第26話 傍観者、その名は女王?(一)
「一枚ちぎって渡したんですか? で、その結果がコレだと……」
夜の地下世界アルビオン。
ざわつく街を下に、ウルとウィータは家の屋根の上から貴族街がある方向をみていた。
少し前、中央区は突然の地鳴りに襲われた。地下を何かが駆け抜ける音。今だかつて経験したことがない程の音と振動に、市民は行き場をなくし逃げ惑っていた。
そして地鳴りが止むと、突然貴族街の周囲の堀から氷の固まりが出現し、人々はその見たことがない規模の氷に釘付けになった、それが今だ。
ウルは隣で顔色一つ変えずに氷を見るウィータにため息をついた。
「あんな無理やり……。ウィータさんがテネリだってバレますよ」
「どうせそのうち話さないといけないと思ってたからいいのよ」
「私が気を使って一つずつ事を進めていたのに?」
「そうなの? 私はてっきりウルちゃんがアルスを逃がそうとしているのかと思っていたわ」
「まさか! 逃げられないことは私が一番良く分かってますからそんなことしません。だいたいここに逃げ場はないじゃないですか」
「ヴォルフのあの子がいれば話は変わるわ。『
「それは無理です。ヴォルフはアイテールにつくと二千年前から決まってますから。アルスの好きにはできませんよ」
「そう……」
「私はもう行きます。しばらく手が離せませんのでアルス達お願いしますね」
ウルはウィータの返事を待たずに家の屋根から飛び降りた。
最初の悪王と悪評高い『絶命王 テネリ・タース』。五千年の時をゆうに超えて生きることができる。彼女が人として持ち合わせる機能は今の人間とは桁違いだ。
「五千年前はあんなのばっかりがいたなんて、未だに信じられないわ」
王都下水路に通じる出入り口にはすべて兵が仕込まれている。だが、通路はすでに大量の水とそれが凍り付き膨張した氷で埋め尽くされているはず。侵入は難しい。
今ウルが向かうのはアルス達が出てくる場所。貴族街の周囲を流れる川の壁面。そこに取り付けられた緊急時の脱出口だ。まだ兵が配備されていない場所の入り口にウルは陣取った。見た目には出入口があるように見えない何の変哲もない壁だ。
「よし、ここはまだ平気ね。女王陛下様々だわ」
自らが作ったこの世界アルビオン。王都下水路もウル自身が張り巡らせたものの一つ。その詳細は兵たちにも、ルーフス宰相にもまだ知られていないようだ。その事実にウルは満足した。
ただそれには例外がある。それが、先導を切ってやって来るはずだ。
ガコ、ゴゴゴゴゴ。
壁の向こうから扉が動く音がした。出てくるであろう人物を今か今かと待ち構え、出た時の驚きを想像してみるとまた面白くなって来た。
正直、後進を驚かすくらいしか今のウルにとって楽しみはない。このために二千年も生きて来たと思えば今楽しまなくては損でしかない。
果たして二千年生きて来たその見返りがこんなちっぽけなドッキリでいいのか悩むが、まあ、可愛い子供たちが一生懸命驚くのだからいいとしよう。
「ほら、ここから出られます――」
「待ってたわよ!」
ガコ、ゴゴ……。
「コラ! なに閉めようとしているのよ! ウィア・フォリウム!」
ガシ!
先導を切って出て来たウィアが、何も見なかったの如く再び扉を閉めようとするのを、ウルは思わず手で止めた。
「な、なんでこちらにいるんですっ!?」
「え!? ウルさん!?」
「カイナちゃーん!! 無事だったのねぇ!」
「来ないでください! ウィア! 閉めて閉めて!!」
「無理です! この人力意外と強い!!」
ウィアがカイナに泣きつくと、その後ろから手が伸びて扉を押し開けた。
「……なにしてるんだい、早く出るんだ、ウィア」
「うぅ、はい……、ユース様」
「なんでユースの言うことに従うのよ!?」
「なんとなく……」
「カイナ落ち着けってば。で? どうしてウルがここにいるんだ?」
「そうですよ! どうしてここに隠し通路があると知ってるんです!? ここはランセット公爵にもバレてないと思っていたのに……」
ウィアがそう悔しそうな顔をして睨んでくる。
そりゃそうだろう。王都下水路を自由自在に変えても道を把握しきれるウィア・フォリウムにとって、自分より先に目的地にたどり着くことなど許されない。大昔アイテールに導を託されたヴォルフの人間のプライドだろうか。
ご令嬢お付きの少女ウィア・フォリウムを名乗る彼女は意外と忠誠心が高いらしい。
しかしこの、『解せない』、という顔をしているウィアがウルにとっては面白い。
この、ウィアの顔をもっと面白くさせる方法をウルは知っているが、流石にそれは可哀そうだ。
少し考えてウルは余計な口出しをするのは止めた。
「私にバレていないっていう考えが間違っているわよウィア・フォリウム! 私は悪王ウル・ティムス。王都下水路だって私の最高傑作の一つよ! その細部の仕掛けを私が知らないとでも思っているの?」
「う……。でも、隠し通路は他にもあるじゃないですか! どうしてここだと分かったんです!?」
「それはほら、地下に設置してた魔晶が壊れたでしょう? その気配を掴めば簡単よ。疑似太陽と同じ高純度魔晶が壊れるなんて、アルスがいなきゃ無理だもの」
ねえ? とアルスを見れば奴は首を傾げた。
「あの魔晶、本当に高純度魔晶だったのか? 壊れるなんておかしくないか?」
「おかしくないわよ。魔晶のより上位の権限は魔法にあるのよ。アルスがテネリの魔導書を使いこなせたんなら、魔晶が壊れてアルスの意思に従っても何の不思議もないわ。目が金と黒の虹彩異色ね。おめでとう」
「めでたいのかよ、コレ」
「まあ、世界の流れ的には。さて……。あんた達は侵入した場所に戻った方がいいわよ。そっちに女王陛下がいたはずだから! じゃあね!」
手を挙げてその場を走り去ってみる。
四人のうち誰一人として手を振り返してくれない薄情者だ、あのお子様たちは!
唯一遠巻きに見ていたユース・リガトゥールだけが頭を下げてはいた。まあ、育ちの良さから来るものだろうか。
「そう考えると、女子二人の方が礼儀がなってないわよねぇ……」
ウルはぶつぶつ呟きつつ、路地裏を走り抜け、目当ての人物と馬車を見つけた。
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