第46話 だからそばにはいられない(二)

 そうして目覚めたのがついさっき。

 寝ていたのは小さい小屋のような家で、外に出ると、広い芝の敷地の奥に昨日の夜連れて行かれた倉庫がある。他には目ぼしい建物はなく、アルスは真っ直ぐ倉庫に向かった。


「ああ、おはようございます。だいぶ寝ていましたね、疲れはとれましたか?」

「まあ……」

「君のお友達は随分優秀ですよ。アイザーンの出戻り洞窟から、ちゃんと『とってこい』できたみたいですね、あの二人は」

「ウィアとユース! 無事なのか!?」

「ええ、元気そうです。もう中央区に戻ってますよ。これでルイスツールのお嬢さんも起きますよ」


 カイナの目が覚める。それは嬉しいが、つまり、カイナの傍にはもういられないということだ。

 昨日壊した魔晶はまだ粉々になって地面に散らばっている。それを見てアルスは首を思い切り振った。


「まあ、君が頑張って魔法が使いこなせるようになった時にご褒美があると思えばいいですよ。それまで、ルイスツールのお嬢さんが待っていてくれるかは知りませんが」

「……」


 フィデスはアルスの頭に軽く手を置いた。


「難儀な子ですねぇ……。まあ、そういうところは私と似ているんでちょっと同情しますよ」

「……一緒にするな」

「そうですか? まあいいです。王立病院に行きますよ」


 ―――――


 王立病院の病室で眠るカイナは、ウィータがつきっきりで看病していた。


 もっとも、ウィータはフィデスの腕は疑ってはいない。気持ちよく眠るカイナの容体が悪くなるなんてことは微塵も思っていないが、フィデスが隙をついてよからぬことをしでかすのではないか、という危機感はある。

 だがそれは杞憂で、仕事の合間を縫っては顔を出すロンガと目を合わせてはため息をつくだけだった。


 そんなロンガが仕事を終えてちゃんとやって来たのは、夕日が落ち暗くなってから。


 すでにウィア達が中央区に到着している頃で、ウルも特に心配することはなくカイナのもとに赴いた。すると、部屋では昨日の続きのように二人が睨みあっていた。


「で、ロンガ。フィデスに何を言われたのよ」

「簡単な話です。旧暦の知識をやるから自分の跡を継げと言われただけです」

「それでなぜフィデスがアルスを連れて行くのよ」

「だからそこまでは分かりませんって何度も言ってますよ。フィデスのもとに行ってみようとしましたが駄目です、魔法で隠蔽されてて道が見つけられませんでした」

「ち、フィデスのやつ……」


 用心深いフィデスにウルは舌打ちした。


「あら、ウルちゃんいらっしゃい。あの二人は?」

「もう来ますよ」

「随分優秀ですね、ウィアさんは」

「そりゃあ、自慢のヴォルフだもの!」


 そう、ウィアにユース、そしてカイナもウルが小さい頃から成長を見守った子供たち。

 ヴォルフにアイテール、そしてルイスツールだ。


 だが、アルスは違う。


 どこにいるかもわからない魔法の適性がある子供を見つけることは至難の業だと、二千年前から常々ウルはそう思っていた。

 今までアルビオンで生きてきて魔法適性を持つ人間なんて五人しかいなった。この二千年の間にだ。


 しかも、魔法自体が存在しない。その力を自分で開花することなどない。勿論過去のウルも、今はまだその時ではないと、時たま現れる適性者を泣く泣く見送ったものだ。


 そして、十年前。カイナが仲良くなった子供をみてウルは歓喜した。


 ウルがこの世界に仕掛けた外につながる洞窟は東西南北に一つずつある。

 四つのうち活用しているのは一つだけ。それがアイザーンの出戻り洞窟で、ヴォルフが管理している。それ以外の洞窟はウルが壁の管理のために時たま使っているものだ。造りはアイザーンとほぼ同じで、ヴォルフなら出入りもできるが、それ以外の人間には不可能。


