第12話 ステラ

 ユースはヴォルフ邸の偵察がてら歩いていくと言い、フォロクラースに向かう馬車の中はアルスと二人きり。そのはずが、ウルがついてきて3人仲良く馬車に揺られている。


「現実世界にないものは想像で補うしかないでしょう」

「だから、やってるってば!」


 ルイスツール邸を出てからこの調子だ。騒々しい師弟コンビを前に、カイナは心中複雑だった。


「この前、冷凍倉庫に放り込んであげたじゃない」

「ただただ寒かっただけだ」

「なら、今度は全身氷付けにしてあげましょうか?」

「やめろ! 殺す気か!?」

「だーい丈夫よ! 昨日のゴロツキだって、氷が解けたら無事だったでしょ?」

「……だからって良いと言うわけないだろ! お前なら、気が変わって殺りかねない」

「酷い言いようね……。なら擬似体験でも良いわよ。アルスの本気がみたいのよ!」

「なんだよそれ」


 「アルスが魔法を使うところを見てみたい」、そう言ったのはカイナ自身だ。

 その為か、はたまたウルが言うようにカイナの足手まといにならないようにとアルスが頑張っているのかは定かではないが、ウルが魔法を教えると言ってはアルスとの時間をぶち壊していくのが少々気に入らない。

 フォロクラースに登校する馬車の中は、これから笑顔を張り付けなければならない学園に行く前の楽しい時間のはずが、今朝は心がささくれだってしまった。


「つーか、お前、フォロクラースまで来る気か?」

「ええ。昨日のお嬢さんに会いたいの」

「……ウィアにですか? でしたら、ユースと一緒の方が早かったですよ」

「あっちの二人を邪魔しちゃいけないと思って! それに、こっちは邪魔したいと思って!」

「お前……」

「……はぁ……。もういいです……。ところでウルさん、聞きたいことがあるんですけど」

「なぁになぁに?」

「二千年前も『星空の絨毯ステラ』という花は絶滅寸前だったんですか?」

「ええ、もちろん。『ステラたち縁の花』の運命は不遇だわ。絶滅寸前にもかかわらず、絶滅危惧種に指定されることもない、人の手で壊される花よ」

「『ステラたち縁の花』、ですか?」

「何だ、それ? 『星空の絨毯ステラ』は『壊滅王かいめつおう縁の花』だろ?」


 悪王の一人『壊滅王かいめつおう』。

 憎まれる王に関係するが故に嫌われる花。それが『星空の絨毯ステラ』だ。聞いたことのない『ステラ』という『人の名』に、カイナもアルスも眉をひそめた。

 そして、ピンと来ていない二人を見てウルも眉をひそめて大きなため息をついた。


「はあ……。こうなるんだものねぇ。彼らの思惑通りだわ。さあ、アルス、悪王の先輩の名前を言ってごらんなさい」

「そんな先輩持った覚えはない」

「往生際が悪いわよ!」


 手刀を頭に入れられたアルスは、それを振り払って指折り数え始めた。


「最初から……、『絶命王ぜつめいおう テネリ・タース』、『壊滅王かいめつおう アルクス・プルーウィウス』、『脆弱王ぜいじゃくおうネクタ・リーネア』、それで、『独裁王どくさいおう ウル・ティムス』、だろう。常識だ」

「そう、常識ね。なら、これは? 二番目のアルクスには相棒がいたのよ、それがステラと言う名前の子。『星空の絨毯ステラ』は、ステラが死んだときにアルクスが咲かせた花。それ故に、壊滅王縁の花として忌み嫌われ続けた、そんな花よ。詳細は知らなかったでしょう?」


 カイナは頷いた。悪王四人はそれぞれ独立した存在であり、それに付き従っていた人間の話など伝えられることはなかった。カイナが今まで読んだ本にも、学校の教科書にも、吟遊詩人も大衆演劇も何もかも、ステラという名前など出て来たことなどない。

 何千年も前の話。自然に廃れたのか、それとも誰かの意志なのか。考え込んだカイナがふと隣に気配と感じると、いつの間にやらウルが笑顔で隣に座っていた。


「カイナちゃん、昨日のウィアって子はヴォルフの子みたいね」

「あ、はい、ご令嬢のお付きの子です。ウルさん昨日ウィアに、『アイテールに誓えるか』、って聞いてましたよね? そしてウィアは『はい』って……、そう答えてました。ウィアを信じるんですか? アイテールといがみ合うヴォルフ家に仕えているのに」

「ええ、ヴォルフにとってアイテールは重要だから。逆もまたしかり」

「お互い憎んでいるのに、ですか?」

「憎むねぇ。そう見えているのなら、彼らにしてみれば万々歳よ。って、馬車が止まったわよ?」


 フォロクラースまであと数分の場所で馬車が停車し外側からドアが開けられた。外では御者が待っている。それを見てカイナは「うふふ」、と作り笑いをした。


「ウルさんはこちらで降りてくださいね。学園には連れていけませんから」

「えぇ!? カイナちゃん……」

「学園の外で、ウィアでもユース様でもお待ちください! アルス、ウルさんを外にお出しして!」

「はい、お嬢様」


 我が意を得たとばかり、アルスがウルを持ち上げると、カイナは若干こめかみが引くついたのが自覚できた。


「こんのぉ!! アルス、カイナちゃんの言うことだからって強気になって!!」

「「うるさい!」」


 アルスに横抱きに抱えられて暴れたウルも、二人に同時に睨まれて口をつぐんだ。


 走り出した馬車の後方から、「またねー」、と手を振り見送るウルを確認してカイナは疲労感に襲われた。正面ではアルスが苦笑いしつつ「大丈夫か?」と、心配している。それで、若干ささくれだった心も落ち着く感じがした。でも、一言言ってやりたい。


「丁寧に抱えないでつまみ出せばいいのに……」


 自分がされたことがないお姫様抱っこを、アルスがウルにしたのが面白くない。


「今度は私が蹴りだそうかしら……」

「カイナはウルに対して俺より酷いぞ……」

「だって……。言っとくけど、アルスだって関係あるのよ?」

「なんで!?」


 衝撃を受けたアルスが、今までの自分の行動をブツブツ言いながら振り返り始めた。その様が必死で「クス」と少しだけ笑えたカイナだったが、今日の事を考えて顔から笑みが消え去った。


 作り笑顔で取り繕うフォロクラースなんて前座だ。

 その後の女王陛下のもとへ行くことが今日の本題。上手くやらないと自分の首が飛ぶ、そんな未来は御免だ。

 一瞬よぎった嫌な予感を頭から振り払いカイナは背筋を伸ばして気合を入れた。

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