第3話 いけないものが流行ってる
『違法栽培を摘発せよ』
それが、三か月前にカイナが女王陛下から受けた密命だ。
女王陛下に謁見にあがった際に、恰幅の良い最高権力者はカイナにこう言った。
「最近、『
『
ならどうすればよいのか?
そんなことは決まっている。首謀者を摘発して流通・栽培を封じるのだ。問題は、誰がやるのか、ということだろう。
「どうやらフォロクラースの生徒が一枚かんでいるらしいのよ、カイナ」
フォロクラースとは、王立フォロクラース学園のこと。十五歳から三年間学ぶ、貴族の学園だ。その生徒が関係している、と女王は言った。
女王の隣には、国のナンバーツーともいえる、宰相のルーフス公爵が控えているが、特段口を開く様子もなかった。だからカイナはこう言うしかない。カイナ自身が通うフォロクラースの生徒が犯罪の一翼を担っているなら、同じ学生の自分が最も自由に動けるのだ。
「そのお役目、私にお任せください」
「まあ、流石は私が見込んだだけの事はありますね。では宰相、報告書をカイナに」
そうしてルーフス宰相から書類を受け取ったカイナが聞いたのは、『ウィア・フォリウム』、という女子生徒の名前だった。
その名前を聞き、足元から崩れ落ちそうになるのを何とか耐えたカイナは、連日ウィアを監視した。それはもう自分の持てる身体能力を駆使して気配を消し、後をつけた。
そして、その最中にアルスに出会い、現在に至っている。
「まったく……、ウィアの馬鹿! こんな犯罪に首を突っ込むだなんて!!」
「なあカイナ、絶対に何か事情があるって……。それでもウィアを捕まえるのか?」
「当たり前でしょう。『ウィアを捕まえない』は、『私の首が飛ぶ』と同意義よ」
三か月前女王陛下から、ウィアが麻果実の栽培流通に関与しているという情報は得たが、それ以外の情報が不確かだった。後ろで手を引いている輩、栽培場所、栽培方法。
ルーフス宰相から渡されたほぼ白紙に近い調査の報告書を、自邸の床に叩きつけ、心のなかで決して公にはできない文句を垂れたカイナ。そんな状態から連日ウィアの行動を監視してやっとつかんだのが、
「
「捕まえると言っときながら、庇うんだな。まあ、安心したけど。でも、ウィアとランセット公爵のつながりは?」
「出掛けにタイム先生から聞いたわ。大分前から教えてってお願いしていたのに、タイム先生、口が固いったらありゃしない!」
ウィアは王立フォロクラース学園の生徒。だが、貴族として通ってはいない。
フォロクラースには貴族が目をかけた、もしくは子爵令嬢のお付きの学生が所属する一般クラスが設けられており、アルスとウィアはその一般クラスのクラスメイトだ。ウィアはヴォルフ男爵家のご令嬢のお付きとして学園に通っている。ランセット公爵家は三大名家の一つ。男爵家のしかも付き人の立場であるウィアと接点があるはずがない。
茶色いメッシュが入った金髪のウィアは、日に焼けた肌が健康的な素朴で明るい女子生徒。植物の世話が好きで、学園の花壇を庭師よりも丹精込めて世話をしている。そばかすがこれ以上増えないようにと被る麦わら帽子がトレードマークのアルスの友人。それが、学園でウィアを観察して得た彼女の今の情報。どこにもランセット公爵家の影はなかった。
だが、唯一気になったのが、今日みたいなウィアの一人でのお出掛けだ。
「ウィアね、定期的に王立病院に行ってるの。ウィアのお祖母様が王立病院に入院してるんですって。その口利きをしたのが、ランセット公爵だったらしいわよ。タイム先生も、ウィアのお祖母様の主治医になってから、ヴォルフ領の人間だって知って、驚いたみたい」
「別に、驚くことじゃないだろ?」
「驚くことよ! アイテール王家とヴォルフ男爵家の確執は知ってるでしょう!? 本当は、ヴォルフのご令嬢がフォロクラースに在籍していることだって異例よ! ……まあ、肩身が狭いのか、本人は不登校で、体面を保つためにお付きのウィアが通ってるけどね」
「なら学校は退学して、領に戻ればよかったんじゃないか?」
「アイテール王家が譲歩してヴォルフの令嬢をフォロクラースに入れた。それをヴォルフが反故にしてごらんなさい、何人の首が切られるか……。はぁ、ウィア……」
思わず苦労と心配が合わさって、弱々しい声を出してしまった。カイナ自身も驚く自分の声に、アルスが「平気か?」と、気遣うそぶりを見せ、慌ててカイナは全身で否定した。
「そんなに首振らなくても……。カイナは昔からウィアのこと知ってたんだろう?」
「ええ、ルイスツール領と、ウィアのヴォルフ領は隣りなの。……ご令嬢とは年が同じだし、昔から会う機会は多かったの。だから知ってるわ、お人好しで、いつでも一生懸命な子だもの。こんなことするだなんて絶対に理由があるわ」
「ならあともうちょっとだ。栽培の現場を押さえるんだろう?」
「ええ、それと、どうやって日の当たらない
先を歩くウィア。人の流れと逆行する姿は追いやすく、行きよりも見失いにくいものだった。そうカイナは思った。
その瞬間、ウィアが横道に入った。
慌てて後を追うが、二、三回角を曲がったところで姿を見失ってしまった。先回りをして大通りに全力で走った二人だったが、目ぼしい場所に手分けして張り込んでも、ウィアは出てこなかった。
「いたか?」
「ううん、出てこないの――って、アルス、あれ!」
カイナは大通りの向こうを指さした。
馬車が行きかう通り、その反対側で水色のシュシュの少女が小太りの男性と話していた。
「ウィア……、いつの間に出てきてたのよ!」
ウィアは突然姿を消して思わぬところから出てくる。それが、ウィアを昔から知るカイナが最近知った、彼女の新しい一面だった。
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