4話 ゾンビとして、女の子として生きる⁉

 リビングに寧が入れた紅茶の香りが漂う。


 朝の騒動の後、僕と寧はリビングに向き合って座っていた。テーブルには紅茶だけでなく、トーストとサラダも置かれている。


「さて。朝のようなことがもう起きないように、お兄様の体について話していきましょうか」


 寧が紅茶に口を付けつつ言った。僕もしぶしぶと頷く。今の自分をあまり認めたくはないけど、聞かないわけにもいかなかった。


「まず、もう一度確認するけれど、お兄様の体は正真正銘ゾンビで、もう人間のものではないわ」


 念を押すように寧がそう伝えてくる。朝の騒動があったから、それはもう嫌でも認めざるを得ない。


「そして、蘇生の際にお兄様の肉体が全て用意できなかったゆえに、お兄様の体は女の体へと変わってしまったわ」


 寧がここまではいいかしら? というように視線で促してくる。


「…………うん」


 僕は自分の高い声を聞きながら頷いた。


 今の僕はゾンビで、女の子で、もう生前の自分はいない。だけど、それ以上に問題点があった。


「ここからがさらに重要なことなんだけど……大前提として、お兄様はもうこの世に存在する人間ではないわ。実際に葬儀も行われたから、戸籍上では死亡扱いになっているわ」


 寧が悲しむように、悔やむようにその事実を告げる。


 自分がこの現実世界ではもう死んでいる人間だということは、さすがに理解していた。でも、


「じゃあ、僕がこうしてゾンビとして生きている……生きていると言っていいのかわかんないけど、いるのはまずいんじゃないの?」


 今の僕は日本はおろか、世界のどこにも戸籍が存在しないことになる。そんなことが知られでもしたら、果たしてどうなってしまうのか。


「戸籍がないのは確かにまずいわ。でも、戸籍ぐらいは何とかして誤魔化すから、お兄様は安心していいわよ」


 いや、全然安心できないんだけど⁉ 


「ちょっと待って、寧⁉ 何か話がかなり不穏な方向にいっている気がするんだけど⁉」


「問題ないわ。お兄様が難しいことを考える必要は一切ないわ。全部、寧に任せてちょうだい」


 寧に任せるからこそ、余計に心配なんだけど? 寧のことだ。僕のためなら平気で法に触れそうなことまでしでかしそうだ。


「そんなことより、今考えるのはお兄様のこれからの生活についてよ」


 寧は僕の不安を無視し、話を強引に切り替えた。


「僕の生活?」


「ええ。せっかくこうして蘇ったのだから、ずっと家にいるわけにもいかないでしょ? けどもし、お兄様がずっと寧とこの家で暮らしたいと言ってくれるのなら、寧がお兄様のお世話を『ずっと』、してあげる。ふふっ」


 ずっとの部分を強調して、寧が僕を見つめてくるが、いやいや、そんなのお断りだよ! つまり、僕は妹から世話をされ、ヒモになるということだろ? 何だその屈辱的な生活⁉ いくら楽をしたいと思っても、そこまでじゃない!


「そんな生活お断りだよ!」


 僕が断固拒否すると、寧はショックを受けたかのようにシュンとわずかに顔を俯けた。


「……そこまで嫌がることないじゃない。けど、お兄様がそう言うのなら、お兄様が普通に生活できるように手配してあげる」


 寧はしぶしぶといった感じながらも、僕がこの世界で生活できるように動いてくれるという。


「この体で、普通に生活できるの?」


「ええ。ただ、それには色々と準備がいるから、それまではこの家で過ごしててほしいわ。間違っても、家からは出ないでね」


 またも念を押すように、寧がそう言った。


「お兄様の体は、短時間なら太陽の光にも耐えられはするけれど、あまり長時間浴び続けてしまうと、朝のように体が腐りはじめてしまうわ」


 全く太陽の光がダメというわけではないんだ。短時間なら、この体でも外に出ることは許される。それでも、制限はかなり重たいだろう。あれ? でもそれって、


「ねぇ、太陽の光はダメで、蛍光灯の光とかは大丈夫なの?」


 ふと疑問に思った。蛍光灯とかの光だって、同じ光なのは変わらない。


「それは大丈夫、と言いたいところだけど、本来はそういう光もあまり浴びない方がいいわ。太陽の光ほどじゃなくても、徐々にお兄様の体を蝕んでいくわ」


 ……だから、昨日リビングはあんなに薄暗かったのか。わずかに抱いていた疑問が解消された。


「不便だね、この体」


 僕は自分の体をさすりながら言う。やけにすべすべしていて何かいやだな。


「ええ。お兄様はこれからその体と向き合っていかなければいけないわ。もう一つの体の側面ともね」


「…………」


 寧の最後の言葉に、思わず口を噤んだ。


「お兄様がこれから普通の生活を送るためには、ゾンビとしての体だけでなく、女の子としての体も理解しなくてはいけないわ」


 聞きたくはなかったその言葉を寧は告げる。そうなのだ。僕は今女の子なんだ。心は男の僕のままでも、体は女の子なんだ。


「……僕にこれから女の子として振舞えと?」


「ええ。でないと、周りの人たちから違和感を持たれるわ。それと、振舞うだけではだめよ。振舞うのではなく、女の子にならないといけないわ」


 女の子になれ……? 


「いやいや、待って⁉ 体は女の子でも、僕の心はちゃんと男だからね⁉ 振舞うだけじゃダメなの⁉」


「一時的にはそれでも凌げるでしょうけど、これから長い先のことを考えると、早い内に覚悟はしておいた方がいいわよ。でないと、取り返しのつかないことにもなりかねないわ」


 僕は頭が痛くなった。これじゃまるごと性転換すれと言うものだ。


「安心して、お兄様。寧がしっかりとサポートしてあげるから。手取足取りね」


 寧が身の毛がよだつようなことを言ってくる。まずいって、これ⁉ 本当に、僕のこれからの生活どうなるの⁉

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