第47話 落としどころ&大問題

 ルイスツール邸に戻ったカイナは部屋を開けた。


 意気消沈した自分が心配だったようで、ユースとウィアもルイスツール邸まで付き添ってくれた。だが、流石に部屋までは同行はせず、エントランスでウィリディスと話している。今回の一件を報告しているらしい。自分が意識がなかった時のこと、聞きたい気もするが、今は一人になりたかった。


 そんなカイナが開けたのは、アルスの自室、だった部屋だ。


 ルイスツールで準備した家具類はそのままだが、アルスの持ち物はすでに運び出されており、もはや誰の部屋でもない。

 意味もなく机の引き出しを開けて、クローゼットを開けて、何処かにアルスの気配が残っていないか彷徨ってみても微塵も感じない。


「っ、アルス!!」


 アルスの部屋だったそのドアを閉めて立ち尽くしていると、遠くでベルが鳴った。ほどなくして控えめなノックの音がして「カイナ様」とウィリディスの声がした。


「なに……」

「早くお出になってください」

「別にいいでしょ……」

「左様でございますか? なら残念なことです」

「……」

「折角電話をくれたのに、お嬢様が話したくないと言っていたとそうお伝えしておきます」

「電話? 誰よ」

「……お嬢様のお付き失格の少年です」


 カイナは何も考えずにドアを開けた。それはもうドアノブを回すこともなく勢いに任せて。そこにウィリディスがいるにもかかわらず。


「アルスが!?」

「……お嬢様、ドアが壊れましたけれど?」

「アルスなの!?」

「その前に、お嬢様、私に対して何かございませんか?」


 ウィリディスは鼻をハンカチで押さえている。


「あ、ぶつかったのねごめんなさい。で、アルスなの!?」

「……そうでございます」


 カイナがエントランスに駆け降りると、ユースとウィアが驚いた顔をしてカイナを見た。二人は何か言いかけていたが今はそれどころじゃない。


 カイナが玄関近くの部屋に入ると、受話器が外れたままの電話が待っていた。


 勿論何の音も声も漏れてこない。まさか、切れてしまったのかと恐るおそる耳に当ててみても何も音がしない。


 返事がなかったらどうしよう、そうおっかなびっくりカイナは声を出した。


「……もしもし」

「『あ、もしもし、カイナ? えっと、俺、ア――』」

「アルス!!」

「『……お前、先に俺の名前言うなよ。他の誰かが騙してたらどうするんだ?』」

「アルスの声なんて誰とも間違えないわよ!! っ、う……」


 しばらく嗚咽しか出なかったカイナ。アルスはそれを黙って聞いていてくれた、だが、そんなアルスの方で少し小さめの声がした。


「『アルス、無駄に魔晶壊すのやめてくれません?』」

「『え』」

「『嬉しいのは分かりましたが、とりあえずもう切ってください』」

「『うお!? フィデス!!』」


 そう向こうでガタガタ音がし始めた。


「え、ちょっと!! アルス!?」

「『カイナまた今度かける! 学園では一緒にはいられないけど、手紙も送るし、何かあったらウィアにでも伝言頼む!!』」

「え、ちょ――」

「『またな!』」


 ぷつん。


 ツーツー――――


