第39話 先回り

「あーあ、見失ったのねぇ。流石ヴォルフ」

「ウル……。貴女はウィアと一緒に行くはずでは?」

「その予定だったけど、ウィアは一人で行くみたいねぇ。これは面白いわ」


 ウル・ティムスを名乗る人物は、そうユースを見上げてきた。本当に面白そうに。

 この人はいつもそうだ、と、そうユースは過去を思い返した。


 ウルは言動と感情に乖離がない。

 大好きだと言ってカイナに付きまとい、可愛いと言って憚らない。

 と思えば、理性的に突き放すこともやってのける。

 それらすべてが疑う余地なく本心なのだ。


 感情に正直なウルは騒々しさの中心になることが多いが、その自由さは羨ましい。


「……何故面白いんです? ウル・ティムス」

「だって、鬼ごっこ再びでしょ? ウィアが生まれる前のヴォルフの鬼ごっこはそれはそれは傑作だったわぁ。結局お祖母様が逃げきれず父親に捉まって決着がついたのよ」

「ああ、ウィアも確かにそんなことを言っていた。っと、貴女はウィアの事を知ってるんですね」

「当たり前でしょ? 言っとくけど、初代アイテール国王から知ってるわよ。同時代の人間だもの」

「そう言えばそうですね」


 ウル・ティムスを討ったはずの祖先のアイテール。にもかかわらず、ウルは生きている。

 アイテールのユースにはそれが不思議でならない。もしも、討ち損ねていたというのなら、逆にユース自身がいつウル・ティムスに命を狙われてもおかしくない、そう思うのが正しいはず。

 実際、カイナに付きまとうウル・ティムスが本物だと認識してからしばらくの間は、ユースだってそれはそれは警戒していた。

 だが、当のウル・ティムス本人には全くその気がない。カイナにご執心でアルスにちょっかいを出す少女は実に自由だった。


「それで、どうするのよ。ウィアを追いかけるだなんて無謀よ。あの子には鬼ごっこでは勝てないわよ。ヴォルフなんだから」

「言い切りますね」

「そりゃあね。あの子は自分の主になるべき人間のために、それが誰か分からなくてもずっと自分のやるべき事と向き合っていたのよ? それを、そう簡単に捉えられると思ったら大間違いよ」


 ウル自身の事ではないのに、彼女は胸を張って仰け反った。その随分と自慢げな態度が少々癇に障るが、ウィアについてはその通りだ。


「どうよ、比べて自分は?」

「何がです」

「男として、ウィアに精神的に負けているユース様、感想をどうぞ」

「愚問です。ウィアがいるんだ、無様な姿はもう見せないさ」

「あらー、ようやっと決心ついたのねぇ。じゃあヒントをあげるわ」

「ヒント?」

「ウィアは王都下水路クラウンに潜ったわ。昨日のウィアの言葉は覚えてる?」

「川を下ると言っていた」

「その前よ」

「その前?」

王都下水路クラウンは現在どうなってるのよ」

「氷漬け、ですね」


 水量が増加したところをアルスが凍らせ、水路はその多くが氷で埋め尽くされている。


「さて、貴族街の堀もいまだに氷漬け。もちろんその下を通る通路もよ。この貴族街から王都下水路クラウン内を通って街に出るのは不可能よ。ウィアは貴族街のどこかから出てくるわ。問題はそれはどこかということよ。思いあたる場所は?」


 ユースは昨日の朝のことを思い出してみる。王都下水路クラウンを通って通学した。曲がりくねる街の道をいかず、地下を通った二人は随分と早くフォロクラースに着き驚いたものだ。


「知っている出入り口は二つしかない」

「でも管理の為の出入り口は沢山あるわ。しかしここで朗報です。昨日のランセットの一件で、王都下水路クラウンの出入り口、ほぼ全てに外から別の鍵がかけられています。貴族街の中も同じです。ちなみに、女王の指示のもと手配をしたのはルーフス宰相」


