第14話 お嬢様は人気です

「アルス! おはよう!」

「ウィア、おはよう。あーその、校門のところで何か変なのに引っかからなかったか? というか、一人できたのか?」

「もちろん一人よ? うちのお嬢様はお部屋に置いてきたわ。あと、校門でも……会ってないわよ。何、何があったの?」

「いや、会ってないならいいや」


 アルスの予想では、校門に入る前にウルによってウィアが捕まるはずだったが、ウィアは何事もなく登校した。いつもよりだいぶ遅いが、それでもまだホームルーム前だ。


 席についていそいそと用意をしているウィアにクラスメイトが近寄って行った。それは他家のご令嬢のお付きの少女たちだ。


 ウィアの主であるヴォルフのご令嬢は、在籍こそしているが不登校だ。だが、ヴォルフのご令嬢を招いたアイテールの手前、せめてお付きのウィアだけでもと通っている。

 皆そう認識しており、主の我儘に振り回されている筆頭はウィアだと思っているのだ。


 そんなウィアに、クラスメイトはよく愚痴りにやって来る。主経由で他に広まる心配もない、それがウィアだ。


「ウィア―! 聞いてよ!! うちのお嬢様が! またフェルーノ様に呼び出されたの!!」

「へ? ああ、大変ね。なんでまた?」

「昨日ユース様と話しているところを見つかったからよ……。まあ、確かにちょっと親密だったかもしれないけど。それで昨日一日お嬢様のご機嫌がすこぶる悪くて!!」

「ならまだいいわよ。私なんてフェルーノ様から直々に叱責されたわ……。教育がなってないって」

「皆大変だねぇ……」


 慣れたものと言わんばかり、仏の笑みで愚痴を聞き流すウィアは、ある意味能天気だ。

 鞄と一緒にかけてある、フォロクラースには似つかわしくない麦わら帽子はウィアのトレードマークだ。毎日のように学園の庭園で植物の世話をするウィアの必需品で、ソバカスが気になると言って、秋になっても持ってきている。

 麦わら帽子を被ってこの能天気な笑顔を浮かべながら植物の世話をするウィアは幸せそうだった。夏場カイナと共にウィアを観察して、難しい顔が似合わない友人だと、アルスはそう思った。

 そんなウィアにはどうやら分からないらしい。

 王族が通っていないフォロクラースにおいての最高身分はルーフス宰相の娘フェルーノ・ルーフス。ユースの婚約者である彼女からの呼び出し、そのとばっちりを受けるのがどれだけ苦痛なのかということを。


「フェルーノ様、いつもはおおらかなのに、ユース様が絡むと荒れるわよね」

「そりゃ、婚約者だし。ユース様は他のご令嬢方からも人気あるし、私たちにもお優しいしね! ウィアもそう思うでしょう?」

「……ああ、ユース様ねぇ……、そう……、か、なあ……、まあ、そうかも?」


 何かを思い出すように首をひねって、ウィアにしては難しい顔をした。


「歯切れ悪いわねぇ。ねえ、アルスは? カイナ様もユース様とよく話していらっしゃるでしょ?」

「え」


 ウィアを観察していたアルスは、思いがけない流れ弾にぶち当たった。

 確かに、カイナとユースは学園でも話すことは多い。しかも、他に知られないように、コソコソと。

 それは他の家から見れば、格好の噂の種だ。だが、ユースがカイナを手伝っているのはルーフス宰相が絡んでいる。娘のフェルーノもそれは知っているはずだ。


「呼び出しは?」

「カイナお嬢様は……、とくに呼び出しとかは、されてない、はず」

「何よアルス、下僕なのに随分あやふやね」

「従僕だ!」

「カイナ様とアルスなら下僕で十分よ。だって、どう考えても、カイナ様の方がお強いもの」

「そうそう! 校内試合で男性を蹴散らすお姿は素敵だったわぁ! 唯一互角だったのはユース様のみ! アルスはカイナ様に足蹴にされているのがお似合いよ」

「……お前ら、俺に対する認識が酷いぞ」

「だって! カイナ様のお付きなんてずるい! アルスなんて髪も結んで差し上げられないくせに! あの柔らかそうな髪、一度でいいから可愛くセットさせていただきたいわ!」


 キャー! と盛り上がる女性陣から離れてため息をついたアルス。その肩を、ポン、と別の生徒が叩いた。


「アルスよ。俺たちだって、カイナ様のお付きはズルいと思うぞ」

「……なんでだよ」

「だって、一緒に馬車に乗るなら可愛い女の子の方がいい!」

「カイナ様お優しそうだし!」

「この前だって、俺のことちゃんと『アルスのお友達ね』って笑いかけてくださったぞ!」

「あーら、残念ね。それ、個体認識されてないわよ!!」

「お前らはアルスのお友達認定もされてないだろ!!」

「何ですって? ちょっと、アルス! カイナ様に言っといて!」


 男女問わず人気のカイナ。嬉しい反面ちょっと困ったアルスだったが、そもそも大事なことを皆忘れている。


「……お前ら、自分の主人はどうした!!」


「「それはそれ、これはこれ!」」


「……アルス、大変ねぇ……」

「ウィア、笑わないでくれ……」


 先生がやって来てやっと静かになったクラスに、アルスもウィアもホッと胸をなでおろした。



 そして、昼休み。


「ウィア、ちょっとよいかしら?」

「リ、リーサさん」

「お話があるの」


 ウィアはクラスメイトの女子と共に教室を出る。それを見届けアルスはそっと教室を出た。


 リーサ・マイヤー。彼女は、ランセット公爵家のご令嬢の使用人だ。


「向こうがウィアに直々に接触してくることなんて今までなかったのに……」


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