肝試し

 気心の知れた四人と紅一点の五人組が今週から開店したスター百貨店の屋上ビアホールで一息ついたのは乾杯をしてからほぼ三十分が過ぎていた。一頻り各課の上司に対する棚卸や愚痴が出尽くした頃合いだった。会話の途切れたテーブルの上には赤い提灯が連なって、まだ生温かな微風に揺れている。少しは風の通る屋上は昼間の熱射地獄を忘れさせてくれる。

 五人は二年前の同期入社の仲間である。勿論、全員独身の気楽な身分だ。横一列で誰が抜け駆けをしたわけでもなく、給料も先週振り込まれた均一夏季ボーナスも互いに公開して憚らない良い間柄なのだ。

 「おう、じゃあ三杯目と行こうじゃないか」

 そう言って空の大ジョッキーを翳したのは底なしの丸顔、吉岡聡。彼は大柄を見込まれたか体力勝負の総務部だ。それに呼応してこちらも空ジョッキーを高々と上げたのは比較にならない細い体で、飲んでも一切顔に出ない細面の江藤勝。彼は英語力を買われて海外事業部である。他の三人はいずれもジョッキーに多少を残している。

 「おいおい、スピード早いんじゃないか、このままじゃ割り勘負けしそうだな」

 そう言って牽制球を投げたのは四人の中では一番のイケメン男、中村啓介だ。彼は自分でもそう思っているのか、髪型や服装への気遣いは並外れている。イメージとは裏腹に仕事は地味な品質保証課に在籍している。

 飲める量もスピードも確かに各人まちまちだ。飲める者はまだまだ頼りないし、飲めないものは二杯で限度かも知れない。現に紅一点の財務部配属の真田香里は二杯目を半分以上残していて、その可愛い丸顔の頬がほんのりと紅色である。その真田香里を名指しして私は立ち上がった。

 「真田さん、飲み助男どもに付き合うことないですよ。飲み足りた者は食い気で行きましょうよ。何か注文してきてもらえませんか」

 「そうね、ピザなんかどうかしら、斎藤さん」

 「ああ、それがいい。吉岡君たちは三杯目を頼んだら・・・・・・」

 そのやり取りに飲みも喰いも底なしの吉岡が反応して叫んだ。

 「え~、ピザか、斎藤、俺も喰いて~」

 「両刀使いは敵わんな。仕方ない、真田さん、全員に行き渡るように頼んでくれますか」

 「ええ、分かった」

 真田香里は立ち上がってカウンターへ向かった。同時に江藤が立ち上がって空のジョッキーを翳しながら店員を探す。

 やがて思い切り飲みに走る者、飲みと喰いの両刀使い、食い気にチェンジした者が入り乱れて場が再び盛り上がって来る。

 「処で真田さん、彼氏できた?」

 突然、江藤が真田香里に向いて聞いた。顔に出ないくせに相当酔っているらしい。日頃は女性に馴れ馴れしく口を聞く江藤ではない。全員が話を止めて真田香里に注目する。当の真田香里は三枚目のピザを親指と中指で器用に挟みながら、今まさに口元へ運ばんとしていた処だ。その手をゆっくり下げると、平然と皆を見回して言った。

 「あら、江藤さん、まだ出来ていませんって答えたら、貴方が彼氏になってくれるって訳?」

 今度は全員の目が江藤を捉える。酔いが一遍に覚めたような引き攣った顔で彼は下を向いた。これはまずい。座の良い雰囲気が吹き飛んだ。私は慌てた。

 「江藤、お前、いつからそんなに酒癖が悪くなったんだよ。真田さんに失礼だろう。さあさあ、ごめんなさいだろう。それと、真田さん、江藤の奴、悪気があって聞いたんじゃないんだよ。紅一点の貴重な仲間の貴女の事が気がかりだからさ、機嫌直してやってよ」

 食べかけていたピザを再び掴むと口へ運んだ真田香里、一口を食べ終えると口を開いた。

 「別にこんなことで腹を立ててもしようがないんですけど、そういうことは皆の前で聞くことじゃなくて、一対一なら、正直にお答えしましたけれどね。まあ、いい機会だから言っておきますけれど、この仲間の四人の男性って皆、素敵な方ばっかり、私好きですよ。彼女になってくれって言われたら、誰でもOKしてしまうかも・・・・・・」

 「わお~、本当か、こりゃいいや。我らのマドンナ」

 吉岡が素っ頓狂な声を張り上げた。これで座の雰囲気は窮地を脱した。江藤が真田香里に向かって頭を下げたのはこの後だった。それに対して香里の答えは嫌味のないものだった。

 「良いのよ江藤さん、ただいま募集中だからよろしくね」

 江藤は上目使いに見てニタッと笑った。こういう場に直ぐに反応するのは何時も中村啓介だ。

 「さあさあ、決まった所で乾杯と行きましょうか」

 「かなわないなあ、中村は何時も良いとこ取りするんだから」

 吉岡がそれでも持ち前の飲み助ぶりを発揮してジョッキを上げる。それぞれが再び飲みかけのジョッキー掲げて口々に乾杯を叫ぶ。再び場は笑顔が満ちたが、話の盛り上がりはない。

