第16話 謁見(一)
「ユースが、ウィアの協力を取り付けた、ですって?」
王宮に向かう馬車の中で、アルスは昼間のウィアの呼び出しの件とユースの事を報告した。
フォロクラースから王宮は近い。背筋を伸ばして緊張感漂うカイナの視線は鋭いが、時折不安げに瞳が揺れ、平常心を保つのに忙しそうだ。
そんなカイナを見て、アルスも思わず背筋を伸ばした。
「昼間会ったときにそう言っていた。ソルスティ・ランセットが、ウィアに俺たちを上手くおびき出して
「そう……。それにしても、ソルスティ様まで事情を知っているなんて、ランセット公爵は娘を何だと考えているのかしら」
「どうする、カイナ」
「どうするも何も、ソルスティ・ランセットが昨日私たちとウィアが会っていることを知っているなら、当然ランセット公爵の耳にも入っているわ。なら、これ以上時間をかけてはいられない、今晩ウィアを追うわ。陛下には同時にランセット公爵を捕縛していただきたいのだけど……。説得するにはこれの出し方よね。陛下が教えてくださるかしら……」
手元にある書類をじっと見て、カイナはブツブツ呟き始めた。これから女王陛下にする報告を何度も反芻し、若干青ざめた。
「大丈夫か?」
「ええ、ウィアとソルスティ・ランセットの密会も一つの情報だけど……。でも、物証が何もないのよね。だから、これよ」
「その書類、フォロクラースにウィリディスさんが届けてくれたやつか?」
「ええ。タイム先生からもらった麻果実の錠剤は、ウィアが所持していたってだけで、それだけじゃ、ランセットが作ったっていう証拠にならないのよ。でも、これがあればいけると思うの。『魔晶指紋』よ」
「魔晶指紋?」
指紋が一人一人異なるように、魔晶も一つずつ異なる。同じ赤魔晶でも、そこに含まれる魔晶のもとたる魔素と不純物の割合、その不純物の種類に至るまですべてが異なるのだ。特に産出された地域が異なれば異なるほどその差異は顕著。故に、例え同じ植物でも薬でも無機物でも、魔晶から微量に出てくる物質を吸収している限り、検査にかけるとその痕跡が分かる。
「どちらにも、かなり純粋な赤魔晶の痕跡があるわ。あとは、これが、ランセット公爵が管理する
「それ、ウルに聞いた方が早かったんじゃないか?」
「そうなのよ!! ああ! ウルさんに会いたいと思う日がくるとは、一生の不覚だわ!!」
自称悪王ウル・ティムス。
本当に
数分して馬車が停まり、ドアが開けられた。
先にアルスが出てカイナに手を差し出せば、手を添えてゆっくり地面に降りるカイナがいた。
「お待ちしておりました、カイナ・ルイスツール嬢。それに君は……」
「お初にお目にかかります、ルーフス宰相。アルス・ラザフォードと申します」
「君の事は、ユース殿から話を聞いているよ。協力に感謝しよう」
「もったいないお言葉にございます」
そう一礼したアルスは、チラとカイナを見た。ほんの少しだけ、カイナの目が柔らかく曲がり、アルスの態度はギリ、ルイスツールの体面を保てるもののようだ。
「陛下がお待ちですよ、こちらへ」
豪華な調度品が並ぶ廊下を歩き、この宮殿で最も絢爛なドアを開けると、そこには扇子で顔を半分隠した、貫禄ある体形の女性が鎮座する。
トラビオレッタ・レイ・アイテール。御年二十八歳の若きアルビオンの女王だ。
金色の髪を結い上げて、華美ではないが質の良い生地のドレスを身にまとった世界の最高権力者。十年前、若干十八歳という若さでこの世界の女王の座に就いた才女であり、魔晶に関して他の追随を許さない知識を持つ人物。
生まれが複雑な女王陛下。彼女の育ちはリガトゥール公爵家であり、本当に先代国王の血をひいているのか疑問視されることもあった。だが、地下世界アルビオンにおいて必要不可欠な魔晶に誰よりも詳しいが故に、反対派も次第に鳴りを潜め、今のところその座は誰にも揺るがされていない。
「直接会うのは三カ月ぶりかしら。いつも、報告書だけだから呼び出してしまったのよ。手数をかけさせてごめんなさいね、カイナ」
「いえ、滅相もございません。なかなか報告にあがれず、申し訳ございません」
アルスはカイナに倣って頭を下げたままだ。だが、女王の弾むような明るい声に、アルスは若干、ほんとうに少しだけ緊張感がほぐれた。もっと、顔を見るのも憚られるほどの圧がある方かと想像していたが、そうではなかった。
「貴方がアルス・ラザフォードね。カイナの手紙にありましたよ。カイナについて行くのは大変でしょう? ほら、顔をあげなさい」
「女王陛下、お目にかかれてこの上ない名誉にございます」
「あら、堅苦しいわね。もうちょっと楽にしていいのよ! カイナは固すぎなの」
隠れた口元で笑っているようで、肩も少し揺れた女王。思いがけない気づかいにアルスは隣のカイナを見たが、表情は硬い。
「カイナもそう構えないで。それにしても……、フォロクラースの制服姿も新鮮ね。いつも、堅苦しい服でしか来ないから、たまにはいいわ」
うふふ、と上機嫌な女王は目を細めた。
「制服でいいからもう少し頻繁にいらっしゃいな」
「御用もないのに、参上するわけには……」
「あら、そんなこと言わないで。私は、カイナとなかなか会えなくて寂しかったわ」
くすん、と少々誇大して涙ぐんだ女王は、広げていた扇子を、パシン! と勢いよく閉じた。その音に、アルスは一瞬、ビク、と肩が揺れた。
そして、ほんの一瞬、いや、一回瞬きしたアルスの目に映った女王は、アルスから体を動かすという自由を奪った。
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