 アルスの故郷ブライトの壁にあるウル特製の洞窟。

 そこは出戻ったりはせず、『しるべ』と鍵を持たない者には先に進めず、ただ行き止まりになるだけの何の変哲もない洞窟だ。

 それゆえに、村の子供達は昔から洞窟を遊び場にしていた。だが、どうせ入れないのだから好きに遊ばせておこう、そう思って特に気にもしなかった。


 そして、十年前、ウルお気に入りのカイナたちルイスツール一家がブライトを訪れたとき、カイナはアルスとそれはそれは仲良くなった。毎日一緒に遊んでおり、ウルが若干アルスを敵視するほどにカイナもアルスに懐いていた。

 そんなある日、カイナの手を引いたアルスが洞窟に入ったきり、一時間以上出てこないことがあった。

 中で遊ぶにしてもおかしい、そう思ったウルが中に入るも人影はなく、行き止まりを突き進み暗い中を歩いて水辺に出ると、そこで遊ぶ二人を見た。

 湖を覗いて楽しそうにしている二人を見てホッと胸をなでおろしたが、同時に何故ここまで入れたのかという疑問が浮かんでくる。


 カイナの隣にいるのは、ヴォルフの血筋ではない少年。

 そして、まさか、という思考が頭をよぎり、ウルは二人を観察した。


「カイナ、むこうにおもしろい場所があるよ!」

「どこ? ここよりも綺麗?」

「すごい崖があるんだけど不思議なんだ、ぜんぜん落っこちないの! お外は綺麗だし、帰りはすぐに帰れるよ!」

「ええ、でも、崖はちょっと怖い……」


 結局カイナが怖がりそれ以上奥にはいかなかったが、今の会話で察しが付く。ここまでカイナを連れて来たのはアルスだ。しかも外まで出たことすらある。

 アルスがヴォルフでないならば、そんなことができる理由はただ一つ。


 魔法を使える器官をもっていて、それがウルの魔法を打ち消している。しかも、ウルの魔法を無意識のうちに打ち消せる、かなり上等な魔法器官。

 魔法適性がある少年がカイナの仲良しの人物だとは思いもしなかったが、探す手間が省けたとウルは喜んだ。


 二人が洞窟から出たのち、ウルは物理的に洞窟を閉じた。これでアルスではどうにもできないはず。


 そして問題はアルスだ。

 外の汚染が終わり、外の世界に出て行くべき人間に、魔法の名残である魔晶は不要だ。

 次世代のエネルギーとしてすでに注目を浴びている石炭。ウルの時代にも燃料として利用されることがあったものだ。構造が類似している魔晶を石炭に作り変える。それには魔晶の上位権限である魔法が必要だ。その為には、アルスが魔法を使えるようにならねばならない。


 まだ五歳の少年に未来を強制するのは気が引けた。

 出来ればアルス自身が自らその道に進んで欲しいと見守りはしたが、魔法がない世界で魔法を選択するなど普通であれば考えられない。

 そうして、ウルがてをこまねいている間に、成長したアルスは、蒔夢病ソムニウムによって故郷から中央区へとたどり着き、カイナやウルのもとへと来てしまった。


「本当だったら、全部私がやったらいいのに……」

「それは駄目よウルちゃん。フィデスが激昂しかねないわ」


 独り言のつもりのウルの言葉にウィータが食いついた。


「分かってますよ。フィデスとの約束だそうですね」

「ウィータ、面倒くさいことしてくれますよね、自分たちは手を出さないで能力を受け継ぐ私たちを使うだなんて」

「それに関しては……仕方ないわ。私とフィデスじゃ、フィデスが圧倒的に有利だもの」

「実力はウィータさんの方が上ですよね」

「それは大昔の話よ。今のところウルちゃんお手製の魔晶三回分しか全力は出せないもの。衰えていないフィデスには敵わないわ」


 そうウィータが悔しさをあらわにすると、彼女を逆撫でするような声がした。


「ああ、ちゃんと分かってくれて助かりますよ。私もテネリとやり合うのは気が引けますから。かつての同志を傷つけるのは忍びないですからね」

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