 「ところでさ、この盆休み、親ん所帰るの、俺、去年帰ってないんで今年は帰ろうかなって思ってんだけど」

 中村が深刻な表情で言った。私は当然のように反応する。

 「ああ、中村、帰った方が良いんじゃないか。去年は皆で伊豆へ旅行したもんな。正月はどうだったんだ」

 「それがさ、正月は江藤に誘われて志賀高原へスキーに行ったしな」

 「そんなら二年も顔出してないのか」

 「まあ、そう言う事」

 「それはないよな。此処まで育ててもらってさ、働くようになったら、はいさようならはないよな。石川でご両親が首を長くして待ってるよ」

 彼は石川県輪島の出身だ。親父さんは県の職員だと聞いたことがある。

 「分かってるって、だけど皆はどうなのかなって思って」

 私は去年の夏は別にして正月は故郷へ帰っている。遠いが三日ほどものんびりして英気を養うには丁度いい休みだ。私の故郷は兵庫県、篠山市だ。あの丹波篠山、山家の猿がと言われる篠山だ。確かに山深い小都市だが、落ち着いた城下町でもある。この町で三百年も続いた作り酒屋、斎藤酒造が生家であり、私は三男坊の祐二だ。地元の高校を卒業して大阪の公立大学を出た。就職は何気なく受けた大手の半導体関連会社に受かった。処が生まれて初めて近畿圏から遠く東京が勤務地だった。三男坊だから家業を継ぐこともない。家業は長男が社長、専務の次男が営業部長で後顧に憂いはない。

 「俺なんて毎週帰ってる。小遣い貰いにな」

 江藤が場にそぐわない言い方をした。彼は江戸っ子だと自慢のように言っているのを聞いたことがある。江藤の家は江東区で中位の運送会社を営んでいる。そこの長男らしい。海外事業部の江藤を揶揄する者がいる。いずれ家業を継いでグローバルな運輸会社に仕立て直すのだろうと。

 「江藤のようなお坊ちゃまじゃないからさ、俺んとこなんか、僅かでも仕送りしてんだぜ」

 酔いに少し呂律が怪しくなった吉岡が言った。雰囲気からはめったにそんな様子を見せない吉岡の違った一面である。彼は東北、秋田の出身だ。親たちは専業農家で代々米作りに精を出してきた代表的な米農家だ。吉岡を都内の私立大学を卒業させるのに、親たちの苦労が思われる。それをよく知っている今の吉岡の心境だ。

 「吉岡君偉いわね。仕送りなんて中々出来ない」

 真田香里が持ち上げた。女性に褒められた吉岡は何も言わずに照れ隠しにジョッキを煽った。

 「そう言う真田さんはどうなの」

 私が最後の一人に発言を促した。

 「私、う~む・・・・・・そうね、去年の夏を除いては長期休みには必ず帰ってるけど、その他にはボーナスもらったら両親に贈り物するくらいかな」

 「ああ、それもいいな、僕も帰省の時は何か必ず買って帰える。この前はCDラジカセだった。いや~、でもね、そんな送り物も良いけど、親たちにとっては年に二回は顔を見せに帰って来るのが一番うれしいようだよ」

 「そうか、それじゃこの夏は皆で旅行はなしだな。親に汚い顔でも見せに帰れって、そういうことでどうだ」

 「賛成、俺も帰るって程でもないけど、少し、親孝行の真似でもするか」

 江藤と中村がまとめを言い交わしたようだ。吉岡が皆を見回して言った。

 「故郷っていいもんだよな。色んな思い出が詰まってる。江藤のように東京でもさ、同じじゃないのか」

 「ああ、昔は遊び場所に困らなかったな、荒川なんて、もう庭先のようなものだったよ」

 私もふと、篠山を思い出した。町の真ん中に篠山城があって小学校はその二の丸にあった。そして、いつも堀端を通学した。城そのものが校庭であり遊び場であった。斎藤酒造は小川町に在り、小学校へは十分も歩けば通学できた。小川町の直ぐ近くに篠山川が街を二分して流れていて昔は外堀として使われていたのかも知れない。夏ともなれば子供たちは挙って篠山川の中州に繰り出す。日なか遊んで真っ黒に日焼けしたものだ。篠山は四方を山に囲まれた幅三キロ、長さ七キロほどの細長い盆地である。川遊びに飽きれば山へも繰り出せる。宿題そっちのけで夕闇迫るまで、あちらこちらとほっつき歩いていたのはまるで昨日のような気がする。

