第2話 どこへ行っても見つけ出す
『女王陛下のお気に入り』。
それば、文字通り、この世界を統べる女王陛下のお気に入りのこと。
まあ、世界を統べる、といっても、この世界はいくつもの国があるわけではない。『アルビオン』という一国から成る、岩盤におおわれた『地下世界』。太陽があるといわれる外部の世界から二千年前に隔離された空間だ。
外は汚染により人が住むことはできなくなり、生き残った人間は、二千年前、時の先頭者によって地下世界に導かれた。それがウル・ティムスという人物だ。
王宮がある中央区と東西南北の四つ、計五つの地域からなる地下世界。この地下世界は太陽も空も風も自然には存在しない。人工的に天井の岩盤に施される疑似の空、そこに輝く疑似太陽に、風も雨も全てが人工。唯一天然物は地下世界を流れる水だ。ただし、その割合は少なく、造り出している量の方が多い。
それらの源が、魔晶といわれる特殊鉱石。
悪王ウル・ティムスが作り出し、人々が生きる土台となるにもかかわらず、作り出した張本人は悪と罵られ、独裁者と評された。
それはひとえに、魔法を一人だけ維持していたからだ。
アルビオンの外の世界の汚染。それは、人が魔法を使い続けた結果の魔法汚染。だからウル・ティムスは、地下世界に人を誘った後に皆から魔法を取り上げた。にもかかわらずウル・ティムス自身は魔法が使えたのだ。
故に、独裁王。
そしてウル・ティムスは、現王家の創設者である、初代アイテール国王によって討たれた。そして、悪王ウル・ティムスは不干渉地域といわれる、一度侵入したものは生きては出られないといられる迷宮さながらの土地に葬られたのだ。
そんな場所にウル・ティムスを葬ったアイテール王家。
その現当主は、二千年のアルビオンの歴史上初めての女王だ。女王は魔晶に関する絶対的な知識を持ち、その出自の不明瞭さを押し退けて女王の座についた人物。王座につくまでに紆余曲折があり苦労した女王は、実力があるのに恵まれない女子に心を砕く。その対象が『女王陛下のお気に入り』であり、いずれも才能溢れたご令嬢方だ。
そして、ロンガが電話で口にした女王陛下のお気に入りは、目下、アルスが追いかけるカイナの事だ。
カイナ・ルイスツール。
手早く説明すれば、ルイスツール男爵家の一人娘。
もうちょっと詳しく説明すれば、ワイン名家のお嬢様で文武両道。
さらにいうと、女王陛下に才能を認められたご令嬢。
男性優位の社会に疑問を呈する女王陛下が、男しか継げない爵位をカイナに継がせるかもしれないと、妬み嫉み羨望入り混じった注目の的のお嬢様だ。そして、女王陛下のご期待に副うべく密命を遂行して危ないことに首を突っ込む、一般的なご令嬢とはかけ離れたお嬢様。
さっきから人の間を縫って追いかけるアルスだが、全くもって特徴的なふわふわブラウン頭が見えてこない。アルスとて男子、しかも出身は緑が多い長閑な村で、体力には自信があり、足も遅くはない。
だが、追いつけない。むしろ引き離されているのではないかと心配になる。
現に、しばらく走り、街灯が薄暗くなった路地の奥まできてもカイナは見つからなかった。
その代りアルスを出迎えたのは、二階建てのこじんまりした建物と、それを囲む鉄格子に有刺鉄線、そして厳重に鍵がかけられた扉だ。薄暗い中見ると、その迫力は五割増しくらいで伝わってくる。
「アルス!」
最早路地とはいえない建物と建物の隙間にカイナが身を潜めていた。少し息を切らしているアルスに対し息一つ切れていないカイナ。運動神経に関してはカイナに軍配が上がった。
「ウィア、あの中に入って行ったわよ。鍵も持ってた、おまけに、中にいる警備の人間と話もしてたわ。みんな揃ってグルよ」
「あの中って、
アルス達が隙間から覗くのは、
「ウィアが、ここの管理を任されているっていう説は?」
「ある訳ないでしょ。ここの管理はランセット公爵家よ。多少は落ちぶれても三大公爵家。優秀な人材なら思いのまま。まだ学生のウィアにわざわざ鍵を持たせる正当な理由なんてないわよ。それに、
「それ、王家の危機管理情報だろ? どこで見て来たんだよ」
「女王陛下にお願いすれば教えてくださるわよ」
「さすがは女王陛下のお気に入り……」
「しっ!」
「!?」
カイナが口をふさぐ、それは優しいもんじゃない。
手で口をふさぐついでに後頭部まで壁に叩きつけて無理矢理言葉を封じ込められた。本日二度目の後頭部へのダメージに、文句を言いたいアルスだが、痛みを訴える言葉も文句も口がとんでもない力で封じられ、モゴモゴするので精いっぱいだ。だからか、やけに涙が出てくる。決して女子に力で負けるからとか、そんな情けない理由じゃないと思いたい。
「……なに泣いてんのよ、気持ち悪い……。ウィアが建物から出て来たわ。今日はやけに早いじゃない。ほらもっとこっち来てアルス」
暗闇の奥、吹き溜まりになっているのか、街の清掃が行き届いていないのか、はたまたこんな場所誰も気にしないのか、何枚もの紙が重なって落ちている。カサ、と踏みつけてアルスとカイナはお互いに「しー」と音の原因を擦り付け合った。慎重に足元に目を落とすと、紙にはこう書いてある。
『悪王の再来は誰だ』と。
一般人が誰も立ち入らないであろう路地の奥にまで舞い込んでいる紙。顔をあげれば、左側の壁にビラが貼ってある。熱心にも、女王陛下に傾倒する人間は、こんな場所まで追跡の手を伸ばしているようだ。『どこへ行っても逃げられない』、そう言わんばかりに。
二人が息をひそめていると、鍵の音、そして走る足音が聞こえた。細い隙間から見えたのは、金色のポニーテールの動き易そうなパンツスタイルの少女、ウィアだ。
「アルス、後を追うわよ。今度はちゃんとついて来てね」
「お前が……、いや、分かったよ」
思わず「お前が置いていくからだろ」と、情けないことを口にしかけたアルスは、すんでのところでとどまった。
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