第36話 元気すぎるくらい元気なのが魅力です!

「……何故アルスくんがフィデスに連れさられるんです!! ウィータ!」

「知らないわよ! こっちが聞きたいくらいよ。ロンガは何か知らないの? 今一番フィデスと親密なのはロンガでしょう!?」

「気持ち悪い言い方しないでください。仕方なくです」


 今度はカイナを挟んで二人が対立を始めてしまった。

 騒々しい二人に挟まれて眠るカイナは、今すぐにでも「うるさい!」と言って起きてきそうだ。

 それくらい気持ちよさそうに寝ている。


 悪王だ独裁王だ魔法を手放さなかったと言われ続けたウルだが、日ごろから可愛がっている(つもりの)カイナ一人すら助けられない自分の不甲斐なさに、唇を噛み締めた。


 気づけば、大人二人の睨み合いの間にユースとウィアが入り込み、カイナの顔を覗いている。

 カイナの現状を知らなければ寝ているところを覗き込んでいる和やかな光景だ。その光景に、ウルはほんのちょっと涙ぐんだ。本日二回目。カイナが一応助かったこともあり、今度は鼻をすするくらいは涙が出て来てしまった。


「まるで寝ているだけみたいですね」

「そうだな……」

「あの、ユース様? 本当はお兄様のこと……」

「……いい。カイナの方が大事だ」

「本当に?」

「……ウィア、いくら君でもあまりしつこいと怒る」

「申し訳ありません」


 そう黙り込んだウィアはカイナの頬に手を当ててから「よし!」と気合を入れた。


「そうと決まれば、行きましょう! アイザーンの洞窟ですね!」

「……」

「ユース様?」

「今からか?」

「流石に夜中で無理です。それに、アイザーンまで行くのが大変ですね。鉄道は止まってますし。なにより、『蒔夢病ソムニウム』でアイザーンは眠りについてますから。夜明けを待って川を船で行くのが最良な気がします。地下は氷がどこまで張られているのか分からなくて……」

「なら、船は用意する。ウィア、悪いが、その、一人で、行ってくれない、か……」

「はい?」


 歯切れの悪いユースが再び戻って来た。アルスの手前言い切ったことを後悔しているんだろう。今さっき「しつこいと怒る」と言った割に、ユース自身が後ろめたさでいっぱいだ。


「アイザーンには一人で行ってくれ。僕は先に帰る、ルーフス家の馬車はもう返してある。気を付けて帰ってくれ」


 未だ睨み合いを続けるウィータとロンガを一瞥し、ウルに頭を下げてユースは病室から出て行った。


「あいつ、こんな夜中に女の子を一人で家に帰すのね。紳士とかじゃなく男として落第よ。リガトゥールの教育もなってないわ!」


 ウルが憤慨すると、ウィアは「どうしよう!」と頭を抱えた。


「え、あの洞窟に私一人で行くんですか? いや、ユース様が行けと言ったんだから、アイテールの指示ってことで『しるべ』的にはセーフですか? えええ!? でも、ユース様全然納得してないんですけど! あああああ、もう!! どうしよう、カイナ!! もう起きてぇ!」


