第25話 王都下水路(六)

「『創世と破壊を繰り返す、連綿たる氷河よ』」

『……創世と破壊を繰り返す、連綿たる氷河よ』


 テネリの声が耳元でする。それに従いアルスが口を開くと、目の前で、一気に氷河に亀裂が入り、轟音と共に沈み始めた。

 白い氷の欠片を舞い散らせて巨大な壁が崩れ行く様は、アルビオンの壁際地域に住んでいたアルスにとって、身近にある壁が崩れるのを連想させ恐怖を抱かせた。


「『その青き氷石の轟音と共に姿をあらわせ』」

『その青き氷石の轟音と共に姿をあらわせ』


 アルスの足元に亀裂が入り、一気に氷の大地が裂けた。


『うわぁ!?』


 急に足元の亀裂に飲み込まれ、暗い中に吸い込まれたアルス。

 このまま落下し氷河の間に永久に挟まれる、そんな恐怖を一瞬味わったが、すぐに水音が耳に入った。


 暗いのは変わらない。


「アルスっ!?」


 アルスを呼ぶカイナの声に辺りを見れば、握っていたはずの手から漏れ出る光は消えかけており、その代り、部屋を膝まで浸水している水がうす青く光っている。

 手をゆっくり開けば、これが最後とばかりに一瞬光が強くなり、アルスの耳元で再びテネリの声が囁かれた。


『で? 私の故郷の名前は何よ?』


 暗闇のなかで鼓膜を打つ轟温。その轟きが未だ聞いたことないくらいに膨れ上がった。


 部屋の壁が壊れ、破壊されたブロックを巻き込み、飛ばしながら一気に水路から水が浸入した。アルスを飲み込むように手を広げた水が天井を這い、アルスを飲み込もうと迫ってくる。

 今まで存在を主張していたテネリの魔導書は完全に光を失い沈黙した。

 最後に一言残して。


『ロス・グラシアレス よ。噛むんじゃないわよ』

「ロス・グラシアレス!」


 アルスが叫ぶと足元で光を帯びていた水が一気に撒きあがり、水路から流れ込む水にぶち当たった。

 その瞬間、『ピシ』と何かが固まる音がしたかと思えば、一気に白い塊へと変化した。空中でアルスを飲み込む手のような形で固まった水。その周囲には、白い煙のようなものが立ち上っている。


 すると、部屋の両サイドの壁に同じく亀裂が入り砕け飛んだ。


 流入先をなくした水が壁をぶち破った。

 そう思いアルスが意識を向けた矢先、這うように部屋へと侵入してきたのは巨大な氷の塊だ。


「氷……。こっちだけじゃなくて、向うも!?」


 アルスが思わず新しくできた壁の穴に駆け寄り、壁と氷の隙間から顔をのぞかせると、かろうじて照明が生きている水路は氷に埋め尽くされ、水音一つしなかった。


「全部凍ったのか? ホントに?」


 アルスは思わず手元を見た。水路の灯りに照らされる手の中のプレートは黒く変色しており、冷たさも何も感じない。それを握りしめアルスは呟いた。


「ウィータさん……。これでちゃんと使えたことになりますかね……。どう二度と後に引けなくなるんですか……」


「アルス!?」

「カイナ――って、いだっ!?」


 いつものごとく、力任せに抱き着いてきたカイナにバランスを崩したアルスは後ろの氷に激突した。一番強く当たった後頭部を擦ると、カイナは「ごめんなさい!」と言いはするが離れてくれない。そのまま肩に顔を埋めてくっついたままだ。


「あー? カイナ?」

「なにを……、なにをやってんのよ!!」

「え? だって、ここは水没させない方がいいってカイナが……」

「だからって、アルスが死んだらどうするのよ!? ばか!!」

「えぇ……。折角俺頑張ったのに?」

「だって……」


 顔を上げたカイナの目は真っ赤で、アルスの肩も濡れている。「ぐすっ」と鼻をすするカイナの目尻を拭ってやれば、もう一度抱きつかれた。


「無事でよかった……」

「心配かけてごめんな」

「もう嫌よ、こんな思いするの」

「分かったよ。でも、きっともう大丈夫だ」

「随分自身があるのね……。アルス? なにその目?」

「目?」

「……右目が金色よ!? ウィータさんみたいになってる!!」

「光彩異色……」


 アルスの脳裏によぎるのは、ウィータ、というよりは、『テネリとフィデス』の二人だ。

 二人と同じ光彩異色。後にはひけなくなるとウィータが言っていたその一環がこの変化だろうか。


 そんなアルスの変化を、カイナは穴が開くほどみてくる。今迄にないくらいに目を見つめられて、アルスは思わず目をそらした。


「あ! なんで逃げるのよ!」

「そんなに見なくていいだろう……」

「もうちょっと!」

「嫌だ」

「アルスのケチ!」

「なんでそうなる!」

「でもありがとね、助けてくれて」


 そうカイナが、『えへへ』と笑いながら礼を言った。


「……別に。俺よりカイナの方が無事でよかった」


 ふわふわブラウンの髪を撫でてやると、嬉しそうにさらに笑うので、アルスもつられて微笑んだ。


「……お取り込み中のところ悪いんだけどお二人さん。上に出るよ?」

「「ユース!?」」

「あのー、私もいますので……」

「「ウィア!?」」


 ウィアの手持ちの明かりに照らされて、気まずそうに少し距離をおいている二人がいた。


「報告して、ランセットが捕らえられていることを確認して、ウィアの協力の成果を示すまでが今回の計画だろう。まだ終わってないんたが?」

「「ごめんなさい」」

「まあまあユース様。二人が無事でよかったじゃないですか! それにアルスの魔法も凄かったし!! でも……」


 そう、ウィアが首をかしげた。


「水、どこまで凍ってるのかしら?」

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