 そう音が鳴る電話を握りしめ、カイナは肩を震わした。


「……何よ、人のいうことなんも聞かないで勝手に切って!!」


 そうは言っても口元のゆるみが止まらない。部屋の外を一度振り返り誰もいないことを確認して、カイナは受話器を抱きしめた。


「そうよ、『また』があるものね。……今度電話来たら、絶対に今回のこと問い詰めてやる!! ふふ、会えないからって私が大人しくしてると思わないでよ、アルス!」


 ―――――


 ルイスツール邸から出たユースとウィアは無言だった。

 今朝から動きっぱなし、ご飯もろくに食べていない。

 カイナとアルスの事で心を砕けば、今しがたアルスからの電話があったとかで、カイナは病院で泣き叫んだのが嘘のように、ケロッとしていた。


『アルスと次何を話そうかしら!』


 そう楽しそうに言うカイナに安心はしたものの、二人は病院でアルスと話したあの緊迫した時間は一体何だったのかと、今更になってどっと疲れが襲ってきた。


「「はあ……」」


 思わず同時にため息が出て、お互い顔を見合わせて苦笑いだ。


「もうちょっと早く気付くべきだった、顔を合わせなくても連絡する手段なんていくつもあった」

「本当ですね……。まあ、でもよかったです。カイナが元気になって」


 ただ、カイナとアルスが一緒にいられないというのは変わりない。アルスが学園にまだ通い続けるなら、二人が近づかないように気を配らないといけない。それは間違いない。


「カイナは僕が見張ってる。アルスはウィアが頼んだよ」

「はい、ユース様。あ、そういえば、言わなかったですね。ご自分が第二王子だって」

「あの状況で言える訳ないだろう」

「まあ、確かに。でも、ユース様がカイナの傍にいるとなると、チャンスはありますよ。アルスに負けないで下さいね!」

「何をだい?」

「え、アルスに『カイナの隣に居場所があると思うな』って、喧嘩吹っ掛けといて忘れたんですか? あれはどう考えても『カイナは僕がもらう』ですよね? アルス気づいてない感じでしたけど、たぶん信じたくないだけで、分かってると思いますけど」


 カイナを二人が奪い合う。ウィアの目の前で、そんな三角関係が繰り広げられていたのだ、忘れるわけがない。だが、当のユースは困惑した顔をウィアに向けた。


「あれは……流れ的に、そう口から出ただけで……」

「まあ、アルスが近づかないとなると、カイナにアピールするチャンスは増えますからね! 頑張りましょう! プチ遠距離恋愛に負けたらダメですよ?」


 そう、頑張れーとエールを送ると、ユースは再び苦笑いだ。


「ウィア、もうその話はよそう」


 ルイスツール邸からはヴォルフ邸の方が近い。

 ユースがウィアを送る、そうヴォルフ邸まで一緒に来たが、少し話しているうちにあっという間に着いてしまった。


「送ってくださってありがとうございました。ユース様、帰りはうちの馬車でお送りします。少し中でお待ちください」

「いや、歩いて帰るからいい」

「一時間くらいかかりますよ? もう夜も遅いのに駄目です。王都下水路クラウンが無事なら、私がリガトゥール邸の近くまで最短距離で送っていたというのに……、申し訳ありません」


