第22話 王都下水路(三)
「一つ聞きたい。なぜお前のお祖母様は
そう、ユースは至極冷淡な声を出した。
「ちょっとユース。今それ関係ないでしょう?」
「第一王子殿下に頼むのに、理由を添える必要があるだろう?」
「あらぁ、ユースの中で、もう第一王子のアーラ殿下に頼むことになってるの? ふぅううん?」
隣でユースをニヤニヤしながら振り返ったカイナが、「よかったわね、ウィア!」と、こちらに笑顔を向けて来た。
記録紙の元では追われなければならないとはいえ、唐突に取った行動により一度失った信用は、取り戻すのに時間がかかるかも知れない。
ここは、星空の絨毯さえ手に入ればユースは関係ない、と割り切ってしまえばいい。だが、そう考えると途端に、後ろで自分を見ているであろうユースの視線が気になり始める。
やはり、カイナの言う通り「よかった!」と、ウィアは楽観的にはなれなかった。
なかなか話し出さないウィアを気遣ってか、アルスが後ろで口を開いた。
「でも、それ今じゃなくていいだろ? 俺とか、聞いて良いのか?」
「アルス、それは平気よ。でも、他言はなしね?」
「あ! ウィア、それアルスには無理よ。さっき、『ウィアの実家はアイザーンです』、って、うっかり口滑らしていたから」
「あ、いや、それは……」
ユースの隣を歩くアルスは、一度ユースを見て視線を外されると、「ごめん」とウィアに謝った。
「ふふ、まあ、それは嘘だもの。別にいいわよ」
「「は? 嘘!?」」
今度はアルスとユースの声がハモり、それにカイナの微かな笑い声が重なった。一応大声は出さないように気を付けているらしい。
「ユース様にはどのみちお話しないといけないと思っていましたから。第一王子殿下にお伝えください。もし、第二王子殿下の所在をご存じなら、ユリダス殿下にもお伝えいただければ……。ご無事でしたらよいのですが」
一度立ち止まって胸に手をあててみる。
本当は、ユースを介してではなくアイテールから直々に
だが、祖母には猶予がない。だからこそ、ユースの話しに乗ったのだ。
ウィアは一度ユースを見て微笑むと、首を振った。
「やっぱり話が長くなりそうなので後にしましょう。ここですよ、
何の変哲もない壁。
そこに手を当てて少し押すと、ガコとレンガが窪んだ。その横に掘られた穴に手持ちの鍵を入れ壁をスライドさせる。
すんなりと自分の力で開いてしまう
真っ白になった視界が次第に色を取り戻すと、そこには、肩くらいの低木が整然と列をなして植わっている。フォロクラースの教室三部屋分くらいの面積に並ぶ低木は、頭上の灯りに照らされて、地下にもかかわらず悠々と茂っているのだ。
まるで、昼間のような空間にウィアの後ろの三人は「うわ……」と首を左右に忙しく動かした。
「この部屋、上の灯りが赤魔晶で――」
「っと、待ってウィア。ここってランセット公爵の記録紙は?」
「ここにはありません。ちなみにこの部屋の周囲にもありません。まあ、正しくは、あるけど動かない、が正解です」
「肝心な場所の警備が随分とザルじゃないかい?」
「仕方がないんですよ。この部屋に使われているのは人工太陽と同じ赤魔晶で、他の魔晶の動きが停止ししてしまうんです。魔晶を動力にしている記録紙は近場のものは使い物になりません。『高純度魔晶の制御特性』ですよ」
壁にはボックスが備え付けられており、そこにはアンプルとスポイト、そして霧吹きが入っている。
興味があるのか、アルスが後ろから覗き込んできた。
「それ何だ?」
「これ、肥料ですって。これがあると、植物の生長が早いのよ」
「どのくらい早くなるんだ?」
「これくらいの苗木が……」
そうしゃがみこみ、地面から十センチくらいの高さに手を置いてみる。
「そこの木くらいに生長するのに……」
そうして次に指すのは、肩くらいの低木。
「一日よ」
そう、一日。
「一日だと!?」
「嘘だろ!?」
「あり得ないわよ!!」
三者三様の驚きにウィアが頷く。
説明している自分も未だに信じられないのだ。三人が驚くのも仕方ない。
「そうですよね……。私も最初は信じられなかったんです。そりゃ、初めて使った翌日ここに来て我が目を疑いました。あの時ばかりは、私入る部屋を間違えたのかと、自分の絶対的な方向感覚に疑いを持ったものです……」
そう、くすん、と涙ぐんだウィアは、「でも!」とそのアンプルを突き出した。
「これを希釈して地面に吹きかけていくと、本当に生長が早いんです!!」
「いや、そんなドヤ顔で言われても……。ウィア、
カイナにアンプルを手渡そうとして、ウィアは固まった。ギギギ、と人から出る音ではない軋む音をたて、珍しく額に青筋を立ててウィアが「アルスぅ……?」とぎこちない笑顔を湛えた。
「そうじゃないもん!! なんで信じてくれないのよ! アルスの馬鹿!! 私はあんなもの口にしてない!!!」
「え!? いや、そんなつもりじゃ……」
「アルス酷い!! 絶交よ!!!!」
「えぇ!? ウィア、御免ってば!」
「嫌よ! 許さない!!」
「そこを何とか……」
取り付く島もないウィアに縋るアルス。浮気がバレたカップルのような構図になった二人に、カイナが突っ込んだ。
「……何やってんのよ、あんた達は。って、ユース? どうしたの神妙な顔をして」
「この肥料……。もしかしたら……」
そう考え込んだユースをウィアは見つめた。
「……その肥料に何か心当たりでもあるんですか?ユース様」
「いや、別に……。でもどうやってこんなものをランセット公爵が入手したんだ?」
「それは私も分かりません。私だって不思議なんです。こんなこと、ある訳ない……。ランセット公爵に踏み込めば、その手掛かりもつかめるかと思いましたが、それは無理でした」
「まあ、ランセット公爵のガードは固いだろうな……」
いつの間にか肥料を挟んで難しい顔を突き合せた二人。
先ほどまでが嘘のようなその様子に、アルスとカイナは顔を見合わせた。
「ウィア。お取り込み中悪いんだけど、ここを女王陛下に報告するわ。一度上へ出られる?」
「はい、この部屋に緊急時用の脱出口があります。調度、貴族街と街を隔てる――」
ウィアが部屋の奥を指した。そこが出口だと一同の視線の先が一致したまさにその時。
ドスン
という、何かが落ちる音と共に足元が小刻みに振動し始めた。
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