第11話 ウルとの出会い(三)
一瞬何を言いだしたのか全く分からなかった。
ここ最近になり、壁際地域に病を流行らせたと至る所で名前が出るようになった『悪王の再来』。
正体不明のその犯罪者の名前を突き付けられたことを理解したアルスは、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
家族は無事だ。だが、村から逃げ出す元凶となり、友人も未だ眠りにつくその病を流行らせたと噂される奴の名をつけられるなど、どんな汚名を着せられるよりも耐えられない。
「はぁ!? それ、
「そこよ」
「どれだよ!」
「アルス、それもついでに治してちょうだい。奴から悪王の再来の名を剥奪するのよ」
「……お前……」
次第に感覚が戻ったその手を、出してしまいそうになる衝動にかられる。それを手をぎゅっと握って耐えたアルス。何故、悪王の再来の名前を剥奪することが、病を治すことにつながるのか、それが全く分からない。
「私だって、カイナちゃんの足を引っ張りそうなか弱い男に頼るのは嫌よ! でも仕方ないじゃない! 魔晶を石炭に変えられて魔法を使えるのはあんたしかいないんだから!!」
「だから、俺は石炭なんか知らない!! 魔法も使えない!」
「そう、なら……!」
バン! と魔晶をしまったケースを乱暴に占めたウルは、するり、とカイナの背後に回って後ろから抱き着いた。先ほど可愛がって抱き着いたときといい、ウルはスキンシップがいささか過剰だ。
だが、今回は、そんな可愛いモノじゃなかった。
後ろから抱き着くのを装って、ウルがカイナのこめかみに突き付けているのは短剣だ。少し食い込んでいるようで、カイナの顔の横を細い赤い筋が落ちていった。
「カ、カイナ……」
焦るアルス、だが、肝心のカイナは対照的に落ち着いている。
「……すいませんけどウルさん、私、そういう脅しには結構強い――」
言いかけたカイナが視線だけ足元に移した。アルスもそれを追うと、ピシピシ、という氷が張り付く音が響いた。カイナの足元、靴はすでに床に氷でくっついており身動きが取れない。上半身はウルが締め付けておりカイナはその腕の中で青ざめた。
「現実世界に起こるものはカイナちゃんもそう怖がらないのは知ってるわ。でも、魔法はどうしようもないわよね?」
靴から衣服へ。次第に氷の面積は増え、カイナの髪も凍りつき始めた。
「っ、ア、アルス……」
「カイナちゃんは、それはそれは強いのよ。女王陛下の命をこなす『お気に入り』だもの。そんなカイナちゃんと一緒にいるのにアルスがそんな何もできないような男じゃ不甲斐ないでしょ。足手まといよ」
ウルはカイナの視界に入るように覗き込み、ニコリとほほ笑んだ。行動と解離した表情に、アルスは恐怖しか感じない。そしてそれは、笑みを向けられたカイナもそうだろう。
「あの……、ウル、さん?」
「私はカイナちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないのよ。でもね、悪王と言われ続け二千年を生きてきた私にとって最優先すべきはこの世界なの。その為なら、可愛い子の一人や二人、消えても仕方ないと思うのよ」
ウルは突き付けていた短剣を放り投げ、カイナの手を取った。そしてその瞬間にアルスのとき同様手が凍り付き始め、カイナは叫んだ。
「いやぁ!!」
「分かったから、カイナを放せ!!!」
「あらそう? 物分かり良くて助かったわぁ!」
ウルがケロッとカイナから手を放すと、あっという間に氷は解けた。
ソファからずり落ちそうだったカイナに駆け寄ったアルスが抱き留め、こめかみの血をぬぐってやると、傷一つついていなかった。代わりに床に落ちていた短剣の先には赤いもの。ぬぐった血らしきものの匂いを嗅ぐと、インク臭さが鼻を突いた。
「……お前、騙したな」
「騙すですって? 私はいつでも本気だけど? ま、よろしくね、アルス」
「この……っ!」
思わずカイナを抱きしめた腕に力が入った。
「あの……」
