第33話 カイナ意識不明(二)
入口は騒然としていた。
なんせあの『女王陛下のお気に入り』が意識不明の大怪我で運ばれてきたのだ。すでにカイナは処置室へと運ばれており、ロンガがその中へ踏み入った。
アルス達も入ろうとしたが、それはロンガに止められた。
「邪魔です」
そう一言、閉じられた扉の向こうは声が飛び交い、状況は分からない。
対極的に静まり返った廊下。
アルスは震えて自分からは口を開くとこも出来なくなっていた。
「アルス! 何があった!?」
「お……」
「お? アルス、ちゃんと話せ!」
「っ! あ……、カイナ!」
「アルス、カイナ様はいまタイム先生が診てくれてるわ。だから落ち着いて? 何があったの?」
「落ち……。おと……」
「落ち? なんだ!! いい加減に――」
「ユース様! それじゃアルスがしゃべれません! 黙っててください!! アルス? 落ち着いて、言える範囲でいいわ。何があったの? 教えて頂戴」
「……落ちたんだ。三、四階くらいの高さから。『お父様』って叫んで、手を伸ばして……」
「それをアルスは何もせずに見てみすみす落としたのか!? カイナが高い所が苦手なことは知っていただろう!?」
アルスは胸倉を掴まれユースに壁に叩きつけられた。だがアルスはそれに抵抗はしない。泣きらはしたぐしゃぐしゃの顔で、ユースの怒りを全部受け止め、これ以上ないくらいに顔が歪んだ。
「……だからあれ以上近づかないと思ったんだ! いつも後ろに隠れるから! それを、今日は自分から外に……、っ!!」
アルスはユースの腕を振りほどき、頭を抱えてうずくまった。話すと一連のカイナの行動を思い出し、その終着点は柵に突き刺さったカイナ。
脳裏に焼き付いてしまったその光景に、アルスは再び嗚咽し始めた。
「っ、カイナ!! ごめ……っ」
「アルス……、お前……」
しゃがみこんだアルスの頬にユースの一撃が入った。その反動で壁に叩きつけられたアルスだが、自分のせいだというのは己が嫌というほど分かっている。まともにユースの顔を見られない。きっとユースがついていたのならこんな事態にはならなかっただろう。
「お前がちゃんとカイナを見ていれば……!! なんのためのお付きだ!?」
「やめてくださいユース様!」
ほんの少し目線を上にあげれば、掴みかかろうとするユースをウィアが必死に止めている。二人とも目から涙を流してはいるが、それを拭うこともできていない。
それを見て、アルスは再び顔を膝にうずめた。
「……ごめん、ごめんなさい……。っカイナ!!!!」
アルスがそう叫んで、泣き始めると、ユースが近場の椅子に勢いよく腰を下ろした。ドサ、という音と共に頭を抱えてこちらも下を向き、ポタポタと地面にシミを作っている。
「……」
「……」
「カイナ様……」
ウィアは処置室を見つめ続けた。
しばらくして、ロンガが険しい顔で出てくると、アルスが駆け寄った。
「カイナは!?」
「……どうにもなりません。腹部臓器の損傷が激しくて、長くは持ちません」
「!」
その返答にアルスとユースは言葉を失った。
「タイム先生、どうにかなりませんか? なにか……!」
「……私にはこれ以上は手を尽くせません」
「……」
「……アルスくん」
ロンガに呼ばれたアルスは怯えながらも顔をあげた。アルスが見たロンガの目は冷たくもなく、かといって優しくもない。その表情からありありと伝わるのは悔しさだ。
「アルスくんは、どこまでカイナ様に尽くせます?」
「……何言ってるんですか、なんだってします!」
「あまり不要に言う言葉ではありませんよ。ですが、そうですね……。どんな無謀な要求をされても、それに従えますか?」
「やります! そうしたらカイナが助かりますか!?」
ロンガは首を横に振った。
