第43話 通路(二)
水辺に来た道とは違う道をウィアは進み、着いたのはだだっ広い空間だ。
ただ、その足元は底の見えない断崖絶壁になっており、向う側へと続く道もなければ橋もない。谷幅は数十メートル。向こうに見える道の続きまで飛ぶことも難しい。
「ウィア……」
「ここから先が第三のエリアです。行きましょう!」
「ウィアについて行けば向こうにたどり着けるのかい?」
「ユース様」
ウィアが面白そうに振り向いた。
「……なんだい?」
「目の前にあるのが正しい道だと思ったらいけませんよ。」
そうウィアがにっこり笑い、おもむろに手を掴んで来た。
「さ、行きましょう!」
「え、行くってまさか、ウィア、待っ、ちょ、うゎああああああ!?」
ウィアに手を引かれて断崖絶壁から強制的に飛び降りさせられた。思わず目をつむり浮遊感に耐えようとするも、それはすぐ終わった。例えるなら、そう、ちょっとした台からジャンプした感じだ。
「え?」
「ぷっ、『あああああ』って、ユース様が、冷静なユース様が、『あああああ』って、あ、ああああい痛い! ちょっとぉ!?」
「ウィア、僕をからかうのもいい加減にしろ?」
ユースがウィアの手を締め上げれば「ごめんなさい!!」と笑って謝ってくる。ちっとも反省はしていないウィアだが、重ねて怒る気もすぐに失せた。
足元を見れば何一つ遮るものがなく、下は底の見えない谷には違いがない。
「ウ、ウィア?」
「ああ、出来れば私から手を放さないでください。離してもいいですけど、五十センチ以上は離れないで下さいね。それ以上離れると今度は強制送還じゃなくて、このまま谷底に真っ逆さまです」
「ウィア、頼むから大事なことは先に言ってくれないか」
「善処します!」
ウィアと手をつないだまま、なだらかな坂を下りるように断崖絶壁の間を下に向かって降りていく。足元に何もないのに不思議な感覚だ。当のウィアは空いている方の手で壁を指さし、「あ、あの花珍しいんですよ!」とか、「この前来た時にはあの穴に蛇がいて」とか楽しそうだ。あげく、「ちょっと見て行きましょう!」と断崖に巣穴を作っている鳥の観察をしようとし始めた。
「ウィア、僕はここで待ってる……」
「それは無理ですよ。私の周りにしか道がありませんから。一緒に来てください!」
「え!?」
巣穴にはあいにく鳥がおらずウィアは大人しく谷底に向かって下り始めた。
「ウィアの周りにしか道がないというのは?」
「湖の手前までは魔晶の案内できましたよね。でも湖よりこちら側は魔晶の加護から外れます。どちらかというと外に近いので、魔晶が働かないそうですよ。その上でウル・ティムスの魔法に逆らって外に出るにはヴォルフの持つ『導』が必要です」
「その『導』って、一体何だい? 僕は、ウィア達が持っている『世界の地図』の事だとずっと思っていたけど」
「確かに、ヴォルフには外の世界時代、旧暦時代の地図も受け継がれています。それを欲しがり近づく人間もとても多いです。でも、私たちが『導』と呼ぶのはそれではありません。今自分がどこにいるのか分かる絶対的な方向感覚……、そのもとになる体の一部です」
ウィアは自分の耳を指した。
「体?」
「ウル・ティムスの時代もそうでしたが、もっと前の時代から世界の地形は随時変化していました。そんな変わり続ける世界の地形に対応すべく、外の世界にも、そして、アルビオンにも地中に位置を監視するための原石が埋め込まれています。私たちは『等高石』って呼んでいますが、それがお互いに磁力線を結んでいて、私たちはその中で位置を把握できます。それができるのは、ヴォルフ本家の血筋が受け継ぐ特殊な魔導器官の為です。もう、魔法は使えませんが、感知能力だけは維持したままです。その器官がここではウル・ティムスの魔法に打ち勝ってくれるので、道を消失させている魔法が私の周りだけは消えて普通に歩けるんですよ」
「……血で受け継がれるなら、本家の血筋以外にも持つ者がいるんじゃないのか?」
