい⁉」


 寧の僕を見降ろしてくるかのような威圧感に、思わず敬語で答えてしまった。今の寧、何か女王かつSM嬢みたいなんだけど⁉


 僕は明日のことを考え、今から憂鬱になる気分だった。



 その日の夜、僕は自室のベッドでスマホの画面を眺めていた。今手にしているのは、寧からもらったスマホではなく、僕が生前に使っていたスマホのほうだ。


 すでに解約されているため、できることは限られている。そんな無意味そうなスマホを片手に、何をするでもなくただぼんやりと眺めていた。


 すると、メールフォルダに未開封のメールが一通あることに気が付いた。日付は、『10月16日』となっていた。この日は、僕が死んだ次の日だ。


 解約される前に、迷惑メールでも拾ったかな? そう思い差出人を見る。


 ……見たことないメールアドレスだな。やっぱり迷惑メールかなと思いつつ、何気なくそのメールを開いてみた。死んだ後に届いた迷惑なメールは一体なんだろうか。




『九重先生へ。


 私は先生のことが好きでした。


 けど、先生は死んでしまいました。もう私のこの想いを伝えることは二度とできなくなりました。


 このメールも意味のないものだとはわかっています。それでも、伝えられなかったことが悔しくて、せめてでもとメールで私の想いを伝えました。


 ……こんな辛い思いをするんだったら、勇気を振り絞るべきでした……』




「…………」


 時間を忘れて何度もその一文を読み返してしまった。


 迷惑メールなんかじゃなかった。これは僕に当てた、僕には届くはずもなかったラブレターだ。


 一文からは、想いを伝えられなかったことに対する後悔の思いと悲愴の思いが伝わってきて、読んでて胸が痛んだ。


 僕のことを『先生』と呼んでいるということは、水鏡高校の誰かがこれを送ったと考えられる。でも、一体誰が?


 すぐに今日一番話した真倉と笹倉の二人を思い浮かべる。真倉とはお世辞にもあまり話した記憶はない。笹倉は僕によく接触してきたけど、あれが好意による行動なのかはわからない。


 なら他の生徒かと順に顔を思い出してみるけど、僕に好意を抱いているような生徒なんていなかったと思う。


 死後の僕に向けて送られたラブレター。一体、送り主は誰なんだ?

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