 「真田さんも長野の田舎だったよな、出身は」

 私は口数の少ない真田さんにも話させようとする。

 「私ん所、そう、長野の北、新潟に近い所よ。長野市から南へ千曲市、上田市、東御市、小諸市、佐久市って細長く町が連なったその上田市なの。この町を縫って千曲川が流れていてね、私んとこは上田城とも千曲川にも近い天神町って所、実家は古い和菓子屋なの、今の父が四代目だって。だから子供の頃はお城でも、千曲川でもよく遊んだわ」

 「へ~、何だか我が家とそっくりだな、家は篠山で十三代にもなる作り酒屋なんだ。篠山は盆地でね、町の真ん中に篠山城があって、しかも篠山川が流れている。その城や川が近くで子供の頃よく遊んだのは同じだね」

 そう応じた私に真田香里は笑顔を向けた。すると向かい側の中村が言った。

 「真田さんっち上田ってことはやっぱり真田幸村なんかの子孫ってわけ」

 「ええ、何らかの関係があるんでしょうね、上田には結構、真田姓って多いから」

 「へ~そうなんだ。そう言う苗字って羨ましいな、俺とこなんか、どこの馬の骨だかわからねえよ」

 「輪島って北陸でしょう。能登半島の付け根ね」

 「そうだけど、何にもない所さ」

 「そんなことはない。どこだってその土地の良い所ってあるよ、故郷から離れて、こうして見ているとよくわかる」

 中村が神妙に頷いている。

 端から皆を見回して吉岡が言った。

 「故郷の夏なんていいよな、お盆やら、夏祭り、蝉が煩かったりしてさ」

 聞いていた江藤が言った。

 「吉岡、お前、方言消えたか」

 「いや~、帰らばいっつでも方言に戻れるべ~」

 吉岡の言い方が可笑しかったので全員の笑い声が上がった。笑い声が止むのを待っていたように真田さんが横の私に話しかけてきた。

 「斎藤さん、篠山の夏ってどんなですか」

 「そうだな、どこも変わりないと思うけど、篠山音頭って盆踊りがあってね、宵の口まで町は賑やかだな」

 「斎藤さんも踊られるんですか?」

 「いや~、今は帰ればぶらぶらと居候さ」

 「斎藤さんって子供の頃ってどんな子供だったの」

 「皆と同じさ、そうそう夏と言えば、真田さん、肝試しってやった?」

 「聞いたことはあるけど私は知らないわ、ねえ、どういう風にやるの」

 「そう言えば思い出したよ、子供の頃の肝試し」

 「聞きたい。ねえ皆、面白そうじゃない」

 全員の目が一斉に私に集中する。あの話、してもいいかな。特に真田さん気味悪がって迷惑しないか気になった。

 「話してもいいけど、少し、気味悪いよ。良ければだけど」

 「平気よ、ねえ、皆、大人なんだから」

 「分かった、じゃ・・・・・・」

 私は話の初めに篠山という町から紹介することにした。どんな話が始まるのか、どの顔も興味深々だ。

 「篠山って所はね、丹波は山国っていわれるように山に囲まれた盆地なんだ。東西に細長い町に真ん中を東西に篠山川が流れている田舎の城下町さ。篠山城の二の丸に小学校があってね、通うのは十分くらい。町中だから友達は皆、近所に住んでる。夏休みになったら毎日、宿題は昼までにいい加減に済ませて、その近所の友達と夕方近くまで遊びまわっているのが日常だったな。ところがね、お祭りになると町全体が提灯が溢れてさ、夜遅くまで明るくって、賑やかなんだな。まあ、どこの町もそうなんだと思うけど。だから、子供たちも遅くまで連れだって遊んでいる。親たちもこの前後は大目に見ていて、まあ、非日常の気分だった。昼間しか遊んでいなかったから夜に遊べるってのは特別だったんだな。そんな時、思い出したのが昔の子供たちは夏にはよく肝試しをやったってことだった。初めはがやがやとどうするんだろうって言い合ってたけど、要は一人か二人でお寺のどこかに目印になるものを置いてきたり、取って来たりすればいいんだろうと言う事になった。

 篠山城の堀端から東に七、八百メートル、篠山川から北へ二百メートルほどの所に丁度、お城位の広さの丘があって、こんもりした杉の大木に覆われている。ここに本経寺という古いお寺があって私たちの小川町からも近い。当然、町内に檀家も多くなじみのお寺だった。暗くて肝試しの恰好の場所になるのは当然だった。しかもお誂え向きに山門を入ると長い参道の奥に本堂があって、その参道の右側に墓地が広がっている。

 「おい、祐ちゃん、本経寺の本堂ってのはちょっときついんじゃないのか、何せ洋子って女の子もいるんだぜ」

 そう言ったのは隣の五年生の康雄だ。今夜の総勢は小学三年生から六年生の洋子ちゃんまで十一人だ。

 「いいわよ、私の事なら、平気なんだから。お化けなんかいないよ」

女の子が声高に断言したのだから、他の者は弱気は出せない。でも、女の子と言っても洋子は体も大きく中学生並みにしっかりして見える。誰からの反対もなく、本経寺の本堂往復と言う事になった。

