第10話 ウルとの出会い(二)

「おまえ……」

「口の利き方がなってないわね。目上の者は敬いなさい」

「お前、俺と同じくらいだろうが」

「人の話聞いていたの? 私は悪王ウル・ティムスだって言ってるでしょう」

「純度の高い魔晶を見せれば信じるとでも思ったのか? あれが盗品じゃない証拠は?」

「へぇ……、あんたは私が泥棒だと言いたいのね」


 自称独裁王の黄金の目が一瞬細められた。思わず背筋がゾッとしたアルスだが、離れようにも手を握られておりそれは叶わない。むしろ、逃げられないことで若干心拍数があがってしまい、目の前の少女を恐れていることを自覚してしまった。


「自分の言葉を悔やむといいわ! 『創世と破壊を繰り返す、連綿たる氷河よ。その青き氷石の轟音と共に姿をあらわせ』」

「……は? お前何を……」

「大丈夫、お遊び程度にしてあげるから」


 両手でがっつりアルスの手を掴んだウルは、逃がさないとばかりさらに力を入れ、ニコリと目をさらに細めた。


「『ロス・グラシアレス』」


 間近でウルがそう口にすると、アルスの手を一瞬の冷感が襲った。だがそれは次の瞬間灼熱感に変化するとともに手の自由を奪い去った。


「あ、な……なんで!?」


 アルスの目には、ウルに掴まれている手から白い煙をあげて氷が張りついて行く様がスローモーションで映し出された。突然のことに頭の中がショートしたアルスは、息をするのも忘れていた。自分の手は動かせないのか動かす気がないのか分からない。その感覚すらもマヒしていた。

 パキン、と氷が砕けて青白い己の手が現れた。手は露になったが、自由とは程遠い。だが、回転し始めた頭のおかげて少しひんやりした空気が肺に流れ込み、部屋が床から天井まで一面が凍りついている、あり得ない光景が目に入って来た。


「な……、なんだよこれ!!」

「床……凍っちゃったの……?」


 カイナは床から足をあげて膝を抱えており、今はただひたすらに、先ほどまで自分の足がついていた床を見て固まっていた。家具類が凍っていないのが幸いだ。


 アルスとカイナ、そしてこの光景を特に慌てず見ているウィータとウル自身、いずれの口から出る息も白く、夏の気候設定で起きる現象ではない。


「い、いくら純度が高くても、このサイズの魔晶で氷を出せるのなんて聞いたことない……です」


 床を見てカイナがそう口にすれば、ウルは非常に嬉しそうに話し出した。


「そうでしょう!? これは魔法だもの! どう? これで私が独裁王こと悪王ウル・ティムスだって信じた? どうなのよ、アルス!」

「え、いや……」

「何よ、魔法は独裁王しか持ちえないものよ? それが世界の常識でしょう?」

「いや、だって、独裁王って二千年前の人間だろ……。現に墓は、不干渉地域にあるはずじゃ……」

「ああ、あの中が何もない墓ね。あれね、アイテールが作ってくれたのよ」

「は? ウル・ティムスを討ったのがアイテール王家だろう!?」


 だからこそ、アイテールは王家としてこの世界に君臨できた。

それだって世界の常識だ。


「いんや? 生憎、今のところ老けない体質なのよ。生きたままじゃ不便だろうからって、歴史上は死ぬことにしたの。私は別に生きたまま伝説級の存在になっても良かったんだけどねぇ」

「お、おい」

「ま、確かに容姿は当時の人間にはバレていたから、死んだことにしてくれて助かった部分もあったわ。人の意見もたまには聞いて正解だったわね。それにあの不干渉地域には、この世界を支える基盤の魔晶を埋没させてあるの。私の墓があって誰も近づかない方が平和よね!」


 至極明るく言い放ったウルは、当時を思い出したのか、うんうん、と勝手に一人で頷いて納得していた。

 呆気に取られ、アルスはウルの後ろのカイナを見た。カイナはアルスの視線に気づくと小刻みに首を横に振った。


「……それを、俺が信じるとでも?」

「自分の目で見たものを信じないで、アルスは一体何を信じるの?」


 真顔で首を傾げたウル。

 今までの何か感情を含んだ視線ではなく、ただ純粋に不思議そうにしているウルに対してアルスは言葉に詰まった。

 魔晶を使って氷の空間を一瞬で作るなんて聞いたことはない。

 保存用の冷凍倉庫はあるが、あれは機械を魔晶で動かしているし、冬に雪を降らせるのは大魔晶レベルの魔晶がなくてはならない。机の上に並べられている魔晶は確かに規格外の純度だが、そのサイズでは不可能だ。

 なら、目の前のウルがしでかしたこと、それは合点がいくが、ただそれでも魔法だとは認めたくない。だって、二千年も生きていられる人間がこの世にいるとは思えない。


 寿命は? 病は? 怪我は? 


 そんなもの全てをすり抜けて二千年も生きていられる規格外の幸運の持ち主がいるとは思えない。


「まさか、魔法で怪我も治せるのか?」

「いいえ、それは流石に無理よ。魔法で人を癒せなくなったのは、それこそ五千年くらい前の話でしょう。そうでしたよね、ウィータさん」

「うーん、そうね。『最初の悪王』のときだからその位なのかしら?」

「私の事は特異体質だと思ってくれればいいわ。それでアルス、ちょっと頼みがあるのよ。はい、これ一個持って」


 ポケットから取り出した赤魔晶をアルスの手に握らせたウルは、念入りにアルスの手をきつく締め付けて数秒してから手を開かせた。かじかんで動きの鈍いアルスの手はウルの思いの通り動いた。その手の中から出て来たのは純度の高い赤魔晶。何も変わったことなどなかった。


「まだ駄目ね」

「お前、俺に何をさせたいんだ」

「簡単よ、アルスには魔法を使えるようになってほしいのよ。それと、魔晶を石炭に変えてほしいなって思うの!」

「……はぁ?」


 ウルは机に向かい、いそいそと広げていた魔晶を片付け始めた。まるで世間話をするかのように、片手間に説明するウルの口から出て来たのはとんでもない現実だ。


「もうすぐ人が地上に出るんだけど、ずっと魔晶に頼り切りってわけにはいかないの。それで今次世代エネルギーの研究が盛んに行われているでしょう? でも、石炭は埋没量がこの空間には少ないから全人類を賄うのには心もとないし……。量産してもらおうと思って!」

「ちょっと待ってください! 人がもうすぐ地上に出るってどういうことですか!? 地上の魔法汚染は!?」

「あらカイナちゃん、そんなものはとっくに解消されてるわよ。魔晶が貴重になったのは、十年前からその産出が止まったから。それは外部の魔法汚染が解消されたからに他ならないの。そして、汚染の解消から十五年後にこの世界を覆っている地殻は消え去る、と、二千年前の私は設定したのよ」

「つまりはあと五年で人は地上に戻る、ってことですか?」

「そうよ! カイナちゃんよくできました! ということで、アルス・ラザフォード。私以外に魔法を使える君に大役を与えよう。『悪王の再来』は君に決定ね!」

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