13話 変態じゃないか⁉

「うう……ん?」


 ぼんやりと意識が覚醒していく感じがする。


 視界には真っ白な天井が映り、消毒液の臭いがした。


(あれ? 僕……)


 徐々に少し前の出来事を思い出していく。確かクラス対抗のドッジボールをしていて、僕の顔面にドッジボールの玉が飛んできて……意識を失った、のか?


「目覚めたみたいだね」


 突如声をかけられた。見ると、ベッド脇のデスクに藤原先生が座っていた。


「ふ、藤原先生⁉ 何でここに?」


「何でも何も、僕はこれでも保健室の担当も任されていてね」


 保健の先生? この人が?


「とても嫌そうな顔をするね。まあ正直なことはいいことだよ」


 思わず顔に出てしまった。いや、だってこの人が保健の先生とか、怪しげな治療をされそうで怖いんだけど。


「痛っ……」


 突然顔にヒリヒリとした痛みが走った。


「転校初日に、顔面を怪我するなんてだいぶ派手なことをしたね」


 藤原先生は苦笑交じりにニヤニヤとする。いちいちムカつくな。


「でもまあ、見られたのが顔面の怪我だけで済んだのは、よかったほうかな」


 藤原先生は僕の右肩を見ながら言った。外れていた肩はすっかり元通りになっていた。僕はさっそくこの体について抗議を入れようと思ったけど、一点まずいことに気づいた。


「あの、僕の体って誰が運んだんですか⁉」


 あの時、僕の右肩は外れていた。僕を抱え上げれば、そんなの一瞬で気づかれるだろう。そして、何で肩が外れているのかという疑問を持たれることになる。つまり、僕の体の違和感に気づかれるということだ。


「君を運んだのは僕だよ。寧くんから連絡を受けてね」


「あ、そうだったんですか」


 何だ、それなら僕の秘密が露見することはない…………ん? あれ? でも何で、寧は当時の僕の状況を知ったんだ?


 瞬間的に嫌な予感がし、僕は保健室を見回した。あの時の僕の状況に気づけたということは、監視カメラでも設置されているんじゃないか?


「何をしてるんだい?」


「いえ、寧のことなので、監視カメラでも設置してるんじゃないかと思って」


 けど、監視カメラらしきものは見つからない。いや、簡単に見つけられないようにしているのか?


「そこは僕はノータッチだから、寧くんに直接聞いてくれ」


 ……今もどこかで見られているのかと思うと、途端に居心地が悪くなる。いくら僕の非常時のためとはいえ、監視カメラを設置するのはやめてほしいと、寧に言おう。


 監視カメラの疑惑は一旦脇に置き、僕は問い詰めるべきことを藤原先生にぶつけた。


「この肩、ドッジボールの玉が軽く当たっただけで外れたんですけど」


 非難の意味も込めて、僕はジト目で藤原先生を見る。


「君のそのゾンビの体、だいぶ脆くできてるようだ。眠っている間に少し調べさせてもらったよ」


「え? ……し、調べたって、まさか勝手に?」


 耳を疑うような発言に、顔が青ざめていくのを感じる。


「安心してくれ。別に服を脱がしたりはしてないよ。ただちょっと、体中を触らせてもらっただけだよ」


「安心できないよ⁉ 何勝手に人の体まさぐってるの⁉」


 嘘だ。よりによってこの人に体中を調べられたのか⁉ 悪寒とともに体にブツブツが浮かんでくる。


「中身は男でもしっかり恥じらいはあるんだね。でも、安心していいよ。僕は君の体に興味はあっても、性的には全く興味はない」


「…………はい?」


「だって僕は


「はぁぁーーーー⁉」


 何にこやかにとんでも発言をしてるの、この人は⁉ しかも、女性には興味ないって、つまり、


「僕が興味を持つのは


「ぎゃああああ⁉」


 僕は思わずベッドの端まで後退した。そして布団で自分の体を隠す。


「……何をしているんだい? 君は……」


「いや、だって男に興味があるって今……⁉」


「君は今女の子じゃないか。悪いけど、今の君の姿には興奮できないよ」


 何をバカなことをというように藤原先生はジト目を向けてくる。確かに僕は今女の子だから、この変態の興味対象からは外れているけれど。


「で、でも⁉ いくら男にしか興味がなく女の子に興奮しなくても、勝手に体を触るのはどうかと思うんですけど⁉」


 例え性的な目で見られてなくとも、嫌なものは嫌だ。


「まあ勝手に調べさせてもらったのは悪かったよ。けど、今の君の姿を形作ったのは、ある意味で僕とも言えるんだ。だから、少しくらい調べさせてくれてもいいじゃないか」


「全然よくないですよ⁉」


 叫び過ぎて喉が痛くなってきた。朝会った時にも思ったことだけど、やっぱりこの人と仲良くできる気が全くしない。ここまでの変態だったなんて。


「まあそう言わずに。君の体は蘇生の研究を進める上ではとても貴重なんだ。何しろ、初の成功者だからね。だから儀式を完全なものにするためにも――」


 藤原先生の言葉の途中で、保健室のドアがノックされた。控えめにドアは開かれ、真倉と笹倉が入ってきた。


「藤原先生、蓮ちゃんの様子は……あ! 蓮ちゃん⁉」


 真倉が僕の姿を見つけ、すぐに駆け寄ってくる。その様子はどことなく犬っぽく見えた。


「蓮ちゃん! よかった、生きてたんだね⁉」


 無事かどうかじゃなく、生きてるかどうかは行き過ぎじゃないかな? もう死んでるけども。


「玉は顔に当たったけども、腫れてはいないから大丈夫だよ。今日中は顔がヒリヒリとするかもしれないけど、それもじきに収まる」


 藤原先生はにこやかにそう告げる。さっきまでの変態仮面を化けの皮で隠して。


「それならよかったわ。でも困ったわね。もう昼休みは終わっちゃうわ」


 笹倉がスマホを見ながら困ったような顔をする。そっか、僕が意識を失っている間に、昼休みはほとんど終わってしまったのか。


 とはいえ、僕はゾンビだから別に食べなくても問題ない。


「大丈夫だ、ですよ。一食くらい抜いても」


「それはダメだよ! 蓮ちゃんただでさえ体力ないんだから、しっかり食べて体力つけないと!」


 すると、真倉は僕の手を引いて保健室から出た。


「ちょっ……どこ行くの?」


「部室!」


 え? 何で部室に行くの? そんなところ行っても、食べるものなんてないと思うんだけど。

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