 本経寺の山門から二十メートルほどの辻に地蔵堂がある。ここから本堂までは往復でも十分までの距離だ。そこの場所に今夜の参加者が集合したのは七時半を回りかけた頃だ。まだ、町全体に踊りのお囃子が響いていて、外れの地蔵堂のこの辺りにも聞こえてくる。しかし、町中から音や僅かな明かりが伝わってきても、東に目を向けると本経寺の森は真っ暗に視界を覆っていて薄気味悪い。集合場所の地蔵堂辺りも薄暗く、辛うじて顔は見分けられる程度だ。先ほどまで賑やかだった集団は声を潜めている。私は自分の気を振るい立たせるためもあって大声で言った。

 「じゃ、いいな、これから二人一組で順番に本堂を往復するぞ、明かりはこの提灯一個だ。蝋燭じゃから途中で消えたら灯りは無くなるからな。目印はこの石じゃ。この石にはほれ、星の印がしてあるで、他の石で。誤魔化そうとしても分かるからな、ずるはだめじゃぞ。そんなら組み合わせを決めようか。上級生と下級生を組み合わせて、四組出来るが後は三人じゃ。それでどうじゃ?」

 「三人のもんはええの」

 四年生の乙司が言った。

 「仕方なかろうが、もう一人おったら一組出来るんじゃが」

 その時、私の背中がポンポンと叩く者がいた。うむ、誰じゃ薄暗くてよく分からなかったが

 背後の洋子らしい。振り向くと聞いた。

 「何・・・・・・」

 「もう一人おるよ」

 洋子が答えた。

 「えっ、誰じゃ」

 私は素早く全員を見回して数えた。一、二、三、四、五、・・・・・・・十二、えっ、自分を入れて確かに十二を数えられる。慌てて再度、今度は一人一人顔を確認しながら数えなおした。一、二、三、四、五、五までいって改めて五人目の顔を見た。誰だ、この子。見た事のない顔だ。

 「お前、誰だ・・・・・・」

 目のくるりと大きな丸刈りの可愛い男の子だ。皆、洋服なのにその子は生地の薄い浴衣のようなものを着ている。裾が短く、紐で前を結んでいるが脛より下は裸足だ。その足に草履のような、草鞋のようなものを履いている。ほとんどの子は短いズボンにTシャツでズック靴を履いているから、その子は目立つ。背も低くまだ一年か二年生のようなだ。再び聞いた。

 「お前、どこの子だ」

 その子は聞かれてニッコリとあどけない笑い顔を見せると、背伸びして森の方角を指さした。

 「あっち・・・・・・」

 「あっちじゃ分からないよ、河原町か」

 「うん、そっち」

 「何だかよく分からないな、お前、一人で来たのか?」

 「うん、一人」

 「ここに来たってことは一緒に遊びたいからか」

 「うん、遊びたい」

 「ここに居るのは三年生以上だ。お前、一年か、それとも二年か」

 「う~ん、分かんない」

 「何でだよ、河原町なら同じ篠山小学校だろう。おい、皆、この子見た事あるか?」

 皆を見回したが顔をひねる者ばかりだ。

 「これから肝試しやるんだ。怖いぞ、お前無理だろう」

 「う~ん、分かんない」

 「困ったやつだな、皆、どうする?」

 他所の子を入れてもいいかどうかは皆の了解がいる。皆の顔を見回した。

 「丁度良いじゃない。一人足りなかったんだし、これで五組出来るじゃない」

 そう言ったのは洋子だ。その言葉で皆が一斉に頷くのがほぼ同時だった。しかし、馴染みのない子とコンビを組むのは誰でもいいはずはない。仕方ない。自分が引き受けるしかないだろう。

 「ようし、分かった。それじゃ、この子・・・・・・。え~と、何て名前だ」

 その子の肩を引き寄せて聞いた。

 「庄太」

 その子は祐二を見上げると嬉しそうに答えた。

 「庄太を入れて五組で肝試しだ。じゃ、組み合わせはこうしよう。庄太は初めてだから僕が面倒みるよ。これで一組は決まりだ。二組目は康雄と洋三、三組目は健二と隆司、四組は隆太と章次郎、それから・・・・・と、三郎と安吉、最後は洋子ちゃんと乙司でどうだ」

 「え~、乙司と~、乙司は四年じゃないの、私は六年よ。三年の誰かとしてよ」

洋子が文句を言った。最高学年の六年なのに三年ではなく四年と組み合わされるのは嫌だというのである。洋子は勝気の女の子だ。気遣いされるのは迷惑だと言うのだ。

 「分かったよ、じゃ、安吉とで良いか、乙司は三郎と同じ四年組だ。これで文句ないか」

 夫々が自分の相手の顔を伺っている。やがて納得した様子を見せる。

 「じゃあ提灯に火、入れるからな。消さないように気を付けろ」

 太めの蝋燭を用意してきたので一時間以上はもつはずだ。マッチで火をつけて提灯の中にセットする。マッチの燃えカスは脇を流れる溝川に放り込む。集まった何人かは懐中電灯を持ってきているし、その鋭い光は足元や周囲を勝手に照らして面白がっているが、提灯の明かりは周りに薄ぼんやりとした光の輪を作るだけである。

