第21話 王都下水路(二)

 神妙な顔をしたウィアがすぐ後ろに立っていた。


「――っ、ウィア・フォリウム! お前、この先にいるんじゃ!?」

「申し訳ありま――っ!?」


 何を思ってかは分からない。だが、神妙な顔で出て来たからと言って、自分を欺いたことは許さない。

 ユースはウィアの胸倉をつかみ、そのまま壁に叩きつけた。


「僕は女だから手加減するとかいう思考は持ち合わせていない。どういうことか説明してもらおうか? ヴォルフのご令嬢に近しいお付きの君を、殺すとかいう選択はしたくないんだが?」

「――ッ、随分、お嬢様にこだわ――」

「お前には関係ない。余計な詮索はするな!」


 腰に携えていた剣をウィアの真横に突き立てる。壁が砕ける音と共に、ウィアの声にならないかすれた言葉が、「あ……」と、空気と一緒に出たり入ったりし始めた。


「それで? 君は随分と嘘をつくのがうまい。今の怯えも演技かい?」

「ち、ちがいま、す。嘘、はついて、な、い」

「それが嘘だろう!? アイテールに誓えると、ああも大胆に大ぼらを吹けるなら、こんな演技はどうってことないだろう!」

「――っ、それは違います!! アイテールに誓えると言ったのは嘘じゃない!!」

「そこだけはしっかり喋るんだな。お見事な忠誠心だ。アイテールにか? それとも、ランセットにか?」

「アイテールに決まってます!」

「本当か? 女王陛下の治世を乱そうとしている片割れが?」

「……それは」

「君のお祖母様とやらも、お可哀そうに。孫が犯罪に手を染めるなんて、死の間際に聞きたくもない情報だろうな」

「それは……、祖母には黙っててください!」

「そんな都合のいい話があるか? お前は、僕を信用しない? そうだな!?」

「いいえ、違います! 何度だって言います! ヴォルフの名に懸けて、初代アイテール国王に誓います! 嘘偽りなく、ユース・リガトゥールを信じると!」

「だからそれが白々しい!!」


 壁から剣を引き抜き、その切っ先をウィアに向けた。ユースの怒号と剣に顔をそむけたウィア。その首元に狙いを定めて剣を振り下ろせば、首筋に赤い傷がついた。だが、食い込むその寸前で金属音に阻まれて、よろけたユースの体は後ろから拘束された。


「ユース何してんのよ!? ウィア、大丈夫!?」

「カ、カイナ様……」

「お前、やりすぎだ!」

「アルス……。離せ!」

「無理だ! どうかしてるぞ!? 冷静なユースらしくない!」

「……へぇ、アルスは、自分が一度信じた者に裏切られて、それでも冷静でいられるのかい?」


 アルスにそう投げかけはしたが、ユースの視線は、地べたにしゃがみ込み首を押さえているウィアに向けられている。そのユースの言葉はウィアに「お前は裏切っただろう」と、そう問うているものだった。


「ウィア。平気?」

「はい、……大丈夫です」

「落ち着いているのなら聞いてもいいかしら。どうして逃げたの? あんな道を変えてまで。あれじゃあ、いくらウィアでも迷うでしょ?」

「……カイナ様、私が小さい頃から一緒にいて、迷子になったことなんてありましたか?」

「うーん、ないわねぇ。よく二人で一緒に遊んで、深い森にも入ったけど、迷子になんてなったことなかったわねぇ。青い顔してたのはうちの人間くらいだわ。ウィアのお父様ものんきにしていたしねぇ」

「道に迷わないのは私の特技ですから」

「それ、昔から言ってるけど、王都下水路クラウンでも有効なの?」

「この世界どこでも有効です。私は絶対に道に迷いません。なんなら、ここの上が一体どこかだって分かります。それに……、ランセット家の『記録紙』の設置場所も罠も全て記憶済みです」

「『記録紙』? って、なんだ、ウィア」

「監視のためのものよ。記録紙が設置されている角を曲がると、ランセット家にその情報が伝達されるの。容姿や人数、日時それだけじゃなく、近い場所の音声も拾って記録されるのよ。既存の場所にはほぼすべて設置されているの」


 アルスに視線を向けていたウィアは、チラ、と視線をユースにずらした。そして、ユースの視線とかち合うと、すぐに下を向いてしまった。


「だから、こうやって新しく造った分岐路以外では、私は三人に追われているという記録がなければ不自然なんです。ランセット公爵は、私がカイナ様とアルスを王都下水路クラウンにおびき寄せるという手筈だと思っていますから」


 そこまで説明し、ウィアは背筋を伸ばしてユースに頭を下げた。


「申し訳ありませんでした……」

「……それを、僕に、どう、信じろと?」

「これから、麻果実ソムニポームの栽培所にご案内します。ランセット公爵が最後の手段に出る前に」

「見つからないように行けるの?」

「はい、さっき分岐路を造るついでに直線で移動できる場所まで来てますから。すぐそこです」


 立ち上がったウィアが、三人を順に見て、ユースで視線を止めた。


「……アルス、いい加減放せ」

「でも……」


 ユースの体を未だ拘束するアルスは、ウィアの方を見た。どうやらウィアの心配をしているようで、ユースは呆れてため息をついた。


「別に、今は何もしない。無事に事が済めばもう何もしないさ」

「……言っとくけど、私は今のユースは信用できないんだけど?」


 ウィアをバックにカイナがユースに睨みを利かせている。そんなカイナの肩を、ウィアがツンツンと突いた。


「カイナ様、私はユース様を信じてますよ」

「……嘘でしょ?」

「誓います! アイテールに!」


 能天気な笑みでそう言ったウィアに、ユースは思わず眩暈がした。何故ここまで盲目的に信じると言い切るのか。星空の絨毯ステラのことがあるとはいえ、自分が殺されかけたのだ。普通、もっと警戒するか、信じられないと反抗するか悲観に暮れるだろう。


 アルスの拘束から解放されたユースは、調子が狂うことこの上ないウィアの生き生きしている後ろ姿を、十秒に一回くらいため息をつきながら付いて行くことになった。

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