第18話 意気地なし(一)

 日が落ちて直ぐ、着替えたアルスとカイナは帰路を急ぐ人に紛れ、街のとある家を訪れた。


「まあ、二人ともいらっしゃい!」


 馬車の中の意気込みが未だ衰えないカイナとそれに付き従うアルス。そんな二人を家の主のウィータが、コロコロと車椅子で出迎えた。


「お友達もいらしてるわよ」


 そう視線を後ろに流すウィータの動きを追えば、そこには積んだ箱を抱えて廊下を横切るユースがいた。


「なっ!?」

「早く来たから、おうちの片付けを手伝ってもらっていたのよ。……アルス? 顔が酷いわよ?」

「……リガトゥール公爵家の人間に何をさせてるんですか!? 普通させませんよ!?」

「いいんだよ、手持ち無沙汰でね。それより二人とも無事に来れてよかったよ。女王陛下の前で震えあがっている姿しか思い浮かばなかったから安心した」


 そうクスクス笑うユースの服はフォロクラースの制服とは違い、稽古着のような身軽なものだ。だが、服のラフさにもかかわらず、良家のお坊ちゃま感は隠しきれていない。アルスは何気なく、ユースの隣に立って入り口にある姿見を見てみたが、自分の佇まいの方が貧相だ。

 アルスの謎の行動に首を傾げたユースだが、その姿も様になっている。婚約者のフェルーノ・ルーフスが他の女子生徒を排除しようとすることは、アルスにも頷けた。

 ユースの横に勝手に並び、比べては肩を落としたアルス。丸まった背中が貧弱さを上乗せした。


「……何をやってるのよ、アルス」

「別に……」

「カイナ様はスカートなんですね。動きにくくありませんか?」

「大丈夫です!」


 カイナは、自分のスカートのウエスト部分に手をかけ、一気に横に引きはがした。


「着脱可能です!」

「まあ、ズボンに、剣まで?」


 下には細身のズボンに、腰にレイピアが仕込まれていた。得意げにウィータに見せるカイナだが、急に顔を左右に動かし、アルスの後ろに隠れた。


「ああ、大丈夫ですよカイナ様。ウルちゃんは出かけてて、ここにはいませんから」

「よかった……」


 カイナを男装させたがるウルがこの姿を見たら飛びつくこと間違いない。王都下水路クラウンに入る前に騒いで疲弊するのは御免だと、アルスもカイナもウルがいない状況に胸をなでおろした。


「そうだユース。どうして急にウィアの協力なんて取り付けたの?」

「今朝、ウィア・フォリウムの家に行っただろう? その時に本人と交渉したんだよ。『星空の絨毯ステラ』を渡すから協力しろって」

「なんでまた、そんなことを……。それ、ユースにでも無理でしょう?」

伝手つてはいろいろあるさ。僕の肩書忘れたかい? フェルーノ・ルーフスの婚約者。さらに、女王陛下の『リガトゥール側の弟』だ」


 女王はリガトゥール家で育っている。

 もともと、先代国王と最初の妃は、結婚後一年で婚姻関係が破綻している。

 妃が子供を成せない体だという事がその最大の離婚理由だ。その後、離縁し行き場がない元妃をリガトゥール公爵家が妻に迎えた。


 だがなんと、ここでめでたいことが起きる。

 子が成せないといわれていた元妃であるリガトゥール公爵夫人に子供ができたのだ。

 そうして生まれたのがトラビオレッタ、つまり現女王だ。


 だが、その生まれた時期がリガトゥール公爵家に嫁いでからの子供にしては早すぎたのだ。そのため、国王との血の繋がりがまことしやかに囁かれ続けていた。

 女王の生母である元妃は、女王を産んですぐ亡くなり、現リガトゥール公爵夫人は後妻だ。そのため、女王とユースは、血が繋がっているのかいないのか、もしくは半分だけなのか不明。

 しかし、女王は『リガトゥール公爵家の育ち』、ということで、ユースは女王の『リガトゥール側の弟』という位置付けになっている。ちなみに、アイテール王家側の弟には、第一王子と第二王子がいる。その第一王子とユースは仲が良いともっぱらの噂で、ユース本人もそれは認めており、病床の第一王子を気遣うことが多い。


