第41話 それが役目(二)
証拠隠滅とばかり水筒をバッグにしまうと、ウィアはユースの後ろを指さした。
「ずっと向こうに見えるのがアイザーンの壁です。その壁の中にこの川は流れ込んでいます。壁の手前に船着き場があるのでそこに船を繋ぎます。『出戻り洞窟』はすぐ近くですよ」
「そうか。ウィア一つ聞きたいんだが……。ヴォルフ領の隣がルイスツール領だろう? さっきカイナを普通に呼んでいたが、君たちに交流はあったのか?」
「勿論です。隣同士で歳が同じでしたから、私とカイナはよく遊んでいましたよ」
「なら、フォロクラースでカイナは君に気付いていただろう?」
ウィアは、「ふふ」と楽しそうに笑った。
「ええ。入学してすぐ、廊下ですれ違った瞬間に裏庭に連行されました。そこで一通り話をしてそれ以降は何も言わずに私の芝居に付き合ってくれましたよ」
ウィアは、懐かしそうに振り返ったと思ったら歯を食いしばった。
「私が
「確かにね。一度強硬手段に出ようとしたら反対されたことがある。ウィアのためか」
「私を気にしなければカイナがこんな目に遭うことなんてなかったはずなのに……。どう詫びたらいいか! アルスにも……!」
「詫びも何も、ここから目的のものを採って帰るのが最善だ。カイナを助けるために来たんだ。そうだろう、ウィア」
「はい!」
「あと、聞きたいんだが……」
「なんでしょう?」
「ルイスツール領で、ウィアが五歳の時に起きたことは知っているか?」
ユースは真っ直ぐウィアを見た。ウィアは肩を揺らして一度視線を外したが、今までの喜怒哀楽の豊富な顔とは打って変わって、真剣な顔をユースに向けた。
「勿論です。『あの事件』が起きたのは、ヴォルフとルイスツールの境の街でしたから。私もお迎えにあがっていたんですよ、『殿下』。でも、お会いすることはありませんでした」
「そうか……。現場にはいたのかい?」
「はい、カイナと一緒にいました。そうして、見てしまいました、宿の三階から」
その事実にユースは一度天を仰いだ。
『あの事件』が起きた現場、ルイスツール領。そこでカイナやベトーリナ、ユリダス達が五歳の時に起きたことと言えば、『国王殺害』だ。
「カイナが高い所が嫌いなのはそのせいだろう?」
「はい。高い所から下を見ると、地面に倒れるお父様が見えてしまうそうで、手を伸ばしたくなるのだと、もう何度も聞きました。おそらくアルスは知らなかったでしょう、その……」
ユースを見て言葉を濁したウィア。だが、ユースはそれをハッキリ口にした。隠すことなどもうない。ウィアは全てを知っている。
「カイナの父親が、僕と兄上を庇って亡くなったことだろう。まあ、カイナがアルスに言う必要はないな」
ウィアはユースの言葉に頷いた。
ルイスツール領で国王が殺された。犯人はヴォルフ領の領民だと言われているが、犯行現場で殺されたため詳細は不明だ。
国王が自領で殺されるなどあってはならない。
本来なら警備の不手際を追及されてもおかしくないルイスツール男爵家が何も咎められなかったのは、国王の次に標的となった王子二人を、ルイスツール男爵が身を呈して守ったからだ。
それを、『カイナの父親がルイスツールが取り潰されないように命を差し出した』と、事実を歪めて言う輩もいる。
「父上が年に一度、ヴォルフの洞窟へ行く道中の事だ。兄上の療養もかねて、僕たち兄弟も同行した……。でも、僕たちが行かなければカイナの父上が亡くなることもなく、カイナが今の状況におかれることもなかった。そうすれば今回みたいなこともなかったはずなのに……」
「ユース様がカイナの『女王陛下のお気に入り』の仕事を手伝うのは、カイナのお父様のことがあるからですか?」
「ああ、それと……」
「と?」
「カイナは僕が第二王子だとは知らない。だからかな、『第一王子と仲の良いユース・リガトゥール』として接した僕に、よく兄上や第二王子のことを聞いてきた。同じ父親を亡くした子供ということもあって、僕たち兄弟を心配してくれたんだ。それは純粋に嬉しかった」
