10話 君たちが興味を持っているのは元教師だからね⁉
藤原先生とのやり取りがあったものの、ついにB組の教室まできた。外からでも、中の喧騒が聞こえてくる。
懐かしいな、と思った。僕が受け持ってB組の生徒は、皆いい人ばかりで、クラスの雰囲気は悪くはない。
「じゃあ僕が先に入るから、呼んだら入ってきて」
そう言って、藤原先生は教室に入っていった。一人になり、徐々に心臓が高鳴ってくるのを感じる。
元教え子たちがいるクラスに、その担任であった僕が、ゾンビとして、そして女子高生としてクラスの一員になる。誰がこんな展開になると予想できる?
中からは転校生を紹介するような説明を藤原先生がしている。やがて、「入っておいで」と僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
とりあえず、怪しまれないように自然体かつ目立たないように振る舞うんだ。そうさ、なるようになるさ。
僕はまるで戦場に赴く兵士の気分で教室に入った。
教室に入った途端、クラス生徒全員の視線が僕に突き刺さった。そしてすぐに、ざわめきが起こる。
口々に聞こえてくるのは、「うわ、めっちゃ可愛いんだけど!」、「綺麗な髪……」、「おっぱいでけぇ」等々……。って、何で皆して僕の姿に見惚れてるんだよ⁉ どれだけこの体凶悪なの⁉
なにより苦痛なのが、本来教師であったはずの僕が、教え子である生徒たちから可愛いなどと言われることだ。これが凄く恥ずかしいんだって。
目立たないようにするどころか、開幕早々に目立ってしまった。何をしたわけでもないのに。
「えー、今日うちのクラスに転校してきた水城蓮ちゃんです」
藤原先生が僕の名前を告げると、視線で自己紹介するように促してくる。
「水城蓮です。えっと、家庭の事情でこの度……今回、転校してくることになりました。よろしくお願い、します!」
事前に用意していた文言を喋る途中で、学生らしくない言葉遣いをしそうになってしまった。この学校ですっかり社会人としての言葉遣いを叩き込まれたからな。
しかし、そんな小さな違和感に気づいた生徒は誰もいないようで、代わりに聞こえてくるのは、「声も可愛い!」とかそんなものばかりだ。本当にやめてください。
「はい、皆仲良くしてあげてくださいねー。蓮ちゃんの席は、窓際の一番後ろね」
藤原先生が僕の席を指さすが、その顔がにやけているのが見えた。この人、絶対に楽しんでるよ⁉
僕は藤原先生を一度睨み付け、席に向かった。本当、腹立たしい人だな!
僕の紹介とHRが終わった直後、予想通りに僕の周りに人が集まってきた。君たち、HRの話全然聞かないでずっと僕のこと見てたよね?
「ねえねえ! 水城さんってどこから来たの? それと今はどこに住んでるの?」
「水城さん、その髪って地毛なの? どうやってお手入れしているの?」
「蓮ちゃんって呼んでもいい?」
次々に発せられる質問の嵐に、対処方法がわからない。知らないことや新しいことに興味感心を持つのはいいけど、僕には持たないでほしい!
僕が助けを求めて藤原先生を見るが、あの人、小さく手を振りながら教室を出ていったぞ⁉ 僕を助けてくれる立場じゃないのか?
「皆落ち着いて。水城さんが困っているわ」
手を叩く音に、質問の嵐が止んだ。
そうして場をおさめたのは、紺色の髪を後ろに流し、
笹倉は眼鏡の位置を指先で整えつつ、僕たちに近づいてくる。
「ごめん! ましろ。転校生なんて来たの初めてだから興奮しちゃった」
てへっと舌を出して言うのは、確か
(……あれ?)