 「暗れ~、こんなので見えるんか~」

 又、乙司が言った。その声で懐中電灯の光が消えた。

 「足元を照らすだけだからさ、これで十分なんだ。それに今夜は祭りの明かりが空を照らしてるからな、昔の子供はもっと真っ暗でやったんだ。お前ら怖がりか~」

 私は皆を鼓舞しようと言った。それに康雄が援護してくれる。

 「さあ、怖がりは今からでも遅くないぞ、帰ってもいいんだぞ」

 全員、平静を装ってはいるが落ち着かない目だけをぎらぎらと輝かせている。口は閉じたままだ。怖いには怖いがそれは言い出せないに違いない。

 「良いんだな、それじゃ順番を決めよう。一番から六番までだ。誰が最初に行く?」

 私は皆を眺め回した。

 「俺、最初がいい。なあ、三郎」

 そう言ったのは乙司だ。相棒の三郎の同意を促す。康雄が聞いた。

 「乙司、どうしてだ。最初は何があるか分からんぞ」

 「だ、だって、もし、お化けがいるとしたらサ、最初は気が付かないだろう。その間にさっさと行ってくりゃ、分からないまま帰って来れるんじゃないのか」

 「はは~ん、考えたな乙司、それはそうかも知れん」

 康雄はわざとその考えを肯定している。私は夫々に考えさせていると決まらなくなると、康雄の作戦に同調した。

 「よ∼おし、一番決まり。二番は龍太、章次郎でどうだ。目印の石を取ってくる方だ」

 「いいよ」

 龍太が答えた。ここで何かを言えば沽券にかかわると言いたそうな顔をして答えた。尤も龍太はしっかり者の自信家だ。

 「じゃあ、三番は健二と隆司でどうだ?」

 健二は康雄の腰ぎんちゃくの様なもので、いつも康雄の顔色を見ているから問題ないはずだ。

 「ああ」

 健二は短く返事した。

 「それでと、四番はそれじゃ洋子、行ってくれるか。安吉と一緒だ」

 洋子はこんな時、一言、言わないでは収まらない質だ。上級生になってからは特にそれが顕著になった。

 「私、もっと早い方が良い、真ん中じゃ面白くない」

 私と康雄の二人で決めてしまわれることに不満があるようだ。私は小柄でひ弱そうな安吉を洋子と組み合わせたことで自尊心を満足させた積りだった。

 「安吉を連れて行ってもらわんならん。そのことも考えてくれんか。なあ、安吉、洋子姉ちゃんと一緒なら安心じゃな」

 安吉は言われて洋子を見上げると丸い目玉を剥いて笑った。もう一押しと思って私は言った。

 「安吉が一緒じゃと中ほどが丁度いいと思うがな、洋子」

 「ああ、仕方ないね、安ちゃんの面倒見てあげるわ」

 「よおし、これで決まった四番バッター。後は康雄と洋三、俺と庄太じゃ。いいか康雄」

 「OK,了解」

 「じゃ、遅くならんうちに始めるか」

 そう言って皆を見回した時、地蔵堂の四つ角にいる自分たちに向かって一団の人影が近づいてきた。大人や子供を交えた五、六人の集団である。誰だろう。相手は数人の大人がいるが集団対集団の緊張がある。近付いてきて分かった集団は団扇を持ったり、子供が風船を握っている。どうも祭り見物の帰りの家族のようだ。どんどん近づいてお互いが交差し始めた。その中の大人が突然、私に話しかけて来た。

 「斎藤君じゃないか、こんな遅くまで遊んでいてはダメじゃぞ」

 びっくりして見ると、担任の立花先生だ。立花先生は本経寺の住職だ。道理でこの道を帰ってきたわけだ。

 「あっ、せ、先生・・・・・・あの~、肝、肝試しなんです・・・・・」

 「なに、肝試しってか、はははははっ、この寺を使ってか」

 「すみません・・・・・・」

 「別に謝ることじゃないが、見れば小さい子もおるようじゃで、早いこと済ませて帰らにゃ、親御さんに心配かけるんじゃないぞ」

 「はい・・・・・・」

 私は直立して頭を下げた。だが、頭を上げてみると先生はぼんやりと庄太を見て立っている。そして、顔を傾げるとそれ以上は何も言わず集団から離れて行った。学校では見慣れない子供を見つけて気になったようだった。家族と思しき人たちは本経寺の山門を賑やかに潜って行った。私の心臓はまだ動悸を打っている。

