第20話 王都下水路(一)
ウィアが手際よく水路の管理塔の鉄格子を開けた。
誰の邪魔も入らない。
アルス達にとっても、ランセット側にとっても、ウィアの後を追ってカイナとアルスが入るのは計画の内だ。もっとも、ランセット側はユースの存在に驚くかもしれないが。
驚いて尻込みすればいい。
ユースは、有刺鉄線が張り巡らされた敷地内に入り、建物に姿を消したウィアを見て、そうほくそ笑んだ。ユース・リガトゥールが消えた、死んだ、そうなれば
だが本当に消える気など毛頭ない。ユースがやらねばならい事はその先にある。
さっさと、ウィアに
ユースは、病床の第一王子と約束したのだ。
ヴォルフのご令嬢を連れてくると。
それにはウィアの協力が必要で、それには
落ち目ならず、女王陛下の治世を乱し一般市民を巻き込み不法な薬物を捌くランセット家に、これ以上好き勝手させるわけにはいかない。
最終的に正義の味方のような結論に至ったユースは、水路の管理塔に最後に入り、静かに戸を閉めた。
そして、少し扉にもたれかかり、薄暗い足元をみて「いや……」と、首を振った。
仲がよい、大切な第一王子。その病床に横たわる姿と、聞いただけのウィアの祖母が重なる。
そして、心配するウィアはユース自身と重なってしまう。
再び首を振り暗闇を見据えたユースの目に、下にある灯りがちらついた。
建物内部には、地下に続く螺旋階段がある。たどり着く先は暗くて見えないが、ボウっとしたウィアの手持ちの灯りが揺れているのがよく分かった。その灯りと距離を保ち降りると、しばらくして、灯りが動かなくなる。顔を見合わせた三人が、薄暗い階段で息を潜めていると、ギイ……、と重い扉が開き、水音が階段に響いた。
今まで後ろにいたユースはその音を聞いて飛び出した。階段の段差と螺旋状という形状を生かして、先頭にいたアルスの数段前に降りたユースは、そのまま音を気にせず駆け降りた。
「おい! ユース!?」
「悪いけど、先に行くよ!」
「ちょっと!?」
扉の隙間をすり抜けて水路に出れば、水路脇の歩道にこちらを振り返ったウィアがいた。手持ちの灯りはすでにしまっており、水路自体は壁につけられている魔晶の灯りでぼんやり照らされている。
「なんで、お一人?」
「すぐ来るさ。それより、
「――っ!!」
ウィアはユースの前から脱兎のごとく逃げだした。
「ユース! 何してんのよ!!」
アルスが開けたドアからカイナの怒号がユースの背中を押した。
ウィアとユースの距離は二、三メートルしか離れていない。その距離を詰めることなどユースにとって容易いものだ。
足元のタイルは少し剥がれかけており、ユースが走れば、ジャリ、と音を立てた。直ぐ追いつく、ユースも、おそらく、後ろで怒りをあらわにしていたカイナもそう思っただろう。
だが、ウィアが、足元のタイルを思い切り蹴飛ばし、剥がれた個所を思い切りかかとで踏み抜いた。
その瞬間、ユースの側面の壁に一気に亀裂が入った。
「な!?」
横の壁の亀裂に意識を奪われたユースの足元が一気に陥没し、壊れた壁の奥から大量の水が押し寄せ、ユースを飲み込んだ。咄嗟の水の勢いにそのまま飲み込まれて、新しく出来た水路から既存の水路へとユースの体は押し流された。
「ユース!?」
アルスの叫ぶ声が聞こえ、ユースの腕が掴まれた。
「っ、ハッ!」
ほんの数秒だが思いがけない水の勢いに呼吸を奪われたユースは、アルスに引っ張り上げられ、数回肩で息をした。そして、新しくできた水路の向こうで、自分を見ている困惑した視線を睨み返した。
「ウィア・フォリウム……。お前!」
ユースの言葉にウィアは再び逃げ出した。
角を曲がったウィアを追いかけようとしたのはカイナだ。だが、その腕をつかんでユースはアルスに投げつけた。
「アルス! カイナはお前が捕まえていろ! あれは僕の得物だ! 手を出すな!」
「おい、ユ――」
アルスの制止の声など知ったものではない。カイナも何か後ろで叫んでいる。
だが、ウィアを追って角を曲がればそんなものはなかったかのように、水音と、先を走るウィア、そして、そのウィアが床を蹴り轟音と共に新しく水路を造っていくその姿がユースの感覚を占領した。
ただ走るだけならユースに分がある。だが、唐突にできる水路と曲がり角、そして、水分を含んで走りにくい服がユースをウィアに追いつかせてくれない。
ウィアは、時折ユースを振り返っている。主導権がウィアにある現状にユースは舌打ちした。
そう、ユースが騙された自分に呆れていると、角を曲がったところでウィアを見失った。
「どこに行った……」
見失う筈のない距離で付いて来ていたはず。次の曲がり角はかなり先だ。
その先で、ゴゴゴ、という音が響いた。壁が開き道が陥没する音。随分と奥にウィアがいる。自分の予測と違う行動をするウィア。ユースが下唇を噛み締めいらだちを隠せずいると、不意に、後ろから声がかかった。
「ユース・リガトゥール様」
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