 そう、カイナに泣きついたウィアを冷静な二人がいつの間にか見つめていた。睨みあっていたのではないのだろうか。


「起きないわよ。ユース様なんて置いて、勝手に行っちゃえばいいじゃない」

「そうですよ。早く行って『シンケールスの遺産』とやら早く持って帰ってきてください。そうしないと、フィデスもアルスくんも戻って来ません」

「……お二人とも仲がいいんですか悪いんですか」

「「良いわけない!!」」

「わー、息ピッタリ……」


 ウィアが若干引き気味だ。


「ウィア、なんなら私がついて行ってあげるわ」

「えっと、ウルさんが?」

「流石に中央区からアイザーンは遠いわよ。道中面白い話を聞かせてあげるわ、どう?」

「そうだ! 私聞きたいことがあったんです! 行きましょう! あ、でも……」


 そう、ウィアが非常に申し訳なさそうな顔をした。


「一応、ユース様には、言ってから……」

「随分な忠誠心ね」

「だって……、やっと一緒に行けるかと期待してたんですもの」


 そう残念そうに呟いたウィアにウルはほんのちょっと心をくすぐられた。


「ウィアも可愛いわね」

「うえ!?」


 ウルから離れようとしたウィアの手を引きウルは意気揚々と病院を後にした。おかげで、ウルが出て行ってからロンガが特大のため息をついたことには気づかなくて済んだ。


「ウルは女の子が好きなんですか?」

「違うわよ、ウル・ティムスだから、昔のアイテールの事やヴォルフのことも知ってるのよ。ウルちゃんにとっては、皆自分の子供みたいなもんよ。ロンガもそう」

「激しく辞退したいです」


 そんなやり取りが病室であったことなど知らぬウルは、ウィアを家まで送り届け、明日の朝迎えに来ると言い残して王宮へと戻った。


 ユース、いや、ユリダスが自由に入れる、王宮の一角のアーラの部屋。夜遅いにもかかわらずやって来ているユリダスを覗き見てウルは肩をすくめた。


「さて、ユリダス殿下はどうするのかしらね」


 ―――――


 翌朝、ピクニックに行く子供のように眠れなかったウィアは、いそいそとヴォルフ邸を後にした。ヴォルフ邸といっても貴族街の片隅にある、本当に小さな家だ。

 使用人は、自領から連れて来た三人のみ。

 料理番、御車、警備の者の三人。三人とも代々ヴォルフに仕えて来た家の人間で、父親も信頼を置いている者たちだ。ウィアが中央区で、ヴォルフの令嬢のお付きとして振る舞っている点にも目をつむり、自由にやらせてくれる父親のような三人なのだ。


 ヴォルフ邸の庭はウィアが世話をしており、小さいながらも自慢の庭だ。


 その庭を一周見回し、ウィアは元気に門を出た。


「あら、朝から元気ね」

「ウルさん! おはようございます!」

「おはよ。で、どうするの?」

「……とりあえずユース様のところへ。ウルさんと一緒に行くって伝えてから……」


 そこまで行って、再び昨日のように肩を落としたウィアの頭をウルは撫でた。


「まあ、行きましょう」

「はい、リガトゥール家の――」

「いえ、ルーフス家よ」

「……なぜ?」

「来てみればわかるわ」


 昨日の夜見たルーフス公爵家の邸宅はそれはそれは豪華だった。庭も広ければ門構えもそこら辺の貴族よりも一回り大きく、中の屋敷はウィアのヴォルフ領の邸宅でも見劣りするものだ。中央区で土地が限られているにもかかわらずこの豪華さは流石は三大公爵家。いや、もう二大公爵家といういい方の方が正しいかもしれないが、とにかく、名家の名に恥じないものだ。


 その門の前でウィアはウルを待っていた。


 着いた途端、「ちょっと公爵に挨拶してくる」とか何とか言って中に入ってしまい十分。ちっとも出てこない。


「ウルさん、捕まってるんじゃ……」


 そうウィアが心配してウロウロしていると、「ウィアー」と中から声がした。

 ドアの前で手招きしているウルに従い、左右をキョロキョロ見ながら細心の注意を払い門からドアまでたどり着いたウィアは、ドアを開けたウル、そして何よりそこにいたルーフス宰相に驚いた。


「ルッ!?」

「朝からご苦労なことですな。事情はかいつまんで聞いております。ユース殿なら娘の部屋です」


 そのワードにウィアは固まった。そうして、意気揚々と前進しかけたウルの腕をがっちり掴んだ。


「ウルさん、待って!!」

「どうしたのよ」

「それ、絶対に外野が踏み込んじゃいけない領域です!」

「……何が」


 ウィアの顔が若干赤い。


「だだだ、だって、婚約者の二人が同じ部屋にこんな朝早くいるって、ぜ、絶対あれです!! 昨日ユース様相当落ち込んでいらしたから、それをフェルーノ様が慰めているうちに、いい感じになってて、それで朝まで一緒にいたやつですよね!? 入ったら、こっちが赤面して申し訳なくなる展開がっ! そんなことになったら、わ、私はもうどうユース様と顔を合わせていいのか分かりませんので外で待ってます!!!」


 そうウィアは外に走り出た。


「は!? ちょ、ウィア!?」

「邪魔はしませーーーん!!」

「ちょっとウィア!! あんた父親の前で何爆弾発言してんのよ!?」


 思わず叫んだウルに、なんの感情もこもってない声が投げ掛けられた。


「……ユース殿がいらしたのは五分ほど前なんですが……」

「あの子、想像力逞し過ぎよね。あー、でもどうする宰相」

「……何がですか?」

「もし、ユースとお嬢様がそんないい感じになってたら」

「絶対ないでしょうな。だから部屋に通してるんです」

「そりゃそうか。ま、じゃあ、私はここで待たせてもらうわ」

「あの娘は?」

「いいわよ、元気すぎるほど元気だからその辺放り出しときなさい……」


 そういった側から、キィ……と、申し訳なくドアが開いた。


「あのぉ……」

「どうされました?」

「変なことしないんで、お庭見ててもいいですか?」

「……構わないよ。ちなみに娘の部屋は――」

「そういう警備上重要な情報は要りません!! お言葉に甘えてお庭に失礼します!」


 バタン! と思いきりドアを閉め、ウィアは走り去った。


「ほら、元気でしょ? 流石ヴォルフの娘よね」

「ん? では、あの娘がベトーリナ嬢ですか!?」

「そうよ」

「それを、その、ユース殿に近づけるのは……」

「いいのよ、これで。アイテールとヴォルフだからいいの。そこんとこ深く追求しないで」

「左様でございますか……」

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