 ユースは首をかしげた。


「じゃあ、ウィアはどうして王都下水路に入れるんです? さっきは消えました」

「例外は二つよ。ルーフス宰相が鍵をかけない場所を考えてごらんなさい。他人に踏みいられたくない場所、自分が踏み込めない場所よ」

「……」

「ちなみに、『病院』には出入り口はないわよ」

「ああ、なるほど……」

「あ、これ持ってったげて」

「麦わら帽子……。どこから出したんです?」


 ―――――


「よいしょ、と」


 ウィアは壁から頭を出し周囲に人がいないことを念入りに確認した。


「ふう、まさか鍵が増やされてるだなんて……。結局ここしか出られなかったわ」


 王都下水路クラウンとは違い、緑と明るい光に照らされた庭、王立フォロクラース学園の庭園に出て、ウィアは「んー」と伸びをした。


「まあいいかぁ! 数日は来れないし、ここも見ていきたいしね! それにしても、秋設定の朝とはいえ、まだ陽があるなぁ……」

「ウィア、これが必要だろう?」

「あ! 帽子ですね! ありがとうご、……え!?」


 まぶしい光に顔を手で覆ったウィアの頭に、パサ、と何かが被せられた。

 顔を影にするつばがあるそれが帽子だと認識したウィアは、お礼を言いかけて思わず振り返った。


「ふが!?」


 そして鼻をつままれた。


「ウィア、つかまえた」


 それはもう、ものすごい爽やかな笑顔のユースにだ。

 朝日をバックに無駄に輝いている。


「……!? ん、んなっ!?」


 笑顔のユース。その表情にもかかわらず、ウィアの鼻を掴む指は次第につよくなっていく。ウィアは若干涙で目が潤み始めた。


「おかしくないかい? 側にいると言ったくせに逃げるだなんて」

「え、え、ええと!?」

「ウィア?」

「は、はい!?」

「おとなしく、アイザーンの洞窟に僕を案内するんだ、いいね?」

「えと、あの、フェルーノ様は……」

「ウィア、それはもういい加減にしてくれ。しつこいよ。案内するのかしないのか、どっちだい!」


 ギュッと鼻をつままれた。


「うーー!! するに決まってるじゃないですか! そもそも、一人で行けって言ったのはユース様です!! それを私が案内渋ったみたいに言わないでください!!」

「……」

「ユース様?」

「それは、ごめん」

「……分かってくださればいいんです! さ、参りましょう! その前に、いい加減鼻をはなして!!」


 そうしてユースから自由になった鼻をウィアが擦っていると、くすくす笑い声が聞こえた。


「ウィアの鼻がちょうどつまみやすいからいけないんだよ」

「そんな訳ありません!! 生徒が登校してくる前に出ますよ!」


 慌ただしく庭園を後にするウィアの後を追ってユースはフォロクラースを後にした。


 そして、王都下水路が使えないため、二人は大人しく街を並んで歩くことにした。


 馬車が通る道を避け、裏路地をウィアの案内ですいすい進むユースは、通ったことのない貴族街の裏道を珍しそうにみていた。


「こじんまりした店ばかりだね」

「本通りの貴族向けの店とは違いますから。ここら辺は使用人の利用する店です」


 下手をすれば立ち止まりそうになるユースの手を引いてウィアはぐんぐん進んでいく。

 その後ろ姿を見ているとウィアは急に振り返った。


「……そもそも、どうして私が王都下水路クラウンから出る場所が『フォロクラース』だと分かったんです?」

「ああ、ルーフス宰相が鍵をかけない可能性のある場所を考えた結果だ」

「ルーフス宰相が?」

「女王陛下の命のもと、王都下水路クラウンに鍵をかけるように指示したのはルーフス宰相だ。ルーフス宰相は、ルーフス家が避難口として利用する可能性のある、屋敷に隣接している王都下水路クラウンの入り口は鍵をかけさせなかった。それが、ウィアが入った入り口だ」

「確かにそこですけど……」

「そしてもう一つは、アイテールが権利をもつ敷地にあるものだ。そのなかでウィアが自由に出入りできる場所はと考えた。まず王宮は無理だ」

「ええ、ごもっともです」

「他に女王の息の根がかかった場所は、と考えると思い浮かぶのは、『病院』と『フォロクラース』だ。そして、王立病院には出入り口は存在しない。消去法でフォロクラースだ。ウィアは他の入り口に鍵がかけられていることを知らない。遠回りするはずだから、僕の方が早くフォロクラースに着いた、それだけだ」

「よくご存じですね」

「まあ、ウルが教えてくれた」

「え! それはズルです!! ウルさんって、だってあれです、あんま大きい声じゃ言えないあの方じゃないですか!! カンニングですよぉ!!」


 そうウィアが頭を抱えて非常に悔しそうに悶え始めた。見ていれば面白くなり、「ぷつ」と噴き出したユースは少し前のウルとのやり取りを振り返った。


 ―――――


『……何故貴女はそこまでしてくれる? ヴォルフのことを知っているなら、僕のことも知っているのでしょう?』

『そうね。ま、私の楽しみの一つなのよ』

『楽しみ?』

『兄妹から始まったアイテールとヴォルフ。その二つが仲良く戯れてるのが私は見たいのよ。昔もそうだったわ。初代アイテールは、子供達……、その兄貴の方が頼りないから妹に『しるべ』を持たせて手を引っ張らせたのよ。あんた達はほんとにもう……そっくりだわ』


 ―――――


 ウルはそう、回顧して普段見ない顔で微笑んだ。過去を懐かしがるウル・ティムスが過去のアイテールに向ける感情に負の要素などないようだった。

 そして、その感情のままユースやウィアに接している。


 そんなウルを見て、ユースは自分が知る歴史と実際は違うかもしれない、そんな考えが頭をよぎった。

 そう、世界の常識のアイテールとヴォルフの関係が全くの作り話のように。


 どうやら、ウル・テイムスの過去はもう一度学び直す必要があるかもしれない。


「ウィア」

「はい?」

「もし、ウル・テイムスの過去が自分の知っている内容と違ったらどうする?」

「え。ウルさんの過去ですか? それは……」

「それは?」

「すごい興味あります!! 帰ってきたら聞きましょう!」


 急に瞳を輝かしたウィアがユースに迫った。

 そう、知らないならば知ればいい。知ろうとすればいい、そこから始まる。


「そうか……、それだけか」

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