3話 ゾンビが太陽の光に弱いのはテンプレに近い

 階段を上り、見慣れた寧の部屋へと入る。さっきまで僕がいた場所は、寧の部屋から繋がる地下部屋だったという。……いつの間に地下部屋なんて作ったの?


 寧の部屋は以前と変わらず、ベッドの上に人形やぬいぐるみが置かれており、漫画や小説などが詰まった本棚が4つもある。けど、いつもは見ないものも見つけてしまった。


 机の上には、怪しげな文字で書かれた怪しげな本が乱雑に置かれていた。それだけでなく、何かしらの薬品らしきものも置いてある。


 ……寧のゾンビ転生という言葉を思い出してしまう。僕が死んだあと、急いでその準備を進めていたんだな、きっと。


 それらをあまり見ないようにし、寧の後に続いて部屋を出て、リビングに入った。見慣れた自宅のリビングを見て、少し落ち着く。けど、やけに電気が暗いな?


 省エネモードにしているのか、リビングには薄暗い明かりだけが灯っているような状態だった。時刻は夜のため、カーテンも閉め切られている。


「とりあえず、お兄様。今日はもう疲れたと思うから、お部屋でゆっくり休むといいわ。詳しいことはまた明日、お話しするわ」


 寧にそう言われ、僕は素直に従うことにした。


 通路脇にある自分の部屋へと向かう。中に入ると、今度こそ自分の部屋というやすらぎの場所にこられたと実感し、僕はカーテンを閉めるのも億劫になり、そのままベッドに飛び込んだ。


 ……今日は本当に色々ありすぎた。天使さんに自分の死を告げられ、その後異世界転生できるかと思えば、寧によって現実世界に蘇生させられた。ゾンビとして、女の子として。


 さすがにもう疲れた。他にも気になることなんてたくさんあるけど、難しいことはまた明日考えることにしよう。


 そう思い、僕は襲いくる睡魔に身を任せた。



 外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。瞬間的に朝だと思ったけど、そんな楽観的な思いも一瞬にして消え去った。


 ……っ⁉ く、苦しい⁉


 目覚めた瞬間に、呼吸困難に陥った。まるで、肺に穴でも空いてるんじゃないかと思えるほど、吸っても吸っても肺が痛むだけで外の空気がまるで入ってこない。


 それに段々と体全体が痙攣してきた。加えて、何か腐敗臭がしてくる。その臭いは自分のすぐそばからしてくる。


 何とか目だけを動かし腕を見る。腕は今まさに腐りかけていた。いや、腕だけじゃない。見えないけど、多分足とかも腐っている気がする!


 何、だ……? やっぱり僕は、死ぬ運命……なのか?


 諦めという感情が頭に浮かびそうになった瞬間、慎ましやかにドアが開かれた。


「お兄様。おはようござ――、……お兄様⁉」


 腐りかけの僕を見て、寧は顔を真っ青にしているのが想像できる。


 寧はハッと息を飲んだかと思うと、真っ先にカーテンを閉め切り、すぐに部屋を飛び出し、これまたすぐに戻ってきた。


 寧は僕の傍に寄り、何やら怪しげな紋様がいくつも描かれた布を僕にかぶせてきた。次いでペットボトルを取り出し、その中身を僕の口に注ぎ込んできた。


 ただの水ではない。少しアルコールの味もするし、コーヒーのような苦味もある。正直、まずくて飲みにくい。


 そんなまずいものをペットボトル一本分飲まされた。だけど、そのおかげなのか、少しずつ呼吸が楽になってきた。


 やがて体の痙攣も収まり、30分後にはすっかり元通りになった。


「はぁ……よかったわ……」


 寧は本当に焦っていたのか、安堵に肩をなで下ろしている。そのままペタンと床に腰を下ろしそうな感じだ。


「た、助かった……けど、これは一体何が起きたの?」


 起き抜けにまさか死にかけることになるとは思わなかった。あと一歩遅かったら本当に死んでたんじゃないか? ……いや、僕はもう死んでるけども。


「やっぱり昨日の内にちゃんと説明しておくべきだったわね。……お兄様。昨日の夜、カーテンを閉めないでお眠りになったでしょう?」


「え? ああ、そういえば」


 疲れのあまり、昨日は部屋に入った瞬間にベッドへと飛び込んだ。当然、カーテンなんて閉めていない。でも、それとこれに何の関係が?


「お兄様。昨日も話した通り、お兄様の体はゾンビよ。そのゾンビの体は、創作などでよく見受けられるゾンビと同様に、太陽の光に弱いの」


 言われ、僕は閉め切られたカーテンを見る。カーテン越しに、暖かな太陽の光が入ってきている。


 つまり、僕が昨日カーテンを閉め忘れたせいで、太陽の光がそのままこの部屋に入ってきて、僕のこのゾンビの体を攻撃したということか。


 確かに寧の言う通り、創作なんかに出てくるゾンビは皆一様に太陽の光に弱いことが多い。僕もそれは例外じゃなかったと。体は普通の人間(女の子)と何ら変わらないように見えるのに。

 昨日の時点ではまだ半信半疑だったけど、実際にこんな経験をすると、否が応でも信じざるを得ないじゃないか。


 ……本当にゾンビになったんだ、僕。


 そんな思いが僕の中でひしめくのだった。

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