「……確かに。最強の面子よね。そりゃ、ウィアも心が動くはずだわ」

「そのウィアの事で聞きたいことがある。カイナ、君のルイスツール領とウィアのいるヴォルフ領は隣接しているね。ヴォルフの令嬢と面識もあるんだろう?」

「え? ええ、まあ」

「ウィアとも昔から知り合いかい?」

「ええ、そうね」

「なら、ウィアの故郷はどこだ? ヴォルフ領か? 外部か?」

「ウィア? えーっと、……どこだったかしら? そこまで詳しくは……」


 カイナは言葉を濁した。お付きの人間の事情までは詳しく把握はしていなさそうだ。


「ユース、ウィアの故郷はヴォルフ領のアイザーンだ。俺がフォロクラースに入った時にそう教えてくれた」

「アイザーン? 南の壁際地域の、あのアイザーンか?」

「ああ、ウィアの故郷も俺の故郷も壁際地域で、状況が似ているから、特に俺のことを心配してくれて……、って、どうしたカイナ?」


 横から顔をひくつかせて見上げてきたカイナ。その、ジトっとした視線に、アルスは言葉を詰まらせた。


「それ、ウィアに、『あまり言わないで』って、頼まれなかった?」

「……そう言われてみれば……っ!?」

「ウィアの代わりよ!」


 アルスの鳩尾に肘鉄をお見舞いしたカイナは、そのまま二階にあがって行ってしまった。悶えるアルスの前で、ユースが笑いを耐えているが、その笑いを息で吸ってため息で吐き出した。


「アイザーンか。まあ、確かにあまり聞こえのいい地域じゃないな」

「あら、アイザーンって、そんなに治安が悪いんですか? ユース様」

「治安じゃありませんよ。アイザーンは、アイテール王家とヴォルフ家の対立の原因になった場所です。正確には、アイザーンの洞窟を巡ってのいざこざですが」

「アイザーンで有名な洞窟と言ったらあの、『出戻り洞窟』?」


 ユースは、ウィータの言葉に頷いた。


 ヴォルフ領の最南端にあり、世界を覆う壁に隣接した地域『アイザーン』。

 そこには曰く付きの洞窟がある。

 それが『アイザーンの出戻り洞窟』だ。

 その名の通り出て直ぐ外に戻ってしまう、中への進入不可の洞窟。その洞窟内部に入るには、世界の地図、『しるべ』を所有するヴォルフ家の人間のみちびきが必要だ。

 アイザーンの出戻り洞窟は、地下世界アルビオンの創設時から神聖視されており、初代アイテール国王の時より、年に一回、その内部で霊祭が催されるアイテールにとっても重要な場所。だが、そこはヴォルフのみちびきなくして入れない。

 アイテールは、己にとっても重要な洞窟に入るために必要な『しるべ』を欲した。だが、初代アイテール国王との約束として、決して渡さなかったのがヴォルフ家だ。

 アイザーンの所有権と『しるべ』を手放さないヴォルフの評判は失墜し、爵位も落とされ、年に一回催される王家の霊祭すべてにかかる費用を負担させられ、領地も壁際に追いやられ、中央区へと出てくることも認められなかった。


「ヴォルフのご令嬢のお付きが、アイザーンの出身か……」


 そう言い残し二階にあがったユース。そうして残されてしまったのはアルスと車椅子のウィータだ。


「ウィータさんも二階にあがりますか?」

「いいえ、もう少し片付けしていくわ。あ、荷物がもう一山残ってるの、それだけ運んでくれる?」

「はいはい」


 ちら、と二階を見ると、姿は見えないが、微かに話声が聞こえる。内容が分からないのが、かえってアルスの気を引いてしまう。


「あら、二階の二人が気になるのかしら?」

「別に……、って、ウィータさん……。これをユースに運ばせていたんですか!?」


 電話のある部屋に入ると、机の上だけじゃなく、部屋中に箱やら本やらが積み重ねられている。いったいこの家のどこにこんなものをしまい込んでいたのか分からないほどの荷物だ。


「それがね、随分前にウルちゃんからもらった物を奥にしまい込んじゃってて、それをとりたかったの。多分向こうの部屋に残っている中にあると思うんだけど……。アルス、とってきて?」


 向かいの部屋の中にある箱や袋を抱えて戻ったアルスが一つ一つ広げると、その中の一つにウィータが反応した。黒い箱に金の細工が施された木製の箱だ。開けると、こぶし大の窪みが三つ。それを見たウィータが満足そうに微笑んだ。


「さすがウルちゃんよね。いい仕事すると思わない?」

「何がです?」

「……あら、アルスに見えないの? ウルちゃんが頭を抱えるだけはあるわねぇ……。まあ、時代の違いかしら。最近の若い子はのんびりねぇ」

「……前から思ってましたけど、ウィータさん、たまにセリフが年齢に合ってませんよ」

「そんなことないわ。私相当おばあちゃんだし。ウルちゃんなんて、孫の孫の孫の……とにかくとんでもない孫よ」

「どんな孫です、それ……」

「まあ、そんなおばあちゃんの私には、この世界での非常識も常識なのよ。ウルちゃんには借りがあるの。だから一個アルスにヒントをあげるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る