第29話 星空の絨毯の意味(二)
「どういうことですか!? ユース様!」
「ベトーリナ嬢、すぐ済むから先にこっちに付き合ってくれ。第一王子殿下に君を会わせる」
「で、殿下にですか!?」
思わぬ申し出にウィア、改めベトーリナは急に大人しくなった。
祖母のもとに向かうのに、第一王子殿下に会えたという知らせなら一緒に持って行けた方がいい。
「分かりました」
「随分聞き分けがいいな」
「……我がヴォルフにとってアイテールは特別ですから」
「それは何故?」
「……王家の方以外に申し上げる必要はございません」
「そう……」
再び訪れた沈黙が十分ほど続き馬車は停車した。
ベトーリナが初めて入る王宮。その本宮ではなく片隅にある建物にユースはベトーリナを案内した。
「こちらは?」
「第一王子殿下の住まいだ」
扉を開けると、しん……として人がいない。おかしい、第一王子が住むというなら昼夜問わず人がいておかしくない。確かに夜はもう遅いが誰も出迎えないというのはおかしい。
ベトーリナがそう屋敷内を見渡していると、ユースは先に二階へとあがってしまう。それを追えばあるのは比較的大きな扉。ここがこの建物の主の部屋だろうか。
「ちょっと待ってくださいユース様。いくら第一王子殿下と仲がよろしいからって流石にこれは……」
「いい、ここには定期的にしか人は来ない。入るよ」
そうユースが呼びかけ扉を開けると、人がいるにもかかわらず室内は暗く、月明かりが入るだけだ。
「どちらに……?」
ユースが進んだ先には、ベッドに横たわり起きないこの部屋の主。やせこけた頬、手に繋がれるいくつもの管。声を出して会話をする姿が想像できないほどに弱っているその姿はベトーリナの祖母に重なるものだった。
「あの、この方……」
「第一王子のアーラ殿下だ。もうずいぶん目は覚ましていない」
「まさか……、壁際の『
「違う。全く別のものだ。もう二年は目を開けていない」
「え!? でも、『
「……いや」
「じゃあ、まさか女王陛下が!?」
「それも違う」
「じゃあ、その種は、まさか偽物ですか!?」
「そんなわけないだろう!!」
種が本物だと肯定されて一応はホッとしたベトーリナ。だが、それでもふつふつとわき上がる疑問が口をついて出て来てしまう。抑えようとしても、抑えきれない。
なんせ、今までユース・リガトゥールと言えば、第一王子であるアーラ殿下と仲がよく、時折話し相手になったり剣術の稽古の相手でもしていると噂が立っていたのだ。
「じゃあ、今までユース様が言っていたアーラ殿下の事は!? 皆さまユース様とアーラ殿下は仲がいいって! 時折呼ばれてアーラ殿下のもとへ行くっていうユース様のお話は!?」
「それは全部嘘だ。第二王子が表に出ない今、第一王子のアーラ殿下が意識が戻らないなどとなってみろ、今までは表面化していない王位継承問題が一気に取り沙汰される。今のアルビオンの状況的にそれはよろしくない。出自が不確かな女王に世継ぎをなどと、そんなことはさせられない!」
遠回しに女王を認めていないという発言をしたユース。
女王が世継ぎを産むことで血がアイテールではなくなってしまうことが嫌だというその発言だが、リガトゥール公爵家のユースにしてはいささか妙だ。
だって、もしも、女王がリガトゥールの血をひいているかもしれず、そのまま世継ぎが生まれて王の座に就いたとしたら、ユースの家の力が増すのだ。ユースにとってそれが悪いことだとは言い切れないだろう。アイテール王家の血を心配するユースの発言は妙に引っかかる。
「じゃあ、その第二王子のユリダス殿下は?」
「それはこっちだ」
ユースに案内されたのは王宮の奥にある庭園だ。衛兵が背筋を伸ばしてユースを何も言わずに通す。それに違和感を抱いたウィアだが、迷いなく進むユースの行く先が気になってしょうがない。
やがて庭園の最奥にあるドーム型の小さい建物が見えた。その建物には、めずらしいタイプの鍵がついている。鍵穴はなく、複数の魔晶が埋め込まれたその鍵に、ユースが襟元から引き抜いたネックレスの石をあてた。
するとプレートが開き、ユースがそこに手をかざすと、ガコンと音をたてドアが開いた。
「そのタイプの鍵……。私知ってます」
「そうかい。流石はヴォルフのご令嬢だね」
「アイザーンの洞窟に入る鍵がそれです!! 形は違うかもしれませんがそのタイプで……。でもそれは今の時代にはもう作成不可能なウル・ティムスの鍵ですよ!?」
驚くウィアは、中に入ってさらに声をあげた。
「これ、『
「ああ、今ちょうど種の収穫時期なんだ」
天井はガラス張りで星の光が降り注いでいる。
その下には、既に枯れて茶色くなった地面をはう植物と、その間に見える黄色い小さい塊。種が入った房だ。
「……どうやって渡せばいいか分からなかったんだ。誰に渡せばいいのか人も分からなくて……。世界では嫌われている花をいきなり渡して、間違っていたら? 人があっていても彼女が知らなかったらと思ったらなかなか……」
「え?」
「ヴォルフのご令嬢は領からは出ないだろう? だから、アイテールの権限でベトーリナ嬢をフォロクラースに招いたんだ。でも、ベトーリナ嬢は一向に学園には顔を見せずに、通うのはお付きのウィア・フォリウムという生徒だけ。どうしていいか分からないうちに、
「あ、あの、ユース様?」
「そうかと思えば! 君がとる行動がおかし過ぎる! 道に迷わない特技? 絶対的な方向感覚だと!? そんなの、君が『
「いや、ですから、もうそうだと申し上げたでしょう!? ヴォルフの娘は私です!」
「それが遅い!」
「何ですか! 自分だって私に本当のこと言ってくれないくせに!」
「っ!?」
「アイテールの権限で私をフォロクラースに招いたですって!? そんなことを言えて、こんな場所に出入りできるあなたが、ただの公爵家の息子だなんて思いません! 私の事も『
「――僕は……」
「あなたは?」
ユースは大きく息を吸った。ベトーリナはそれを見て心臓が口から出そうだった
でも、もう少しでベトーリナがずっと欲しかった言葉が聞けるなら、この心臓の忙しなさも悪くはない。
きっと後で笑い話になると思う。「こんなに緊張したんです!」と。
「ベトーリナ・ヴォルフ」
「はい」
「第二王子 ユリダス・マレ・アイテールの名に懸けて、ここにある『
緊張した面持ちでそういった彼に対し、ベトーリナは緊張が一気にぶっ飛び破顔した。その顔は、今までで一番の笑顔を堪えた自信があるものだった。
「このベトーリナ・ヴォルフ、我がヴォルフの名に懸けて初代アイテール国王に誓います。我はユリダス殿下の『
「信じるのか? 僕が第二王子だって……」
「信じたらダメなんですか? もうアイテールに誓っちゃいましたけど?」
「いいや、ありがとう。改めて、これは君に渡す、ベトーリナ」
そうユース改めユリダスが差し出したのは、一度ベトーリナから取り上げた『
「ありがとうございます!」
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