第9話 ウルとの出会い(一)

 カイナに出会ったその日、アルスはルイスツール邸には入れなかった。もとい、貴族街に入ることができなかった。


「アルス君の許可証がまだできていないんです。二、三日私の知人の家に滞在してください」


 そうロンガにウィータの家に案内されたアルスは、家主と少女に出迎えられた。


「まあ、まあまあ!! ロンガから話は聞いていたけど、会えてうれしいわ! 大変だったでしょう? ご家族はご無事なの?」


 そう言って汚れたアルスの髪やら服やらを払って、「怪我してるじゃない!」と頬に手を添えてアルスを心配したのは、家主のウィータだ。


「だ、だだ大丈夫です!!」

「そうは見えないわよ。ロンガ、ちゃんと手当てしてあげて!」


 アルスの頬を撫でながらロンガに話しかけたウィータだが、それに返答したのは金髪の少女、ウルだった。


「ウィータさん過保護ですよ。男なんだからそれくらい唾つけときゃ治りますって」


 柱にもたれかかって腕を組み、アルスを冷ややかな目で見つめる少女。体格は小柄だが、態度がふてぶてしいからか、上から見下されている感覚がアルスを襲った。


「……駄目ですよ、ウル。その発想は危険です。小さな傷だって命取りになるんです。ほら、アルスくん、こっちに来てください。カイナ様もご一緒に――」

「ちょっと待った!! 貴女、カイナ・ルイスツール男爵令嬢よね? 女王陛下のお気に入りの!」


 アルスの脇を通り過ぎ、後ろのカイナの前に進み出たウルは、カイナの手をしっかり握りしめた。若干引き気味のカイナだったが、この時はまだ礼儀というものは忘れてはいないようで、不躾なウルに対しても、しっかり応じる姿勢を見せていた。


「え、ええ、そうです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ルイスツール男爵家の――」

「知ってる知ってる! カイナちゃんでいいわよね!? 会いたかったのよー! こっち来てこっち!」

「え、ええ? ちょ、ア、アルス!?」


 どこにそんな力があるんだ、と思わずにはいられないウルの素早い動作で、カイナはウルに担がれ家の奥に連れ込まれてしまった。


「……あら大変。うちで犯罪が起きかねないわ」


 そう言ってウィータが二人の後を追い奥に入ると、盛大な溜息をついたロンガによってアルスは手際よく怪我の処置をされた。


「アルスくん。最初にアルスくんを出迎えたのが、ウィータ・ライフ。後ろにいた彼女はウル・ティムスという子です」

「……は? いや、ロンガさん。ウル・ティムスは冗談がきついですって!」


 かの悪王の名前を付ける親などこの世界には存在しない。だが、ロンガは再びため息をついた。


「……私も、これが冗談だったらどんなに良かったかと、今でも思い続けていますよ。とにかく、貴族街への滞在許可と、フォロクラース学園の編入手続きにあと数日かかりますので、その間、ここにいてください。私は貴族街の中の王立病院にいますので、急ぎのときは病院直通の電話をください」


 ロンガは立ち上がり部屋から出ようとして、「ああ」とアルスを振り返った。


「一つ忠告なんですが、不用意にウィータに触れないようにしてください」

「え」

「では、私はこれで。用意ができたら迎えに来ます」


 そう、微笑み帰って行ったロンガを見送り、アルスはピンときた。


「つまりは、ロンガさんと、あのウィータさんって人は恋人か! ……じゃあ、ウル・ティムスなんてふざけたアイツは何なんだ?」

「ア、アルス!!」


 家の奥からカイナの声音で己の名前が飛んできた。

 ワイワイ賑やかな声が漏れ出る部屋をのぞけば、机の上にズラリと並べられた魔晶が眩いばかりに輝いている。だが、カイナはソファに行儀よく座り、ただただ硬直していた。その隣でいそいそと魔晶を並べているのが金髪の少女ウル・ティムスだ。


