第8話 星空の絨毯(二)
『
すでに自生しているものはなく、王宮にある王家の花壇にのみ残る超貴重な花なのだ。
しかしそれは、人が憧れる『星空』という名がつくにもかかわらず、忌み嫌われ人間の手で絶滅寸前に追い込まれた植物。
今となっては王家の花壇にしかないその花を切り分け譲ってもらうには、王家の人間の許可が必要だ。
その為には、自領の領主を経由し、王家に嘆願をだしてもらう必要がある。だが、ウィアはヴォルフ領出身だ。
アイテールとヴォルフはとにかく仲が悪い。
アイテール王家とヴォルフ男爵家は、『
だが、何百年もするうちに初代アイテール国王の遺志は薄れ、アイテール王家はヴォルフ公爵家から地図を奪おうとした。それに抵抗したヴォルフ公爵家は、領地を壁際へと追いやられ、爵位をおとされ『ヴォルフ男爵家』となった。
それ以来、両家の確執は続いている。
二千年前、地下世界に来た当初は近しい関係だった両家は、いつの間にか最も縁遠い関係になってしまった。
そんなヴォルフ男爵家の言葉をアイテール王家がきくわけがない。
「でもさ、もし、百歩譲って、領民の言うことでヴォルフ男爵家は関係ないからって、女王陛下がお許しになる、ってことは?」
「無理でしょうね。ただの領民ならいざ知らず、ウィアは、なんていうか……、ヴォルフ家の関係者だもの」
「彼女はご令嬢のお付きだったね。まあ、だからこそのランセット公爵じゃないのかい?」
「どういうことだ?」
「お祖母様を王立病院に入れるよう口利きをしてウィア・フォリウムを信用させる。さらに動かすにはこう言えば良い。『ヴォルフに代わって、女王陛下に『
「ちょっと待ちなさいよ、それは変よ!」
カイナはユースを指さした。
自分の推測を変だと指摘されたユースは若干こめかみを引くつかせるとともに、笑顔をアルスに向けて来た。
「アルス、君のとこのお嬢様、もう少しお淑やかな振る舞いはできないのかい? 指をさすのはご令嬢じゃなくても失礼だと思うけど?」
「もう無理だと思う」
「……あらアルス、後で覚えておきなさい、よ?」
正直に答えすぎてカイナの青筋の入った笑顔を向けられたアルスは、歪な笑顔に挟まれて、「ははは」と、乾いた笑いが口から零れ落ちた。
「えーっと、それで、何が変なんだ、カイナ」
「……『
カイナは再び懲りずにユースを指さした。
「本当だ、アルスの言う通り淑女のカイナを期待するのは無理そうだ」
「私の事なんてどうでもいいのよ! そんな
「なら、彼女がお祖母様にした約束は、嘘ってことになるね」
「……ちょっと、ウィアを馬鹿にしないで」
「まあ、……やむを得ずつく嘘もあるさ」
「そんなはずないわ!」
ユースの言葉を否定するカイナは
だが、当の二人は笑顔を張り付けたままお互い視線を外そうとはしない。
「ユース、アーラ殿下でなくて私と手合わせしましょうよ」
「随分とウィア・フォリウムを庇うね、カイナ」
「腐れ縁なのよ」
「ふうん……。まあ、それはいいとして、カイナ、君はもう少し淑女らしさを身に付けた方がいい。誰かを庇うにしろ、もうすこし穏やかな方が波風立ちにくいさ。アルスだってそう思うだろう? それに、そんなんじゃ、アルスに愛想つかされるよ」
「なっ! そんなことないわよ、ね、アルス……?」
「別に、俺はどっちでもいいけど」
「でも、ウィータ・ライフ殿の方が守りがいはあるだろう?」
「それはもちろん! って、カイナ!?」
カイナの剣先がアルスに移動した。
カイナと武芸で競って勝てるわけがない。アルスは両手を軽く上げて降参のポーズをとった。
「俺は自主練してくるから、二人ともごゆっくり……」