「それは私には分かりません、が、カイナ様を助けられる可能性はこれだけです。ウィアさん、一つお遣いを頼まれてくれませんか」
「え?」
「街にウィータ・ライフという私の知人がいます。家は、アルスくん達がウィアさんを見張っていた家です。分かりますか? 彼女を連れて来て欲しいんです」
「任せてください!」
「ウィア、君はお祖母様が……」
「何を言ってるんですか! おばあちゃんだって、『行け!』っていいます。二人とも、私がいない間に喧嘩しないでくださいよ! 言っときますけど、カイナ様が目覚めたら全部報告しますから! 情けないことしないでください!!」
そう言ってウィアは駆けて行った。
「ウィアさんが一番しっかりしてますね。二人とも、病院では騒がないでくださいね。男として、やり合うな、とは言いませんが、騒ぐなら誰にも迷惑にならない場所でしてください」
―――――
「これは……」
「すみませんウィータ」
「ロンガが私を頼るなんて何事かと思ったら、まさか、ね。ちょっとそこをどきなさい男二人」
ウィアがウィータを引き連れて帰って来たのは二十分ほどしてからだ。
その間一切口を開かなかったアルスとユースはカイナのベッドの両脇に座っていた。ロンガの監視付きで。
カイナの頭からつま先まで見てウィータは顔をしかめた。
「腹部が酷いわね。これは造り治さないと無理よ」
「それはウィータに出来るんですか?」
ウィータは無言で首を振った。
「じゃあ、テネリには?」
「同じじゃない。そういう言葉遊びしている場合じゃないの。私には無理よ。治すなら……。ロンガ、『あいつ』を呼びなさい」
「生憎『あの人』は私の手には負えません。今頃どこかで呑気に黒いダイヤでも磨いてますよ」
「そう、ならちょうどいいわ。アルス!」
「……はい」
力なく返事をしたアルスの頭を鷲掴み、ウィータはアルスに顔をあげさせた。
「目はちゃんと虹彩異色ね、よし」
「あの……。ウィータさん?」
「アルス、コレ」
ウィータが取り出してアルスに見せたのは、プレートの束『テネリの魔導書』だ。
「いいこと、アルス。もう後には引けない、その覚悟はいい? なら――」
アルスはウィータがちらつかせたプレートの束をその手からもぎ取った。
「それはとっくに
「……」
「ウィータさん?」
「アルス、その手」
ウィータからもぎ取ったプレートは、アルスの手の中で色とりどりに光ると、すぐにその発光が消失し、固くて黒い束に変化した。アルスは胸ポケットに入れていた一枚を取り出し束へと戻し、自分の目の前につまみ上げた。
「これ、なんで変わるんですか?」
「もう存在する必要がないからよ。後はアルス次第でいくらでも魔法が使える。ちなみにそれ、何だかわかる? その『黒い物体』よ」
「これですか?」
アルスは首を傾げた。
「アルス君、『黒いダイヤ』です。分かりますか?」
「それって、たしか『石炭』の別名ですよね」
それを聞き、ウィータとロンガは「ふっ」と笑った。
「ロンガ、窓開けて!」
「勿論です!」
ウィータが慌ててドアを開け、ロンガは弾かれた様に病室の窓を開けた。
大人の謎の行動に子供三人は固まった。
そうして静かになった病室に、微かに歌声が流れ込む。夜中に歌いながら歩く迷惑な人間がこの貴族街にいるとは思えない。だが、それは、着実に大きくなり、アルス達に近づいてきているのが感じられた。
『――せっき――のぉー』
「な、なんなんですかこの歌!?」
『にぃ――、嗅ぎ分けて――』
「なんか俺これ聞いたことある……」
『われはぁー、ゆぅくぅー』
「え、まさかこれは、カリブ――」
その次の瞬間、窓から人が転がり込んで来た。
「石炭あるところカリブ在り! 石炭と言えばこのカリブをお忘れにならんでくださいなぁ!!」
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