 「ああ、びっくりした。まさか先生に出会うなんて」

 「祐ちゃんも先生には弱いんだね」

 洋子が揶揄して言った。

 「そりゃ、洋子もそうだろう。人の事、言えない癖に」

 「へへへへへ、まあね」

 いよいよこれから始まろうとして緊張していた一団の出鼻を挫かれたようなものだった。どこの家庭も午後九時が門限のはずだ。早くしないと遅れてしまう。

 「お陰で遅くなっちまった。さ、始めようぜ」

 私は再び士気を高めようと声を張り上げた。先生たちの後ろ姿を追っていた乙司が言った。

 「あんなに大勢だと良いな、怖くもなんともなさそうだ」

 それを聞いた龍太が言う。

 「何言ってんだ、お寺が自分の家じゃ、怖がってもおれんじゃろうが」

 本当だ、と誰かが言って笑い声が響いた。

 「じゃあ、トップバッターの乙司と三郎だ。仲良し同い年の出発。これが石、はい、提灯。いいか、本堂の階段の下から三段目の真ん中に置くんだぞ。じゃ、行ってこい」

 「うん、三郎、行こう」

 乙司が三郎を促す。後ろにいた三郎が誰かに肩を押されて前へ出てくる。先生一家は既に真っ暗な参道に姿は見えない。そろそろと最初の二人が集団から離れて行く。見ていた私は三郎の持つ懐中電灯を見つけて追いかけた。

 「三郎、懐中電灯を置いていきな」

 慌てて引き返す三郎から懐中電灯を受け取って、スイッチを切りながら引き返した。

 二人が山門の軒に入ってゆくのを、残った全員が皿のように見開かれた目で追っている。今にも乙司の悲鳴と共に駆け戻って来るのではないかと、半分開けた口が何か言いたげだ。処が山門の軒下にいる二人が中々参道へ踏み出せないでいる。どうしたの、乙司がいるじゃないかと、残り組から声がかかる。三郎は同年だがひ弱に見える分、乙司は口数も多く度胸が据わってしっかりしていると思われている。

 「乙司、行け行け、ゴウ」

 康雄が声をかけた。

 その時、三郎が乙司の持つ提灯を奪うように取ると、先に参道へと入ってゆく。皆はあっけにとられて見ている。予想外の展開だ。引っ張られるように乙司の姿が参道の暗闇に消えると、もう提灯の明かりも見えなくなった。後は駆け戻ってくるのを待つばかりである。僅か七、八分の距離である。だが、待つ方にとっても長い時間に思える。

 随分待ったような気がする。乙司が先に提灯を持つ三郎が追いかけるように山門に姿を現した。

 「あっ、帰ってきた」

 誰かが言った。二人とも両足が交互に動いていない。縺れているのである。だが、皆を見ると引きっつった顔に無理やり笑いを浮かべた。

 「あ~あ、怖かった。真っ暗だぜ」

 乙司の声が幾分震えている。その乙司に向かって私は念を押した。

 「乙司、石はちゃんと置いてきただろうな」

 三郎が提灯を手渡しながら答えた。

 「乙司って僕の腰、引っ張って歩けやしない。それに、石を階段に投げてしまったんだよ。ちゃんと三段目だよって言ったのに・・・・・・」

 「しようがないやつだな、乙司の方が怖がりじゃないか。階段の何段目かにあるのは確かだな三郎」

 「ああ、だから二段目か三段目か分からないや、でもその辺りにはあるはずだよ、なあ、乙司」

 乙司は頷くだけではっきりした答えをしない。

 「しようがない。次の二番手、龍太と章次郎に任せよう。頼むぜ龍太」

 背の高い五年生の龍太が一番後ろから三年の章次郎の肩を抱くようにして出てくる。そして、差し出された提灯の竿を受け取る。

 「よし、探してくるよ。行こうか章次郎」

 章次郎がこっくりと頷いた。手を繋いだ二人が山門へ向かう。歳の離れた兄弟のようだ。山門で立ち止まることもなく、そのまます~っと参道へ消えた。康雄が消えた山門を見ながら言った。

 「龍太は流石に堂々たるもんだ」

 「章次郎、大丈夫かな」

 隆司が心配そうに言った。しかし、五分も経たないうちに二人が山門に姿を現した。

 「え~、もう帰ってきた」

 心配していた隆司が大きな声を出した。皆が一斉に山門を注目した時、二人は駆け足で皆に合流した。龍太は平気な顔をしていたし、章次郎はニコニコ笑っていた。

 「どうだった。石はあったか」

 私は聞いた。

 「それがさ、探したぜ、階段じゃなくって、下の溝に落ちていたんだよ。章次郎が見つけたんだ。投げりゃどこへ飛ぶか分からないよ」

 「良かった。ありがとう龍太。さあ、石は投げちゃだめだぞ、ちゃんと三段目の真ん中に置くんだ。良いか」

 龍太から石と提灯を受け取ると、三番目の健次と隆司を探した。五年生だが健次は小柄だ。三年生の隆司も小さい方だから三番目は頼りない組に見える。

 「そろそろ、お化けが気が付くころだな」

 言ったのは乙司だ。

 「余計な事言うな乙司、怖がりのくせに」

 前へ出て提灯を受け取ろうとした健次が睨んだ。私は石を隆司に、提灯を健次に渡した。二人は並んで山門に向かってゆく。山門で立ち止まった二人だが、意を決するようにそろそろと参道へ入って行った。龍太と違ってこの時は本当に大丈夫かなと私は心配になった。