 ウィアがそう頭を下げようとすると、ユースに鼻をつままれた。


「だから、なぜ謝る」

「だから、なんで鼻をつまむんですか……」

「だから、つまみやすい」

「だから、絶対違う! もう!」


 馬車を用意させていると、庭を見ていたユースが話しかけてきた。


「この庭はウィアが?」

「はい! 狭いので私一人でお世話をしてます」

「……庭師は?」

「いませんよ」


 ユースはウィアの家を見た。無言で見上げているユースを見ていると、言いたいことが分かる。


「小さくてすみません」

「いや、それはウィアが良ければいいんだが……。聞いて良いか、使用人はいったい何人?」

「料理番と御者と警備の者の三人です」

「三人!? それって女性は?」

「いませんよ」

「嘘だろう!? 人数はともかく、男の中に一人で君はいるのか!?」


 ユースの目が見開き眉間にしわが寄り、顔に『信じられない!』という驚きがありありと刻まれた。


「男って……。言っときますけど、皆さんお子さんがいるお父さんですよ」

「いや……、いったい、皆何歳だ」

「えーと二人は五十代で、もう一人は……、確か二十歳」

「……駄目だろう」

「どうしてです? 最近子供が生まれて可愛くて仕方ないとデレデレでした」

「それでも駄目だ。ウィア、今度信頼できる女性の使用人を一人紹介する」

「え、自分の世話くらい自分でできます!」

「駄目だ! これは、『ユリダス』からの命令だ」

「うわぁ……職権乱用です、反対!!」

「ウィア、君は令嬢としての意識が足りない。もっと言えば、女性としての危機感も足りてない」


 そのユースの指摘に、ウィアは口を尖らせた。


「危機感抱くようなものを持ち合わせていないので」

「……なぜそこで卑屈になる」

「だって……」


 ウィアは鼻を指で触りながら、少々伏し目がちに口をポソポソ動かした。


「ご婚約者のフェルーノ様やカイナ、それに他のご令嬢方もきちんと淑女としての教育を受けていらっしゃる……。でも、私は違うんです。淑やかに振る舞うより、街だろうが野山だろうが川だろうが越えることが良しと教えられてきたんです。今更、他のご令嬢のように振る舞うなんてできません。……こんな健康的な日焼けと、そばかす顔は他のご令嬢にいないでしょう? ふが!?」

「まあ、確かに、そんな声を出す令嬢もいないな」

「……鼻をつままれる令嬢もいないと思います」


 またもや鼻をつままれた。通算何回目かは分からないが、鼻をつまむことに味を占めたらしいユースは、若干悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「ウィアの顔を見ていると、つい構いたくなるんだ。楽しいし」

「……それまったく褒めてませんよね」

「そうかい? こうしてて楽しいのに褒めてないとなると、どう言えばいいんだ?」

「知りませんよ!」


「あ、あの、お嬢様、支度ができましたが……」


 ユースがウィアの鼻をつまんでいると、しどろもどろ御者の男性が話しかけて来た。

 自分の家のお嬢様がリガトゥールのご子息と仲良くしている。その光景が信じられないのも致し方ない。


「じゃあ、きちんとユース様をお送りしてね」


 ユースが馬車に乗り込むと、ウィアは手紙をユースに渡した。


「うちの家が見えなくなったら開けてください」

「ウィア?」

「本当に……、情けないんですけど、面と向かっては言えないんです……。どうか、私の気持ちを分かってください、ユース様」


 ほんの少し涙を目に浮かべて上目遣いをするウィアにユースはたじろいだ。

 未だかつて、こんな調子のウィアは見たことがない。

 無言で頷くと、ウィアがニコリと笑ってくれた。


「お気をつけてユース様」


 そう言って見送るウィアは程なくして屋敷に入り、ユースはウィアとの約束通り、ヴォルフ邸が見えなくなると、丁寧にウィアからもらった手紙を開いた。


『実家に帰ります』


「……え」


 予想だにしていなかった冒頭に、ユースは脳天を金づちで殴られたような衝撃に見舞われた。


『魔晶の上位権限で鍵の魔晶が壊れました! 実家に行って直せるか資料を見てきます。ごめんなさい!!!』


 確かに、ウィアはずっと胸元を押さえて顔を青くしていた。病院の廊下でアルスと話していたときからだ。洞窟に入るのに必須の鍵ならヴォルフにとって死活問題だろう。それは分かる。だが、先に一言言ってくれてもいいだろう。ウィアに重大なことを隠されていたことにユースは少なからずショックを受けた。

 そして、手紙は続きがある。


『追伸 アルスとカイナをよろしくお願いします。喧嘩はしないで下さいね。あと、学園の庭園の植物の水やりもお願いできますか? 用務員のおじさんだけじゃ心配なんです! それと無理に王都下水路クラウンに入らないで下さいね!』


「……ウィア、本題じゃない方が長いんだけど!! 馬車を止めてくれ!」


 御者に待つように言い、ユースはヴォルフ邸に引き返す。だが、時すでに遅し。


「お嬢様はもう出発しました。一刻を争うからっとおっしゃって」


「――――ッ、ウィアァァ!? 今度は僕が追いかけられないと思って……! まだその辺にいるのか!? 帰ってきたら覚えていろ!!」


 リガトゥールのご子息ご乱心再び。

 完全にウィアに出し抜かれたユースの叫びが静かな街に響いた。





――――【第一章 日常は唐突に壊れる 完】―――― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終焉のエディット 【星空の絨毯と導】 佐藤アキ @satouaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