11話 当てられたくない時に限って当てられるよね
ひやひやとした気分が消えないまま、1時間目の数学の授業が始まった。担当は見知らぬ20代くらいのまだ若い女性教師だった(名前はわからないから後で真倉にでも聞こう)。教師になってまだ日が浅いのか、どこか挙動不審さがうかがえる。
僕も初めはあんな感じだったのかな。
女性教師たどたどしくも黒板に計算式を書き、教科書に目を通しながら説明をしていく。クラスの皆はその内容を聞き、静かに授業を受けている。
あの時と変わっていなかった。僕が授業をした時も、皆は真面目に静かに授業を受けてくれた。まあ、中には睡魔に負けて寝落ちしている生徒もいたりはするが。
それでも、まるで模範的な授業風景のようだった。
「えっと……じゃあこの問題を……真倉さん」
「ほぇっ⁉ わ、私⁉」
当てられるとは思ってなかったのか、隣で椅子から飛び上がる勢いで真倉が驚いている。当たらないでと思っている時に限って当たるんだよね。まあ、そうしてるのは僕たち教師なんだけど。
「え、えーと、ここがこうなるから……答えは13です!」
「ち、違います」
「そ、そんな……⁉」
先生の返答に、真倉が大仰な態度で驚き慌てている。ああ、そうだ。一つ思い出した。真倉は確か成績があまり良くなかったっけ。テストの点数も毎回赤点、もしくは赤点ギリギリといったラインだ。
「え、えっと、それじゃあ……えっと……」
真倉の慌てぶりがうつったのか、先生までオロオロしはじめ、次誰に当てるべきか視線を彷徨わせている。真倉は真倉で依然とオロオロしているし。何か色々とカオスになってきたよ。
さすがにこのままだと真倉も先生もかわいそうだ。なので、僕はノートに答えを書いて隣の真倉に見せた。真倉は僕のノートに気づき、目を輝かせた。
「せ、先生! 答えわかりました! 67です!」
「え? ……せ、正解です」
何で突然わかったの? というように先生が困惑しているが、とりあえずオロオロ状態からは脱出できたようなので、特に追求することもなく授業を進めていく。
「……っ!」
隣から真倉のキラキラとした視線が飛んでくる。まるで神を崇めるかのように手を組んでいるし。神じゃなくて、僕はゾンビだよ?
ともあれ、無事カオスな状況は脱出できた。しかも、クラスの皆は決して真倉と先生を嘲笑するのでなく、ただ純粋に今のやり取りを楽しんでいた。
ここだけは、僕が教師として授業をしていた時にも見られなかった光景だった。
「蓮ちゃ~~ん⁉」
授業が終わった瞬間、真倉が僕に抱きつく勢いで寄ってきた。というより抱きつかれた。
「ありがと~~う! 助かったよ~~!」
真倉が頬を僕の頬に擦りつけてくる。男の頬とは比べものにならないくらいに柔らかいんだけど。けど、そんな柔らかい頬よりも凶悪なもの、おっぱいが僕のおっぱいに押し付けられてるんだけど⁉ 真倉は自分のおっぱいを小さいものと卑下しているようだったけどとんでもない。僕にとっては十分に凶器だよ、これ⁉
「ま、真倉さん⁉ ちょっ、離れてください⁉」
そうお願いするものの、真倉はまるで離れようとしない。
「落ち着きなさい、美柑」
「あうっ」
笹倉が真倉の脳天にチョップをかます。おかげで、真倉は正気に戻ってくれた。
「全く、本当犬みたいになったわね」
笹倉がやれやれといったように額に手を当てつつ微笑む。
「だって蓮ちゃん、九死に一生だった私を助けてくれたんだよ! 感動ものだよ!」
九死に一生は言い過ぎだと思う。
「本当にありがとうね! 蓮ちゃん! お礼に今日のお昼は私が奢ってあげる!」
「い、いえ、さすがにそれは悪いですよ」
ただ問題の答えを教えただけなのに、昼食を奢ってもらうなんて申し訳なさすぎる。
「気にしないで! それにこれは、蓮ちゃんの転校祝いでもあるから!」
「て、転校祝い、ですか」
男子生徒の間だったらなさそうなイベントだな。
とはいえ、真倉が厚意でそう言ってくれるのなら、それを無下にするのも忍びない。ここは素直にその厚意に甘えよう。
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