 案の定、そろそろと思われる時間が経っても二人は出てこない。康雄を見ると山門を見て、同じように心配顔だ。もう随分時間がたった。龍太と同じ時間はとうに越している。流石に私も心配になって山門へ歩き出そうとした。康雄がそんな私を止めて、自分が山門へ歩いて行く。山門から参道を伺う康雄、踏み込もうかどうか迷っている。参道から本堂まではほぼ一直線だが左右に木立が茂っていて暗い。左側は森になっていて光は来ないが、右側は墓地だ。木立の向こうに墓石が立ち並んでいて、その向こうは開けていて丘陵がなだらかに篠山川へ落ち込んでいる。

 康雄は意を決して参道へそろそろと足を踏み入れて行く。康雄の姿も闇に消えた。どうしたんだろう。健次か隆司のどちらかが動けなくなっているに違いない。そうなったら、私も救助隊としていかねばなるまい。そう思った時、二つの人影が山門に現れた。誰かが懐中電灯のビームを当てる。そこには提灯を持った健次が先に立って後に康雄に背負わされた隆司の姿が照らされた。

 「あっ、ど、どうした隆司・・・・・・」

 私は隆司に何事かが起こったと思った。隆司は小柄で体重も軽いので康雄は軽々と背負っている。当の隆司は半分べそをかいている。

 「どうしたんだ隆司・・・・・・」

 見守る集団の中から同時に声が発せられた。皆の中に戻った康雄は背中に隆司を背負ったまま私に向いた。その顔は笑っている。

 「何があったんよ」

 私は聞いた。

 「行はよいよいだったらしいが、帰りに隆司が石を置くと同時に、走って戻ろうとしたらしいんだな。健次が止めたが聞かなかったんだって、それで、暗闇に足を取られて転んでそのまま動けなくなったてわけ。健次もどうしようもなくなっていた処へ俺が行ったんだな。行って良かったよ」

 「ああ、本当だな。康雄が行かなけりゃ、今頃、二人ともわあわあ泣いていた処だ。それより隆司、怪我はどうだ痛いか」

 私は隆司の足に懐中電灯を当ててみた。擦り傷に薄っすらと血が滲んでいる。そして、隆司の顔を覗き込んだ。

 「今はもう痛くない・・・・・・」

 「ああ、もう血は止まっているから大丈夫だが、そこの地蔵さんの横に湧き水が出ているだろう。あそこで傷口を洗っておいた方がいい。康雄、下ろしてやれよ。自分で洗えるだろう」

 下ろされた隆司は大層に足を引きずって湧き水の傍へ向かう。健次が責任を感じているのか手伝って傷口を洗ってやろうとしている。

 全く何が起きるか分からない。あんな暗がりで走るやつがいる。もうそうなると前後の見境が無くなるという事か、組み合わせも適当じゃダメだと反省した。後、三組ある。後は康雄と洋子と自分の組だから、こんなことは起きないだろうが相手は三年生だから何が起きるか分からない。三組目で全体の緊張がたるんできた。私は声を上げた。

 「さあ、まだ三組目だぞ、時間がない。次を始めようぜ。言っておくが、暗闇で走っちゃだめだぞ。必ず転んで怪我するぞ。上級生の手をしっかり握ってりゃ怖くはない。いいな」

 そう言って皆を見回す。しかし、もう終わった組の顔は他所事だ。喋りあってまともに聞いていない。

 「じゃ、四組めは洋子頼むぜ、相棒は安吉じゃ。安吉よ、洋子姉ちゃんから離れちゃいかんぞ。手、握ってもらえ」

 皆が一斉に笑った。洋子は健次の手から提灯を受け取るとそろそろと山門に向かってゆく。洋子は強がりを言った手前、自分たちがしくじる分けにはいかないと思っているはずだ。六年でも背の大きな洋子が三年の小さめの安吉の手を引いていると、まるで母親と子供のようだ。

 二人は山門でちょっと後ろを振り向いてこっちを見た。じゃ、行ってくるからね、と言ったように見えた。

 「大丈夫かな、あの二人、洋子のやつ、強がり言っても女の子だからな」

康雄が心配そうに消えた二人の山門を見つめている。

 「まあ、あれほど言ったんだから意地でもやって来るさ」

 私は康雄の肩をポンと叩いた。私の言葉が正しかったことが分かったのはそれから十分もしない内だった。山門にその親子のような二人の影が立ったのだ。

 「お~、早い。流石に洋子だ」

 康雄が声を上げた。二人は安心したのか山門の庇の下に立ちどまっている。

 「お~い、どうした。こっちこっち」

 私は手招きして声をかけた。ゆっくりした足取りで皆の元へ近づいてきたが、洋子は安吉に手を引っ張られている感じだ。洋子の手にぶらさっがっている提灯が小刻みに揺れている。

