第28話 星空の絨毯の意味(一)
ウィアは固まっていた。
ふかふかソファの上で。
目の前には可愛らしいテーブルに、いい香りのするお茶。そして焼き菓子。部屋は淡いピンクの布地で統一された家具。
「どういうことよ……」
出されたお茶には手をつけず。ただひたすらソファの上で今までを振り返った。
―――――
ユースと別れてから、カイナと共に麻果実の栽培所に赴いた。
そして女王陛下に、その全貌を報告した。途中、ランセット公爵が水源の制御塔で氷漬けになっていたという報告も入り、その結果に女王は満足していた。
そうしてウィアは女王が満足したところで、話を切り出したのだ。
「女王陛下、今回の一件、私も栽培に関与しておりました」
「それで?」
「その……、私の罪は」
「そうねぇ、ルーフス宰相」
「はい」
ルーフス宰相の目配せで、ウィアを二名の兵が取り囲み、そのまま地上へ続く階段へと誘導した。
「ウィア!?」
「カイナ、あの子は少し頭を冷やしてもらいましょう」
「どうするおつもりですか!? ユースが言ったように、ウィアの協力がなかったらこの現場にはたどり着けておりません!」
「それはそれ、これはこれ、ですよカイナ。まあ、己がつくべき相手を途中で変えたのは評価しますよ。ですが彼女は先に行くべきところがあります」
「どこですか!?」
「それは――」
その後は階段を上がってしまい聞こえなかった。
外に出ると馬車に押し込まれた。窓に黒い幕がかかった馬車に揺られて行き先が分からず、知らない場所に着いた矢先にドアに放り込まれ、案内された先がこの部屋だ。
メイドがお茶を運んで出て行ったのが五分くらい前だろうか。
―――――
あまりにも唐突過ぎる展開に、ウィアは頭を抱えた。
「どういうこと!? この無駄に質のいい部屋はどこよ!? は! ま、まさか……、このお茶とお菓子に毒でも入ってて。これで自害しろとでも!?」
ソファに備え付けられていたクッションを思わず抱きしめると、最高の抱き心地に一瞬顔を擦りつけた。
「は!? いけない! もしかしてこの辺のものに刃物でも仕込んで――」
「そんなもの仕込んでおりません。貴女は当家を何だと思っていらっしゃるのですか?」
「はい?」
「お茶とお菓子も安全です。冷めないうちにどうぞ」
そうお茶を進めてウィアの反対側に座ったのは、ピンク色のストレートの髪の女子だ。少々小柄な体格だが、背筋が伸び所作が綺麗で優雅に見える。淡い水色の瞳をウィアに向けてフワリとほほ笑んだ少女にウィアは叫ばずにはいられなかった。
「フ……フェルーノ様!?」
「ごきげんよう、ウィア・フォリウム様」
「なぜ、ここに!? いや、その前に私に様付けは結構です!!!」
思わずソファから立ち上がり、そのまま床に膝をついたウィアをフェルーノは立ち上がらせて席をすすめた。
がばっと勢いよく立ち上がり、機械が動くようにぎこちなくソファに戻ったウィアは、フェルーノにすすめられお茶を飲んだが、もはや味なんてわからない。
王立フォロクラース学園での最高身分、いや、王族を除いてこのアルビオンにおいて最高身分のルーフス宰相のご令嬢。そしてユース・リガトゥールの婚約者、フェルーノ・ルーフス。
普段はおおらかな彼女だが、婚約者のユースが絡むと途端に気が荒くなるともっぱらの評判だ。
ウィアは、今朝から王都下水路でのユースとのやり取りを思い出し血の気が引いた。もし、ユースにもろもろ不敬を働いたとフェルーノにバレれば一体どう叱責を受けるか考えるのも恐ろしい。
「あ、あの、フェルーノ様。何故私はここに!?」
「しばらくここで待つようにと、父のお達しです。もうすぐいらっしゃいます」
「……どなたが?」
「ユースが」
「ぶっ!?」
「まあ……、お飲みになる時はお気をつけて?」
口をつけかけたお茶を噴き出したウィア。行儀が悪いにもかかわらず苦笑いで済ましてくれるフェルーノは確かに怖くはない。だが、ここにユースが来るというのはいただけない。
ウィアは再び立ち上がり、俊敏な動きでドアに手をかけた。
「あの! ユース様にはご用はありませんので私はここで――」
ガチャ、とドアが開き、聞きなれた声が聞こえた。
「用がないわけないだろう。ウィア」
「ユース様!?」
「あら、早かったのね」
「ああ、迷惑かけて悪いねフェルーノ。ちょうどいい、このまま行こうか、ウィア」
「行くとは……、どちらへ?」
「なんだ、お祖母様に『
そうユースがウィアの手に乗せたのは、小瓶に入った黄色い種。小さい金平糖のような形は、色味も相まって星のようだ。
特徴的な形をしているこの種は、間違いなく『
「嘘!? 本物!? どうして!?」
「いや、どうしても何も、そういう約束だっただろう?」
「だって、王都下水路であんなに――」
「人を翻弄してくれたな。それに関してはまだちょっと許してない」
「あ、えと、申し訳ありませんでし――」
そう頭を下げようとしたら、鼻をつままれた。
「!?」
見上げたユースは申し訳なさそうに笑っている。作ったような笑みではない、完璧ではない笑顔にウィアは少しホッとした。
「嘘だ。謝らなくていい。あの時の状況を考えれば当然だ。僕の方こそ頭に血が上って浅慮だった。悪かった。首は痛くないかい?」
「ああ、これは大丈夫です」
「まあ、その傷ユースがつけたんですか!? 何を考えてますの! 女の子に傷つけるだなんて最低です! みんながみんなカイナ様みたいにお強いわけじゃないのよ!? ほんとユースはそういうところが昔から――」
「わかったフェルーノ。お叱りは後で聞くから、とりあえず今はウィアを病院に連れて行く。悪いけど馬車を借りるよ」
「もう……。どうぞ、お気をつけてお二人とも」
フェルーノに見送られて後にするのはルーフス家。その豪華な庭園と門を出て向かう先は王立病院。
手にはユースにもらった種が入った瓶がある。
そして、正面には当の本人のユースが外を眺めて座っている。十分、二十分とずっと無言のままだ。どう声をかけたらいいものか迷っていると、ユースが視線をそのまま口を開いた。
「今朝、頼んだことだけど……」
「今朝、ですか?」
「ああ、君のところのヴォルフのご令嬢に会わせて欲しいって言っただろう?」
「そうでしたね……」
「あれは、もういい」
「え!? な、なんでですか!?」
「その代り一つ君に聞きたいことがある。それに嘘偽りなく答えてほしい。『はい』か『いいえ』で構わない。誓えるか?」
真っ直ぐユースに見据えられウィアは息をのんだ。生気を帯びて輝く黄金の瞳にウィアは頷いた。
「アイテールにですか? もちろんです。アイテールに誓って嘘偽りなく答えますよ」
そうウィアは片手をあげた。
「君の名前は、『ベトーリナ・ヴォルフ』だろう?」
それはヴォルフ男爵家の一人娘の名前。
そして――
「はい。間違いありません。ヴォルフの娘は私です」
自分の名前だ。
お互い視線を外さず問うて答えた二人。
ユースが一瞬、肩をこわばらせると、手を伸ばし、ウィアから『
「ユース様!?」
「悪いが一度返してもらう。直ぐに渡すさ」
そういうとユースは馬車の御者に声をかけた。
「王宮に向かってくれ」
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