「すげぇ……! 青魔晶と緑魔晶、それに赤魔晶まで!? 魔晶がこんなに!?」

「あら、アルス。ロンガは?」

「ウィータさん。ロンガさんなら今さっき帰りました」

「そうなの? 相変わらず忙しくしてるわねぇ。まあいいわ、アルスも見て行きなさい。滅多にお目にかかれないわよ、こんな純度の高い魔晶なんて」


 魔晶は機械の中に入れて直接動力源にするか、発動力所でその力を抽出して世界の家に配線を通して供給する、その源にするかのどちらかが基本だ。

 例外は、自然現象を操る施設で管理されている大魔晶。直接疑似太陽光や風を発生させている。王都下水路の水の供給源も大魔晶だ。


 魔晶の力の強さは大きさと純度に比例して強くなり、さらに色でも違いがある。赤緑青の三色があり、赤が最も力が強く、青が弱い。

 一般に流通する魔晶は小さく純度も低く濁っている、しかも赤魔晶はレアだ。

 発動力所の魔晶は小さいが純度が高い。そして、大魔晶は大きく純度も高い一級品だ。なんせ魔晶の開発者である悪王ウル・ティムスが、この世界に外界と似た環境を作るために用意したものなのだから。


 少女ウル・ティムスは、向うが透けて見えるほどの純度が高い魔晶を大きさと色で机に並べていた。大きいモノはこぶしほどの大きさがある。このサイズは一般にも流通する大きさではあるが、普通は塗ったように濁っており、ガラスのように向こうが見えるものなど存在しない。

 だが、並べられた魔晶の純度は一級品の魔晶と同じもので、一般人が目にすることなどないレベルのものだ。


「さ、カイナちゃん、好きな魔晶をどれでもあげるわよ。このウル・ティムス特製の魔晶はそこいらから発掘される魔晶とは違うんだから。レアなのよ!」

「ええと……。魔晶は貴重なものですよね? 見ず知らずの方からいただけません……。しかも、こんなあり得ないほど純度が高いものなんて。それに、ウル・ティムスって……」

「あら、名乗ってなかったかしら? 悪王ウル・ティムス、通称『独裁王』とは私の事よ!」

「……え、と?」


 精一杯の笑顔を張り付けている様に見えるカイナは、ぎこちなく首を少女ウル・ティムスの方に向けた。それが彼女には小首を傾げたように見えたのだろう。目を輝かせた自称『独裁王』の少女は「可愛いわ!!!」と、カイナに抱き着いた。


「ア、アルス助けて……」


 か細い声と共に首を後ろに向けたカイナの顔は困惑もさることながら半泣きだった。街でアルスを襲ったゴロツキとは違うタイプの少女に、流石に手は出せないようだ。


「涙ぐむカイナちゃんは可愛いけど、そいつに助けを求めるのは気に入らないわ」


 カイナに抱き着きながらアルスの頭のてっぺんからつま先までを目でなぞり、「ふん」と吐き出した自称独裁王。露骨な態度の違いに若干苛立ったアルスだが、同い年くらいの少女に声を荒げるのも男として情けない。隣では愉快そうに事の行方を見守るウィータがおり、その視線を感じつつ、アルスは冷静さを心掛けた。


「お前、ウルだよな。カイナから離れろ。困惑してんだろうが」


 ハタ、と一度カイナを見たウルは「あ、ごめんなさいね!」と、大人しくカイナから離れた。

 意外にも従順なウルの行動にアルスは驚いた。そして友好的に握手を求めたウルに応えたアルス。意外と物分かりは良さそうで安心した。だが、がそれは続かなかった。


「初めまして、ウル・ティムスよ。言っとくけど、カイナちゃんが困っているから離れただけで、あんたに従ったわけじゃないのよ、アルス・ラザフォード」


 そう、ギュッとあらん限りの力で手を握りしめてきたウルは、玄関で会ったときのようにアルスを見下してきた。

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