第7話 星空の絨毯(一)

『ウィアさんを止めてください。

 彼女のお祖母様が入院していることはカイナ様からきいていますね?

 お祖母様が入院されてから毎日のように来ていたウィアさんが、この一ヵ月の間で急に面会に来る頻度が減りました。

 お祖母様の容態は、すでに痛みを誤魔化すことしかできない状態です。ですが、その痛み止めもこれ以上は量が増やせません。お祖母様は、ウィアさんが来ない日は寂しさからか、痛みも増すようです。

 それに、先は長くありません。今会っておかないと、この先はないのです。

 四日ぶりに面会に来たウィアさんは、もう少しで『星空の絨毯ステラ』が手に入る、そうお祖母様に話しかけていました。口をへのじに曲げて。

 まだお祖母様が話せた頃、ウィアさんが口をへの字に曲げるのは、イケない事をしている時だ、そう教えてくださいました。その時は、お祖母様に見せたいからと、猫を持ち込もうと画策してましたよ、未遂でしたが。

 今回、『星空の絨毯ステラ』をお祖母様に見せようとしているなら、それは無理だと止めてください。あれは、普通に考えれば、ヴォルフ領のウィアさんが手に入れられるものではありません。

 役に立てばと、ウィアさんが隠して持ち込んだものを同封します。こんなものに首突っ込んでる暇があったら、会いに来てほしいものです。

 私が下手に手を出すと上が煩いですから、ウィアさんの事を庇えません。

 ですから、カイナ様に渡して、どうか、上手いこと取り計らってもらうよう伝えてください。

 患者さんの事を教えるのは、これが最善だからだと思ったからですよ。


 頼りにしています、アルスくん。』




「……ロンガさんに頼りにされた!」


 アルスにとってロンガは、一家の恩人であり、『蒔夢病ソムニウム』を治そうとしている頼れる医師だ。


 二ヵ月前、頑なに村に留まる事を望んだ両親。子供二人だけを連れ出して欲しい、自分達は村に残る、と言い出した。そんな両親を3日がかりで説得してみせたのはロンガだ。


「『村から出ることは逃げることではありません。そもそも、病を治したいと一番強く願っているのは誰だと思いますか? 家族でも友人でもありません。病にかかる本人たちです。彼らの事を思うなら、今眠りについていない者は、生き延びて、病を治すことに全力を尽くす、それが責務です!』」


 この二ヵ月の間で、壁際地域は全て沈黙し、交通網は寸断された。あのままだったら二度と親に会えなかったかもしれない。親戚や友人で、村で眠ったままの者も多い。それを思えば罪悪感にはかられる。だが、それも『生きていてこそ』。この場合は『起きていてこそ』だろうか。


 そして、病を治す、と方法を模索するロンガは、アルスにとって今まで出会ったことのない大人だった。


 中央区で医師として王立病院に勤務し、時間があれば文献を読み漁り、遠方まで出向く。この前など、閉鎖された病の村まで入りたいから病院勤務を辞めようか、とまで言い出した。ウィータやカイナが必死で止めたらしく、ロンガは思いとどまったようだが、病院に勤務する以上、得体の知れない病に近づくことは憚られるらしい。それが、ロンガには歯がゆいようだ。


 父親よりも若く、体の線や纏う雰囲気が中性的なロンガ。

 だが、アルスから見たロンガの背中は、父よりもはるかに大きいものだった。


 自分が尊敬するロンガから『頼りにしている』と言われて、少々むずがゆくなったアルスは、一度外の空気を思いっきり吸った。早朝の少しひんやりした空気が舞い上がりそうな気持を少し落ち着かせてくれた。


「にしても、『星空の絨毯ステラ』か。確かに、ウィアには無理だよなぁ……」

「おはよう、アルス! 起きてるなら降りてきなさいよー」

「カイナ! おはよう! ちょっと待ってろ!」


 慌てて外にある鍛錬場まで行くと、カイナの隣には、朝っぱらにもかかわらず、爽やかな笑顔をした少年がいた。軽装に身を包んでいるカイナとは違って、既にフォロクラースの制服に身を包んだ少年は、アルスに向かって手を軽く上げた。