そう申し訳なさそうな声がして、慌てて腕の中を見れば、心配そうに見上げてくるカイナがいた。氷が解けて、ふわふわブラウン頭も手も何も異変がない。
アルスがホッと胸をなでおろすと、カイナは下を向いてしまった。
「ごめんなさい、アルス」
「カイナが謝ることなんて何もないだろう?」
むしろ、アルスのせいでカイナが利用されたのだ。だが、カイナはさらに申し訳なさそうに見上げて来た。上目遣いですこし期待に満ちた目を見せてきたカイナに、不覚にもドキ、とアルスの心臓が高鳴った。
「でも、ちょっと魔法はみてみたい、かも……」
「……分かった、努力はしてみる」
自分が襲われかけたのにその魔法は見たいというカイナ。好奇心旺盛さの片鱗を見せたカイナに、二カ月経った今でも振り回されているアルスは、その傍らウルに魔法の教えを乞うている。
―――――
「結局、お前の手のひらの上で、上手いこと俺とカイナが転がされただけだろう」
過去を思い出せばため息しか出てこない。もっと明るい思い出はないのかともう一度考えるも、強いて言えば、しおらしいカイナが見れたことくらいだ。しかも、最近じゃ、そんなカイナには滅多にお目にかかれない。
「いやー、カイナちゃんを傷つけなくてよかったわ! でも、二カ月経っても懐いてくれないのよねぇ。何故かしら?」
「……あんなことしておいて、カイナが懐くわけないだろ。なに、『不思議ねぇ』みたいな言い方してんだよ」
「そう……、どうにか挽回しなきゃ!」
「無理だ、諦めろ」
「……ふん。さっさと『テネリの魔導書』出しなさいよ。魔法が怖いアルスくん」
初対面で魔法を使われたとき、アルスが酷く驚いたことを未だに引っ張るウル。魔法を使いこなせるようになれと事あるごとに出てくるのはいいが、毎度『想像力が乏しい』の一言で終了してしまう。
今朝とてアルスから『テネリの魔導書』を受け取ったウルは、それを光に透かして首を傾げた。その背中には『不満』と書いてあった。
ウルの手の中に今あるのは、シルバーのリングに同じくシルバーのプレートが複数付いている、一見すると鍵のような代物。アルスの片手に収まってしまうくらいの小さいもの、これがテネリの魔導書だ。
魔法を学ぶことを了承したアルスにウルが渡したもので、本来光に透かすとそれぞれ色が異なるそうなのだが、今のところ色が変わるのは薄水色のプレート一枚。それがアルスが唯一使える魔法だ。
「ロス・グラシアレスの魔導書を開いた回数は増えてるけど、他の魔導書が開けてないじゃない」
「お前がそのうち開けるようになる、って言ったんだろうが」
「そうよ、一つを使いこなせるようになれば芋づる式に使えるようになるはずなのに……。最初に覚える様子見の魔法でこんなにてこずるなんて想定外よ。ほんと、想像力が乏しいわ! テネリもさぞかし残念でしょうねぇ……」
「むしろ残念がられた方がいい。そんな、最初の悪王だなんて諸悪の権化だろう?」
「……むう。これだから最近の若者は!! アルスはテネリの何を知っているというのよ?」
「人の体を魔法で治せなくして寿命を規定した張本人、最初の悪王、『絶命王 テネリ・タース』だろ。お前を含めて四人の悪王の最初じゃないか。それに、ウルだって、生まれる前の事は知らないだろうが」
「ああ、テネリ……。私たちの後釜はとんだ薄情者だったわ」
そう、悲劇のヒロイン張りに泣き崩れたウルだったが、外からカイナの声が聞こえると、あっという間に窓から身を乗り出した。
「カイナちゃーん! おはよう! って、なんか虫がついてるわねぇ……」
「ウルさん!? なんでここに……」
「相変わらずキミは礼儀も何もあったもんじゃないな。カイナ、付き合う友達は選ぶんだ」
顔をひきつらせたカイナと、青筋を浮かべたユースがアルスの脳裏に浮かんだ。時計を見ればもう三十分時間が経っている。
「結局ウルに邪魔されただけじゃないか」
朝から、ただただ疲れただけのアルスは身支度を整えてカイナに張り付いているであろうウルを引きはがしに外へ向かった。
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