ため息が聞こえるユースの方は見ず、アルスは鍛錬場を後にした。
時折響く金属音から、二人が本当に手合わせしているのが聞いてとれる。
流石はリガトゥール公爵家のご子息。第一王子であるアーラ殿下の稽古の相手にも指名されるユースは、女王陛下のお気に入りであるカイナの相手もこなしてしまう。二人がやり合えば蚊帳の外となってしまうアルスは、早々に場を退き、部屋へと戻った。
「七時半に家を出るから……、朝食含めてあと一時間か」
先に制服に着替えよう、そう、軽装に手をかけた時背後から視線を感じ、アルスは頭がもげる勢いで窓を見た。
「もうちょっと効率よく特訓して欲しいんだけど?」
「んなっ!? 何でここにいるんだ! お前が!」
「窓が開いてたから」
「だからって覗くなド変態!」
「別にあんたの鍛えてもない体を見たって嬉しくもなんともないわよ。これウィータさんとこに忘れていったから届けに来てあげたのよ」
窓に腰かけていたのはウルだ。その手には昨日カイナに無理に着せようとしていたアルスのワイシャツをひらひらさせている。
昨日ウルからもぎ取ったはいいが、そのまま置いて来てしまったらしい。
「……お前が勝手に俺の部屋から盗んでったんだろうが」
「人聞きが悪いわね。借りていっただけよ。それよりアルス、昨日の魔法、点数つけるとしたら三点ね。魔法の名前をよく間違えずに言えました、ってことで点数あげるわ」
実質零点だ。
アルスはウルからワイシャツをもぎ取り今度こそクローゼットにしまい込んだ。そして、自分の服がちゃんとあるかを数え始めた。
「……随分厳しくないか。一応氷漬けには出来ただろうが」
「何を言ってんのよ。『ロス・グラシアレス』は見渡す限りの世界に氷の景色を再現する威力の魔法でしょう? あんな人一人をゆっくり凍らせるなんて、問題外よ。ちゃんと『テネリの魔導書』見たの?」
「見た。だから使えてるんだろう?」
「なら、アルスには想像力が欠如してるわね。見渡す限りの雪原、氷河の山、そんな空間に放り出されたところを考えてみなさいよ」
「あのなぁ……、この世界の雪原は冬にうっすら積もる程度だ。お前が言う、氷のでかい塊? そんな氷河とかいうやつは存在しない」
「むう……。だから想像力が乏しいって言ってんのよ」
この世界で魔法を使えるのは、悪王ウル・ティムスのみのはずだ。
そして何故だか魔法が使えるアルスが、不本意ながら師と呼べるのも、悪王ウル・ティムス。アルスの背後で窓に腰かけ酷評してくる金色の髪の少女のみ。
なんせ、ウルの魔法は威力が桁違いだ。昨日の魔法は人を簡単に氷漬けにし、道を横断する氷を発生させていたが、あれは可愛い方。超手加減したというウルの言葉は間違いじゃない。
手加減をしたウルの足元にも及ばない自分の魔法。男どもは驚いて逃げ出そうとしていたが、本来ならそんな隙を与えず、魔法を使ったことすら気づかれずに始末するべきだった。
「そうね……、なんなら一度私がこの世界を氷漬けにしてあげるから、それで経験積むのも一つの手よね」
「やめろ。全人類を巻き込むな」
「この空間だけで全人類とは……、悲しい限りよね」
そう、背後でワザとらしく鼻をすすったウル。服が全部あることを確認してアルスは振り返った。
「お前、俺に魔法使わせたがるけど、それは何故だ?」
「うーん、アルスがそう望んだからでしょ?」
「俺はそうは言ってない」
「なーに言ってんのよ。初めて会ったときのアルスはそりゃ、見るも無残だったじゃない」
そうウルに言われてアルスは二か月前を振り返った。
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