第15話 思いがけない言葉
昼休み。朝の衝撃が尾を引いて、ユースは学園の奥にある庭園に来ていた。情報網は豊富だと思っていたユースだが、庭園の一角に、
今朝、ウィアに連れられて
迷宮のように入り組んでいる
『信じられない……。君は一体どれだけ
『貴族街下の水路は使い始めて一週間ちょっとですよ』
『それでもう迷わないのか!? あの迷路を、何の罠にもかからずに!?』
『……道に迷わないのはちょっとした特技なんです』
麦わら帽子をかぶって、そばかすを気にしながら照れ臭そうにはにかんだウィアは、どう見ても違法栽培に手を染めるような人間には見えなかった。
誰にも見つからないところを求めて、木の上に腰を下ろしながら朝を振り返ったユースは、ウィアにした約束を反芻した。
「『
世間一般では憎まれる花。その花を死の間際に見たいとは変わっている。
「それで、どうして今朝はいつもと違う道を通ったの?」
葉のこすれる音に混じって聞こえて来た女性の声に、ユースはあたりを見回した。
「地図にするのに同じ道ばかりではいけませんから」
今さっきまで思い返していたウィアの声がして、ユースは息をひそめた。近くに人影はない。だが、確実にウィアがいる。
「でも貴女の姿がどの記録紙にもつかないなんてことあり得るの?」
「たまたまですよ」
「……そう。ねえウィア、貴女昨日カイナ・ルイスツールと一緒にいたようね」
「……申し訳ありません。昨日の作業の帰りに見つかりまして……。話しは、この件に関しては一切しておりません。聞かれもしませんでした」
「ふん、大方後をつけられていたんでしょう? まあいいわ。いいこと、今度は上手くおびき寄せなさい」
「え……?」
「地下水路でカイナ・ルイスツールとその下僕には消えてもらいましょう。向こうの手札が揃って我がランセット家が明るみになる前に、悪いけど二人には死んでもらうのよ。貴女なら
「……っ、分かりました。ソルスティ様」
庭園を見回したが見当たらない。ユースはすぐ傍にある校舎の窓を覗いた。暗い教室には水色のシュシュをつけた女子生徒と、背を向けて出て行く二人の女子生徒。
「なるほどね。ソルスティ・ランセットか。ということは、今日ウィアを追いかけると、水路に誘導されてカイナたちは流される、ってことか。さて、僕に協力すると言ったウィアはどうするつもりか……」
教室に残ったウィアは、自分の肩を抱いていた。
「お祖母様……」
そう首を振って教室を出たウィア。その姿を見送ったユースが次に目にしたのは、教室に入ってきたアルスだ。アルスはそのまま空いていた窓から手招きしてきた。
「なんだい、アルスも来てたのか」
「ああ、リサ・マイヤーとウィアが一緒に教室を出て行ったから……。ウィア、俺たちを本当に消すと思うか?」
「……彼女次第だよ。ま、それは、僕に任せておいて欲しい。二人は、女王陛下の謁見で失敗するなよ。それと、カイナにこう伝えてくれ『ウィア・フォリウムの協力は得た』って」
「どういうことだよ」
「利用できるものは利用する、それだけだ」
世の中、利用するか利用されるか、そのどちらかだ。幼いころから貴族社会の中にいたユースにはその感覚が強い。
「生憎、傍観に徹するつもりはないさ。カイナを頼んだよ、アルス」
放課後、ユースは再び庭園に来ていた。女王陛下のもとへ向かうカイナとアルスを送り出し、急いでやって来た。
人目をはばかるように壁にひっそりと構えられた
随分便利なものをかぶっていると、ユースは少しほくそ笑んだ。
「ウィア」
「ひぃいっ!?」
ウィアは驚いた拍子に持っていた剪定バサミを落としかけ、咄嗟にユースは手を伸ばした。
ハサミを掴んで差し出せば、目と口をあんぐりとあけたウィアがいた。
「……そこまで驚くかい?」
「ユース様……。なぜこちらに……」
「君に話がある」
「え、それはここで?」
「ああ、別に難しい話じゃない。君は、僕を信用するか、信用しないか。それを聞きたい」
「……どういう意味です」
「今晩僕は君を追いかけて
「え、と、私は……」
「だから、聞いている。今朝の話、僕を信用して、協力してくれるのか、それともしないのか。どちらでもいいさ、その時までに決めてくれ」
「なんで急にそんなこと……」
「さあ? 木の上にいても案外教室での会話が聞こえるものだと思ったよ」
ピンときていないウィアに、後ろの校舎を指差したユース。その一室は昼にウィア達がいた空き教室だ。
「……まさか、昼間のこと聞いていたんですか!?」
「ああ。随分物騒なこと話していたね」
「待ってください、私は、今朝決めたんです。ユース様の言うことを信じます!」
「随分簡単に結論をだすね。本当かい?」
「勿論です!」
「お祖母様のことは?」
「それは、そう、なんですけど……。でも、『星空の絨毯』を下さるなら、そちらを、信じます」
「歯切れがわるいな」
下を向いて唇を噛み締めているウィア。
そんなウィアにユースは、地下世界でよく言われる誓いの言葉を口にした。子供から年寄りまで、口癖のように言うある意味お約束の文言。一般人にはそこまで重みはないが、貴族にとっては重要な言葉。
『アイテールに誓えるか?』
その問いかけに
『誓います』
と、そう返す。
だがそれは、ヴォルフの令嬢に近しいウィアが口にすることなどない言葉だ。
「じゃあ、ヴォルフの君はアイテールに誓えるのかい? だったら信じてあげるけど。考えておくんだ」
そうユースが踵を返すと、一呼吸おいてしっかりした声が聞こえた。
「何度だって言えます! ヴォルフの名に懸けて、我らが王アイテールに誓います! 嘘偽りなく、ユース・リガトゥールを信じると!」
「……は? いや、なにもそこまで……」
ユースが振り向けばそこには人影はなし。遠く走り去った麦わら帽は壁の水路の隠し扉へ吸い込まれて行った。
てっきり、無言で過ぎるか、良くて「誓えます!」位が返ってくると思ったユースは、思いがけない文言に驚き、呼び止めることもできず、ウィアの姿を見送った。
「今の……、どういうことだ?」
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