「おはよう、アルス」

「ユース……、おはよう。なんでこんな朝早くからここにいるんだよ」

「昨日の夜カイナから連絡をもらったんだよ。今日謁見だろう? 情報を擦り合わせておこうかと思ってね。学園じゃ込み入った話はなかなか難しい」

「そうだけど、こんな早く屋敷を出てきて怪しまれないのか?」

「ああ、第一王子殿下の早朝稽古に付き合うと言ってきたから問題ない」

「アーラ殿下、お体良くなったの?」

「まあ、日によるかな。早く以前のように戻って欲しいよ」

「ユリダス殿下は一緒じゃないのか?」

「さあ……、行方をくらました第二王子殿下は知らないよ」


 少年はそう肩をすくめた。

 早朝の疑似太陽の光が、彼の結ばれている長い金色の髪に反射している。女子顔負けの綺麗な髪を持つ少年はユース・リガトゥール。

 彼はリガトゥール公爵家の息子で、カイナのクラスメイト。そして、カイナの女王陛下からの命の遂行を補佐する人物だ。


 リガトゥール公爵家は、ランセット公爵家、ルーフス公爵家と共に三大公爵家と称される。ルイスツール男爵家よりも格は遥かに上。それにもかかわらず、ユースがカイナの補佐をするのは、ルーフス宰相のお達しがあるからだ。


 三大公爵家。それは、

 現宰相のルーフス公爵家。

 出自が問題視されたことがある女王陛下の『生家』であるリガトゥール公爵家。

 そして、ルーフス公爵家以前に宰相職にあり、現在は落ち目のランセット公爵家。


 ルーフス宰相の一人娘とユースは婚約関係にある。その婚約は、ルーフス公爵家にユースが婿入りする形での婚約。落ち目であるランセット公爵家は言うに及ばず、この三つの公爵家で一番力があるのはルーフス公爵家だ。そのルーフス宰相からカイナの仕事を手伝うようにと、ユースは言いつけられている。


「それで、僕のほうだけど、ランセット公爵はウィア・フォリウムだけじゃなくて、複数の人間を使って王都下水路クラウンで栽培をしているみたいだね。いずれの人間も、水路の管理施設に姿をくらまして一定時間した後に出てくる。たまに長時間籠ることがあったかと思えば、その翌日には、コレが高値で動くんだよ」


 そうユースが取り出したのは、袋に入った白い錠剤だ。


「それ、まさか……。麻果実ソムニポームを錠剤にしたもの? なんでそんなもの持ってるのよ」

麻果実ソムニポームの取引現場を押さえたから、その見返りに一つ参考に持ってきた」

「それ、同じの俺も持ってるぞ」


 アルスはロンガの手紙から袋を取り出した。ユースが所持していたものと同じく白い錠剤が入った袋。カイナは思わず二歩ほど後ろにさがった。


「いやいやいやいや! そんな当たり前に持ってこないでよ!! ユースはともかく、なんでアルスが持ってるのよ!?」

「今朝ロンガさんから手紙が届いた。それに同封されてたんだ」

「……そんなものを手紙に入れて送って来るだなんて、タイム先生も何を考えているのかしら! バレたら色々面倒くさいじゃない! それに、朝早くって、手紙届くの朝早すぎじゃない?」

「案外、そのロンガ・タイム殿が直接持ってきてるんじゃないかい?」

「えぇ!? もしかして、折角の会えるチャンス!? なあカイナ、起きていたらロンガさんに会えるか? 明日とか、門のところで待っててもいいか?」

「私に聞かれても知らないわよ。っていうか、変な噂立つから朝っぱらから家の外で待つのはやめてちょうだい……」

「アルスは、ロンガ・タイム殿がどれだけ好きなんだい?」

「ロンガさんは好きとかじゃなくて、尊敬できる人だ。カッコいいし」

「タイム先生はどちらかというと、綺麗系の人だけど……」

「これは容姿の問題じゃないってば、なんていうか、生き方の問題だ!」

「……はいはい、で? そんな『尊敬するロンガさん』からの手紙に一体何が書いてあったのかしら?」

「『星空の絨毯ステラ』の話だ。ウィアが、入院中のお祖母さんに『星空の絨毯ステラ』を見せるって言ってるみたいだ」

「『星空の絨毯ステラ』ですって……?」

「確か、ウィア・フォリウムはヴォルフ領の出身だったね? それが合っているなら……、彼女が『星空の絨毯ステラ』を手に入れるのは無理だ」

「ロンガさんの手紙にもそう書いてあった」

「そうよねぇ……。ウィア、ますます何考えているのかしら……」


 朝から三人そろって、大きなため息をついた。


星空の絨毯ステラ』。それは、この地下世界で最も有名な花で、希少なもの。


 そして、唯一、存在が憎まれる花の名だ。



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