5話 女の子の体って恐ろしい(物理)

 リビングでの話し合いの後、寧はさっそく用事があるからと家を出てしまった。


 僕は相変わらず椅子に座ったままで、目の前のすっかり冷めたトーストと紅茶を見ていた。


 寧が家を出る直前、こう言った。


『お兄様はゾンビだから、基本的に食べるということは必要ないわ。けど、食べることに関しては特段問題ないから好きに食べても大丈夫。でも、極端に熱いものや冷たいもの、また辛いと感じるような刺激物には気をつけて。体に変調をきたす恐れがあるから』 


 寧の言葉通り、確かに今の僕にお腹が空いているという気持ちはこれっぽっちも沸いてこない。


 けど、目の前にあるトーストやサラダを食べたいという感情は確かにある。なので、僕はトーストに口をつけた。ついで、紅茶にも口をつけた。


 トーストに塗られたバターの味はするし、紅茶の味もする。味覚は生きているようだ。というか、朝死にかけた時に寧からまずい水を飲まされて、その時に味を感じていたんだったっけ。



 食事を終えた僕は、寧の部屋の前へと来ていた。一応、自分でも儀式ってのがどんなものなのか、把握だけはしておきたかった。


 勝手に入ることになるが、寧の部屋はもう見慣れている上に、寧から誘われて部屋に連れ込まれることもあるため、別に何も意識することはない。だが、


「あれ?」


 何度ドアノブを回しても、ガチャガチャいうだけでドアは開かなかった。


 鍵がかかっている? 何で?


 僕の部屋もそうだが、この家の部屋には鍵なんてついていない。つまり、寧が勝手に取り付けたということだ。


 僕が生きている間は鍵なんてついていなかったはずなのに。


 まさか、僕に儀式の詳細を知られたくないから?


 一瞬不穏なものを感じたが、すぐにどうでもよくなった。こうしてゾンビとして蘇った以上、例え寧が何か隠し事をしていようと大して問題に感じられないのが本音だった。



 洗面所に向かい、鏡を見る。そこには、金色のロングの髪に、長いまつ毛、くりっとした青い瞳をした女の子が映っている。


(これが、僕なんだよな……)


 無理矢理信じることにしたとはいえ、いまだにこの顔には慣れそうもない。まるで、女の子の体に僕が乗り移った気分だ。


 本当に、何がどうやったら男から女の子に生まれ変わるんだよ……。


  少し悲しくなり、思わず顔を俯けてしまう。その瞬間、今度は体の方に視線がいった。


 すらりとしつつも少し柔らかみのある体型に、足もすらりとしており綺麗だ。手は小さく、男のようにごつごつとしたものではなく、肌触りがいいほどさらっとしている。


 そんな見事なまでに容姿端麗と思えるような姿に、寧が用意した服が絶妙にマッチしていた。


 薄い緑を基調としたプルオーバー? というらしい上の服に、下は紺色のガチョウパンツ? というものを履いている(服の名前は寧がそう言っていた)。


 だけど、僕は着心地の悪さを感じていた。女の子が着るような服なんて生涯に着ることなんて思っていたのに。それに、服もだが、何よりも下着を付けているのがいやだった。


 下の下着なんて小さく、お尻に食い込む感じがとても慣れない。女の子って、いつもこんな下着を付けてたの?


 しかし、下着のことを考えてしまったからか、意識外に追いやっていたそれを見てしまった。


 容姿端麗なこの体をさらに凶悪たらしめているのが、胸についている二つの膨らみ……つまりおっぱいだ。


 詳しいサイズなんてわからないけど、少なくとも片手では収まりきらないほどのボリュームを誇っている。


 思わず唾を飲み込んでしまう。同人誌や動画などで見たことはあるけど、実際に直接見たことなんてない。触ったことなんて、言うまでもない。


 何をしようとしているんだ、僕は……。


 つい、本当につい、興味本位から手が二つの膨らみへとのびていく。そして、


「――――っ⁉」


 脳髄を電撃が走り抜けたかと思った。それほどまでに、未知との遭遇をしてしまった!


 何だ、これ⁉ おっぱいってこんなにも柔らかいものだったのか⁉ 


 ブラジャー越しとは思えないほどの柔らかさに、思わず我を忘れて夢中におっぱいを触ってしまう。


 くっ……世の女の子たちは皆こんな凶悪なものを持ち合わせているのか! 恐ろしい!


 だがそこで、ふと鏡が目に映った。そこには、おっぱいを両手で触っている女の子(僕)の姿が映っていた。


「何をやっているんだ、僕は⁉」


 すぐに手を離し、誰に言うでもなく叫んでしまった。

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