カイナは、王子二人を庇って父親が死んだことを知っているうえで、王子たちを心配してくれる。
だが、ユースは未だにカイナに本当の身分を明かしていない。匿われて育てられたということもあるが、それ以上に、カイナに憎まれたらと思うと怖くて仕方がない。
いつも、王子二人を心配し、アーラが少し元気だと聞いては嬉しそうにするカイナはユースにとって誰よりも守らなければならない、絶対に悲しませてはいけない存在だ。
フェルーノにも、『カイナの命を軽視してはいけない』そう今朝諭された。
昨日、カイナと兄のアーラで迷ってしまった自分が情けない。兄だって、まだ話せたときはカイナに対する詫びの言葉を何度も口にしていた。それを、直接カイナに言うことができなかったのは心残りだろう。
「決めた」
「何をですか?」
「カイナが目覚めたら、きちんと話す。自分が第二王子だということ」
ユースにとっては一大決心。だが、ウィアはそんなユースに苦笑いだ。
「それ、多分そんなすごい重大なことじゃないと思います」
「なんでそう思う」
「だって、カイナですもの。ユース様のことよく知っているのでしょう? なら、別に気にもしないと思いますけど。せいぜい、『なんで言ってくれなかったのよ!』で、終わりですよ。もし、カイナがしおらしければ、『辛い思いさせてごめんなさい』ですかね? いずれにしても、そんな怖がらなくてもいいと思います」
「そうは言っても……」
「あれですか? 好きな子に嫌われたくないみたいな?」
「え」
目を見開き、ギョッとした表情のユースが、口元を幾度か動かし声を出そうとしたが「え」に続く言葉は出なかった。挙句、ほんの少し頬が赤い。
そんな初めて目にするユースの態度に、ウィアも一瞬言葉が出なかった。
「……え、えーと。えーとですね? まさか、図星?」
「いや、違う!」
ついにユースは耳まで赤くした。
まさかの態度にウィアはほんのちょっと胸が痛い。
フェルーノが婚約者だからと邪魔しないと決めれば、ユースの本命はカイナだった。綺麗系の幼馴染のフェルーノに、可愛系のカイナ、ユースの両サイドにいる女性はどちらも見目麗しいご令嬢だ。
ウィアはそばかすが気になる自分の鼻をちょっと指でかいた。
「えーっと、ユース様」
「ウ、ウィア、これは違うんだ」
「目は口程に物を言うってご存知ですか? 今のユース様は目どころか全身で語ってますよ」
「いや、違う!!」
「分かりました、ユース様! ならここは一つ良い所を見せましょう!」
「は?」
「だってそうでしょう? アルスに負けていられませんよ!! 俄然やる気出てきました! 早く例のものを採って帰りましょうね!」
「ウィア! 本当に違う!!」
「まーた照れちゃって! 言っておきますけど、私に隠し事すると辛いですよー? なんたって
「ウィア……」
ユースに困惑した表情で見られて一瞬ドキリとしたウィアだが、その視線はスルーした。
兄妹から始まったアイテールとヴォルフ。
主と付き従う
長年そばに居続けた両家だが、それ以上の関係性があったなどとは聞いたことはない。
「なら、ちょうどいいか、今のままで……」
「ウィア?」
「あ、ちょっと手元が……」
少し魔晶の制御をミスったウィアが、ボートを岸にぶつけてしまった。衝撃で揺れはしたが、放り出されるほどではない。「あはは」と笑えば「しっかりしてくれ」と呆れ顔のユースがいた。
ウィアは、ひらりと岸に降り立ちユースに手を伸ばした。
「どうぞ、ユース様」
「だから、逆だって、ウィア」
「いいんですよ! 私たちにはこっちが自然です!」
そう笑って言えば、仕方なく自分の手を取るユースの手をしっかり握って、ウィアはアイザーンにユースを引き上げた。
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