「いえ、ヴォルフの家から出る際には、摘出手術をすることが絶対的なルールです。摘出するとそれ以降の子孫には受け継がれません。それに……たとえ自分の居場所が分かってもそれを生かせなければ意味ありませんから。『
「改変? どうやって?」
「簡単です、実際に行って確かめてみればいい、それだけです。ほら、着きました!」
「――――っ!?」
暗い中から一気に光が差し込むところに出てユースは思わず目を閉じた。見るのが怖いと思う光に、目を開けるのをためらっていると、ウィアが隣で慌てた声を出した。
「あああ! そうだ、急には駄目ですね! もうちょっと奥へ」
少し引きずられて、「いいですよ」と声がかかると、確かに薄暗い。ただそれでも、行く先はだいぶ眩しかった。
「ウィア、ここは?」
「アルビオンの外です! 眩しいに決まってます! 本物の太陽ですもの!」
「……はぁぁ!?」
「『アイザーンの出戻り洞窟』、正式名称『王家の祭礼窟』。その実態は、ウル・ティムスが外の世界を監視するために作った外に出る通路です!」
「な!? じゃあ、アイテールが年に一度祈りをささげるというのは!?」
「年に一度のアイテールの霊祭は、外の世界の汚染状況を把握するためのものですよ。もうちょっと、こっちまで出られますか?」
ウィアはユースを洞窟のギリギリまで連れてくると、洞窟と地面の境目に水筒の水を線を引くようにこぼした。水はしみ込んでそのまま消え去り、足元には何の異変もなかった。
「大地に汚染が残っていると色が赤く変わるんです。本当は、微細な変化も見逃してはいけないのでちゃんと器具を使って測定をするんですよ。でも、もう色が変わらないことは確認済みです!」
「ということは……」
「外の世界の汚染はすでに浄化済みです。二千年かけてウル・ティムスはこれをやってのけたんです。初代アイテール国王はそれを補佐すべく、自らの息子と娘にウル・ティムスを手伝うように命じたんですよ。まあ、実際手伝えていたのかは分かりませんけど。でも、一人で二千年生きるのは辛いですけど、事実を知る人間が他にいたらウル・ティムスも少しは楽でしょう? もろもろ共犯です、私たちの家は。あとはカイナの家も」
「ルイスツールが?」
「カイナが知っているかは分かりません。その、お父様がなくなるのが早かったから……」
「……」
「さあ、ユース様! 外の世界はまた今度はきちんと案内します! もう戻りましょう!」
「帰りはそれこそ、出戻り洞窟の名のごとく、一瞬で戻れるのか?」
「いえ、それはできません。でも、中から外に出るのは至難の業ですが、逆は何の難しいこともありませんよ」
中に入れば崖などはなく、綺麗に整備され、灯りが灯る通路があった。
「ここを直線で行けばアイザーンの出戻り洞窟の外に出ます。なんのトラップもありません。ただ一回後ろを振り返ると出戻り洞窟に入っちゃうんで絶対に後ろは振り向かないで下さいね。今度はユース様先頭にどうぞ」
そうウィアにグイグイ押されて道を進むと、ものの一分ほどでアイザーンへと戻った。直線で歩けばたったこれだけの距離を、行きはずいぶん時間をかけて進んだものだ。
改めて世界を隔てる壁を見上げたユースは、絶対に人を外に出すまいとしたウル・ティムスの強い意志を感じ取った。
「それくらい、汚染が人を蝕んだってことなのか……」
川をボートで遡り、夕暮れが迫る中ウィアとユースは中央区を目指した。
「お腹すきましたねぇ! お昼に用意したお弁当は流石に駄目かなぁ……。お菓子食べますか?」
「……随分楽しんでるね、ウィア」
「当たり前です! 今日このために生きてきたようなものですから!」
やり遂げた感満載なウィアは、はた、と突然動きを止めた。
「どうした?」
「そういえば、私たち『
「そうだな、それは分からないが……。ウィア、ご実家に寄らなくて良かったのか?」
「皆寝てますし、報告なら目が覚めた後にします。これでカイナが目を開けてくれればいいんですけど……」
バッグを抱きしめてウィアがそう呟いた。
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