第17話 謁見(二)
「カイナが来る気にならないのは、上手く事が進んでいないということかしら?」
「……じ、女王陛下」
「私はカイナが日々頑張っているのは知っているわ。ウィア・フォリウムとかいうヴォルフの令嬢……、そのお付きの娘を追いかけて街を走り回っているものね。その間に、
『よろしい』と言う女王陛下の声音は、全くよろしくない。
先ほどまでとはうって変わって落ち着いた声。かすかに苛立ちが潜むその声に、アルスは少しずつ、視線を床に向け始めた。
「私がカイナに任せたのは、貴女が功績をあげることを是としているからよ? お父様が遺したルイスツールを継ぐためなら、カイナはなんだってやってのけると思っていたし、その実力もあると信じていたのだけど……。私の思い違いだったのかしら? だとしたら、カイナには悪いことをしましたね。もう、無理しなくていいのよ?」
「――っ!」
『使えないならお前はいらない』。そう遠回しに言う女王の言葉に、アルスは下に向けつつあった視線を隣に向けた。いつの間にか、下を向き、馬車の中とは比較にならないほどに顔から色が消えたカイナ。報告するはずの書類が無いものかのように、手を握りしめ、封書が可愛そうなことになっている。
女王陛下のお気に入り、それは『女王が目をかける、実力があるのに日の目を見ることができない女子』ではなく、『女王が目先の餌で操って思うように動かせる女子』、アルスにはそれがやっと理解出来た。
平素から、『私の首が飛ぶ』と言っていたカイナの言葉は大げさでも何でもない、事実だ。
そして、カイナの亡き父が遺し、今はカイナの叔父が一時爵位を預かっているルイスツール家をカイナが継げるのかは、女王の気分次第ということもよく分かった。
女王の前で動かなくなったカイナを見つめすぎたアルス。思わず顔にも手にも力が入り、体が震えた。それを目の前の人間が見逃すわけがない。
「アルス、何か言いたいことがあるようね?」
「!」
思わず険しい顔のまま女王を見上げたアルスは、必死でいつもの自分の顔を造ろうとしたが、一度女王に抱いた恐怖と怒りは簡単には消えてはくれなかった。
「まあ、そう怖い顔をするなんて、お付きとしては合格点かしら? でもこの場ではそぐわなくてよ? それで、言いたいことがあるなら言ってごらんなさい、アルス・ラザフォード」
ちら、とカイナを見たが、カイナは、まだ自分の世界から帰ってこない。未だ下を向いたままのカイナを見て、大きく息を吸うと、アルスは意を決して口を開いた。
「……僭越ながら、お嬢様に代わって申し上げます」
「ア、アルス!?」
「あら、本当に、何かあるの?」
一度驚いた女王だが、少し面白そうに口元を覆って目だけで笑い始めた。隣ではカイナが、アルスの声でこっちの世界に戻って来た。だが、もう遅い。
「……我々がウィア・フォリウムの行動を監視している間、王家お抱えの人間を遠目に見ることもございました。でしたら陛下もご存じのはずです、裏でかの公爵家が糸を引いていることを」
「ランセット家の事ですね。
「今晩我々は
「今まで上手く撒かれていたのでしょう?」
「ウィア・フォリウムの協力は得ています。彼女を追って
「……それはいささか、急すぎるわね。ウィア・フォリウムの協力とやらが得られているのはいいとして、ランセット公爵のほうはなかなかねぇ……。どう思う、宰相」
「万が一、カイナ嬢がウィア・フォリウムに騙された、もしくは、
その言葉に、女王も頷いた。
「あなた達は、
「……陛下のお考えがそのようなら――」
「お待ちください女王陛下!」
「お嬢様!?」
とりあえずは首の皮を繋げた。そう思い、承諾しかけたアルスの言葉を遮り、一歩前に踏み出したのはカイナだ。血の気を取り戻した顔はいつものカイナだ。若干こわばった顔が心配だが、声は震えていなかった。
「御覧に入れたいものがございます」
制服の内ポケットからカイナが取り出したのは二つの包み。馬車で話していた、
「それは……?」
「一つは先日、
「それが?」
「陛下、『魔晶指紋』がございます。お調べになりましたか?」
「……。カイナが魔晶に詳しいとは予想外だったわ。調べたの?」
「はい、こちらに報告書が――」
「必要ないわ」
「え? ですが陛下……」
「私が調べていないとでも思っているの? カイナが言いたいことはこうでしょう? 『
「は……い、そうです」
皺くちゃになった報告書を手で延ばしていたカイナは固まった。
アルスとて、再び女王の不評を買ったのかと、指先が冷たくなった。そんな微動だにできない二人を見て来た女王は、再び扇子を丁寧に閉じると、ふふ、と笑った。
「まあ、合格点ね。宰相、ランセット公爵家と
その言葉に一礼したルーフス宰相は退出した。
「「え」」
「うふふ、最近、カイナがあまりにもアルスと楽しそうだったから、ちょっと試してみたのよ。アルスも、カイナのお供が務まるか心配だったけど、主を庇おうとするなんて意外と男気あるのねぇ! 気に入りましたよ。ユースも一緒に行くのでしょう? しっかりやっていらっしゃい。成功させると、アイテールに誓えるわね?」
「「は、はい!!」」
そう元気よく返事をした二人。
「あの……、女王陛下」
「何かしら?」
「ウィア・フォリウムの事ですが……。彼女も、ランセット公爵と同罪でしょうか?」
「あら、そうねぇ……。彼女の協力次第よ。助けたいなら、誰もが納得するように、上手くやりなさい」
「心得ました!」
帰りの馬車の中、王宮を出てからしばらくは、アルスとカイナは無言だった。
とりあえず、無事に今晩を迎えられそうでアルスは胸を撫で下ろした。疲れてはいるが、行きとは全く顔つき違うカイナも、安堵しているようだ。
「アルス」
「何だ?」
「ありがとう。まさかアルスが女王陛下に話を切り出すとは思わなかったわ」
「勝手にごめん」
「ううん。ああ言ってもらえなかったら、折角の、ユースやタイム先生の物証を活用できずに終わっていたわ。ありがとね」
そう、笑ったカイナにアルスも自然と目も細まり口元も緩んだ。それをみたカイナも、「えへへ」と、令嬢の欠片もなく笑うのだ。
ユースはカイナがもっと淑やかになればいいというが、アルスはこちらのカイナの方がいい。
そんな穏やかな空気が流れる馬車だったが、それを破るのはすっかり調子を取り戻したカイナだ。
「さあ! ランセット公爵の悪事を暴くのよ! そんでもって、ウィアを助けなきゃ!!」
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