16話 友達といえばあだ名!
「なーに難しい顔してるの?」
隣から真倉が僕の顔を覗き込むように見てくる。
「……え?」
突如視界に映った真倉に、二重の意味で心臓が跳ねた。単に驚いたのと、今まさに真倉のことを考えていたからだ。
「朝からぼうっとしてるよ? もしかしてどこか調子悪い?」
「い、いえ。ちょっと考え事をしていただけです」
動揺を悟られぬよう咄嗟に誤魔化す。
考え事をしていたのは本当で、昨日のメールについて考えていた。
僕の旧スマホに、差出人不明のラブレターが届いていた。『先生』と書かれていたことから、送り主はこの学校の生徒であることはわかるんだけど。
「もう! そんなじっと見つめられると照れちゃうよ!」
本当に照れてるわけじゃないと思うけど、真倉は恥ずかしそうに顔をいやいやと振っている。どうやら、つい真倉の顔を見つめてしまっていたらしい。
「ご、ごめんんさい!」
「別にいいよー。それよりさ、昨日から思っていたんだけど、蓮ちゃんって誰に対してもずっと敬語だよね?」
真倉が疑問を覚えるように首を傾げる。僕はこの学校に入学するまでの間に、女の子らしい喋り方ができるように練習した。その結果、一番喋りやすくて、ボロが出にくいのが、固くなりすぎない敬語だった。
「は、はい。この喋り方は癖のようなもので」
「あ、別に変えてって言ってるわけじゃないよ⁉ ただ、私たちってもう友達みたいじゃん? だから友達相手にはなるべくため口だと嬉しいかなって。せめて名前だけでもいいから!」
言われて気づく。確かに、友達相手に敬語というのは少し変だ。距離を置かれてるように思える。すぐには直せるかはわかんないけど、名前くらいはすぐに直そう。
「わかりまし、じゃなかった……わかったわ。真倉」
「蓮ちゃん⁉ 嬉しい! けど、あともう一声! 真倉じゃなくて」
その一言で、真倉が何を求めているのかわかった。いきなりそう呼ぶなんて恥ずかしいけど、もう言ってしまえ!
「み、美柑……」
名前を呼ばれた美柑は、幸せのオーラでも見えるんじゃないかと思えるほど、その頬をだらしなく緩めた。
「ふへ、ふへへへへっ」
やばい! 感動のあまりか美柑が壊れた! そんな声女の子が出しちゃダメだって⁉
「はーい、正気に戻ってね」
「ぐぴゃっ」
昨日と全く同じように、笹倉が美柑の脳天にチョップをかました。
「うう、脳天は痛いよ、ましろ~」
「美柑が変な声出すからでしょ」
デジャヴのような光景を見つつ、二人は本当に仲が良いんだなと思った。お互いに気を許し合い、遠慮なく言いたいことを言い合える友人のような関係だ。
何で僕は、この二人の担任だったのに二人の関係に気づけなかったんだろう……。
「途中から少し話の内容聞こえていたけど、私のこともましろと呼んでくれる? 私も蓮って名前で呼ぶから」
「わ、わかったわ。……ま、ましろ」
「うん。改めてよろしくね、蓮」
ましろは美柑のように身悶えることはないから安心だ。それにしても、今のましろは女の子である僕には、男であった僕の時のような態度は見せないんだな。
あの時のましろの態度は、九重蓮だけに対するものだった。じゃあ、ラブレターの送り主はましろなのか?
「あー⁉ 蓮ちゃん呼びは私が始めたんだよ⁉」
「別に同じでもいいじゃない。というか、あなたは蓮『ちゃん』って呼んでるじゃない。それに美柑と蓮だって、私のことはましろって呼ぶし」
美柑は何が不満なんだろう? けど、何か嫌な予感が――、
「うう~~……よし! こうしよう! 私はましろのことを今日からましろんって呼ぶね! そして蓮ちゃんのことはレンレンって呼ぶ!」
的中した⁉
「レンレン⁉」
「また唐突ね」
ましろはやれやれといった表情だが、待って⁉ 僕の名前何かアホに聞こえるんだけど⁉
「ましろん♪ レンレン♪」
美柑は気に入ったのか、鼻歌交じりにそのあだ名を繰り返す。やめて、レンレン言わないで!
昨日のような災難が起こることもなく授業が進んでいき、昼休みになった。
僕は今、1階にある学食で美柑とましろ、それとクラスメイトの女子4人と昼食をとっていた。
「皆! 今日の放課後、新しくできた温水プールに行かない?」
クラスメイトの一人、
「それってもしかして、最近近くのできたばかりの、あの温水プール⁉」
興味津々とばかりに、美柑がテーブルに乗り出して四季に尋ねる。
「そう! まだできたばかりだけど、なかなか評判いいっぽいよ!」
その温水プールについては、僕も生前にチラッと小耳にはさんだことはある。もうオープンしてたんだ。
「今日の放課後に行くの? 休日とかの方がいいんじゃない?」
ましろが首を傾げる。確かに、行くなら休日の方が時間もあって楽しめる気がする。
「そうなんだけどね。でも、まだオープンしたばかりだから休日に行くと人がごった返しているんだよ。今日みたいな平日の夕方近くに行けば、まだ人もいなくて気兼ねなく楽しめると思うんだ」
「なるほどね」
四季の考えに、ましろが納得したように頷く。
「……あっ」
美柑が突然何かに気づいたような声を上げた。
「どうしたの?」
「あー、実は私、昨日の夜に足を軽く捻っちゃって……」
四季の声に、美柑は申し訳なさげに自分の右足首を見る。スラックスを履いているため見えないが、包帯でも巻いているのだろう。
「大丈夫? でもそれなら、今日は止めたほうがいいね」
「いや、大丈夫だよ! 激しく泳いだりしなければ全然問題なし! それに、私もあの温水プールは気になってたから早く行きたいんだ!」
美柑は行きたいというように、四季を見つめてる。
「わかったわ。でも、無茶だけはしないようにね?」
「うん! じゃあ今日の放課後、皆で温水プールに行こう! ね、レンレン!」
美柑が僕も誘うように話しかけてくる。
どうしよう。正直、躊躇いがある。だって、プールに行けば、当然皆は水着姿になる。そんな光景を男である僕は間近で見ることになる――そんなの、天国……じゃない、地獄じゃないか。心臓がもつか不安だ。
それに、昨日寧から釘を刺されたばかりだ。プールに行ったなんて知られたら、確実にあの鞭で叩かれてしまう。
非常に残念だが、今回は何か理由をつけてお断りしよう。
「ご、ごめんなさい。行きたいのはやまやまですが、実は僕、今水着を持っていないんです……」
行きたい気持ちがあることも伝えつつ、行けない理由をしっかりと伝える。うん。完璧な回答だ。
「あ、水着なら向こうでレンタルできるよ」
……え?
完璧な回答とは程遠い、穴だらけの回答をしてしまったようだった。
嘘? 水着って今レンタルできるの? なんてことだ! してやられたよ!
「色々種類あるっていうから、レンレンに合う水着もきっとあるよ! ってことで、皆で行こう!」
美柑の言葉に、皆が賛同する。
やばい、もう断ることはできない。そもそも、行けない理由が水着がないというものだったから、それが解消された今、また新たに行けない理由を持ちだすのは、友情に亀裂を生みかねない。
……後で、寧にメールを送っておこう。事情を説明して納得してもらうしかない。
けどどんな理由を言うにしても、あの鞭で叩かれる未来だけは容易に想像できてしまうのが悲しかった。
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