僕は真倉の姿を見て違和感を覚えた。正直、彼女とはあまり話さなかったからどういう人物かはわからなかったけど、こんな明るい性格だったっけ? 髪も確か真っ直ぐ下ろしていた気がするけど。
「全く……。ごめんなさいね、水城さん。皆がご迷惑をかけて」
「い、いえ! 全然、迷惑なんてそんなことは!」
また言葉が固くなってしまった。けど、今度は別の原因のせいだ。
はっきり言ってしまうと、僕は笹倉ましろが苦手だ。
別に彼女が悪い人だったり、嫌な性格を持っていたりするわけじゃない。むしろ、善良な良き生徒だ。ただ、彼女には寧ほどじゃないにしろ、寧に近い何かを感じてしまうんだ。
僕が教師だった時、彼女は何かと理由をつけては僕に接触してきた。その理由はわからないけど、その度に不穏な気配を彼女からは感じていた。
彼女の真意は死ぬまで結局わからずじまいだった。
「じゃあじゃあ、まずは私から質問! 蓮ちゃんは今どこに住んでるの? もしかして一人暮らし?」
真倉が手を挙げ、元気よく聞いてきた。どうも以前の彼女と別人すぎて、戸惑いを覚えてしまう。
「えっと、今は駅を4つ跨いだ所に住んでます。一人暮らしじゃ、ではなく、親戚の妹と一緒に住んでます」
「妹さんと住んでるの⁉ ねえねえ、どんな子⁉」
真倉が妹という単語に反応し、身を乗り出して聞いてくる。近い! 近いって⁉ 近すぎて何かいい匂いしてくるし、胸元からは決して大きくはないものの、確かな谷間が覗いているって⁉
「ま、真倉さん……⁉ ストップ⁉ み、見えちゃうから⁉」
僕はなるべく見ないように視線を逸らすが、男の性なのか、視線がその谷間に引き寄せられる!
「何をそんなに焦ってるの? それに、見えちゃうって?」
近くで真倉が首を傾げている。何で気づかないの?
「だ、だから、その、た、谷……っ⁉ ……僕はお――」
僕は咄嗟に手で口を押さえた。今、危うく『僕は男だからそんな無防備に近づいちゃダメ!』と口に出すところだった。
動揺のあまり、一瞬自分が女の子であると忘れていた。真倉が気づかずに遠慮なしに近づいてくるのも、別に変なことじゃない。むしろこの状況で変なのは僕の方だった。
「『ぼくはお』……?」
真倉が訝しげに見てくる。まあそうなるよね。
「そ、その……僕はお、おっぱいにトラウマがあるんです‼」
その瞬間、教室中が凍り付いたかと思った。
…………何を言っているんだ、僕は?
誤魔化すにももっとマシな方法があったはずだろ! 何だよ! おっぱいにトラウマがあるって⁉ いや、確かにトラウマのようなことはあったけども⁉
「えっ……と、おっぱいにトラウマ?」
真倉が何とか理解できないものを理解しようとしている様子がうかがえる。そのいい子ぶりが、返って申し訳なかった。
「あ、いや、その……実はこの胸のせいでよく男の人からジロジロと見られることがあって、それで、胸を見ちゃうと拒否反応が出ちゃうというか……」
滅茶苦茶なことを言っている自覚はあった。けど、運よく功を成したのか、教室の雰囲気が和らいだ。
「にゃはは! そういうことか。……確かに、蓮ちゃんの胸って大きいもんね」
真倉がまるで同情するように、しかし羨むように僕を見たかと思うと、自分の胸を見て落胆の表情を見せる。まるで百面相のようだ。
「でも、その事情なら仕方ないね。ということで男子ども! あんまり蓮ちゃんの豊かな胸をジロジロと見ないように!」
びしぃとクラスの男子生徒たちを指さして真倉は言った。
何とか、誤魔化せた?
僕は真倉たちに気づかれないようにため息を吐いた。寿命が3年分縮まった気分だよ。
この場は凌げたけど、いきなりボロが出そうになるなんて、いきなり先が思いやられるよ。
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