 「洋子、大丈夫か。早かったじゃないか、流石だな」

 洋子は無言で顔が少し引き攣って見える。緊張の糸はまだ張り詰めている。察した私は提灯の竿をそっと取って安吉に向いた。安吉はニコニコ笑っている。

 「安吉、ちゃんと石、取ってきたろうな」

 「うん、はい、これ。洋子ちゃんって足が早いんだもん。追いつくのに苦労したよ」

 「そうだろう。早かったぞ、一番かも知れん」

 漸く落ち着いたような様子で洋子が本音を言った。

 「や、安吉って、早くって言っても足が遅くって。私、やっぱり肝試しって苦手」

 「だから言っただろう。女子はやめた方が良いって」

 私はそう言いながらも、ちゃんと役目を終えてきたんだから合格だなと思った。さあ、後は二組だ。康雄の組は何もなく早く帰ってくるだろうし、自分だって、と思って庄吉を見回した。あれ、庄吉と小声で呼んでみた。

 「ううん」

 直ぐ後ろで声がした。なんだ、後ろにいたのか、ひょっとして遅くなってきたので帰ってしまったのかと心配してしまった。そんなら五組だ。

 「康雄、頼むぜ」

 「おお、やっと来たか、洋三、洋三どこだ」

 「ここだよ」

 康雄の前で声がした。

 「なんだ、そこにいたのか、じゃあな行くぞ。お前が石を持て」

 そう言って石を洋三の右手に握らせると左の手を取った。康雄はすたすたと山門へ向かって歩いて行く。手を引かれた洋三はちょこちょこと駆け足だ。立ち止まりもせず門をくぐってゆく。二人の勢いからすると五分もしない内に又、すたすたと出てくるのではと皆思っている。処が意外に時間がかかっている。

 「やっぱり康雄だって怖いのは同じなんだな」

 誰かが小声で言った。別の声がした。

「洋三に手間取ってるんだよきっと」

 結局は遅くはなかったが期待通りの短時間ではなかった。それは二人が行きと同じようにすたすたと山門から出てきたのは十分を超えた頃だったからだ。だが、何か様子が違った。近付いてきて分かったが康雄の小脇に古い卒塔婆が一枚抱えられていた。

 「どうしたんだよ、それ・・・・・・」

 乙司が素っ頓狂な声を出した。

 「俺、今まで偉そうなこと言って来たからな、皆以上の事やらんと悪いと思うて墓まで行ってきた。これはその証じゃ。祐二に戻してもらえばいいじゃろうと思うて」

 え~、と、どこからともなく声が上がる。私も含めて誰もがあっけにとられた顔をしている。

 「洋三、お前、墓へ行って怖くなかったんか」

 又、乙司が言った。

 「いや~、僕は手前で待っとった」

 「そうやろうな~、他のもんは誰も行けんやろう」

 誰かが言った。康雄は私に提灯を渡そうと竿を差し出した。提灯を受け取ると中を確認した。蝋燭はもう半分以下にまで少なくなっている。まあ、あと十分は持ちそうだ。そして、康雄は提灯をぶら下げていた右手で脇の卒塔婆を掴むと差し出した。

 「どこから抜いてきたんだよ。分かるのか?」

 「ああ、手前の墓道を入った左の端の墓だよ。小さいけど離れて一番目立つ所」

 「分かるかな」

 私はちょっと不安になった。卒塔婆の場所は不特定に立てられていて、本数の規則性もないし目印もない。

 「せめて墓銘でも分からないのか」

 「見てこなかった」

 「しようがないな~」

 私はしぶしぶ卒塔婆を受け取る。それより気になっていたのは時間だ。皆、九時には帰ると約束して出てきている。それまでには終えて解散しなければならない。今は何時頃だろう。始めたのは七時半頃だったから・・・・・・もう一時間は超えている。そんな目算をした。合図はお寺の鐘だが五分ほど前からなり始める。順調なら今はもう終わっていなければならない時刻だ。気持ちが急いた。

 「よし、行こう。庄太、庄太はどこだ」

 「ここだよ」

 少し離れた暗闇から声がした。

 「何してる。俺たちの番だぞ。こっちへこい。さあ、行くぞ」

 私は庄太の手を掴んだ。小さくて何だか軟らかなふんにゃりした手だった。山門まで歩いて振り返った。皆がどんなに見えるのかと思ったからだ。十人の集団だがそんなにいるようには見えなかった。懐中電灯のスポットが三つ四つ動いている。逸る気持ちで参道へ足を踏み入れる。夜が更けて来たためか、祭りの賑わいの音も光の残りもない。境内は森閑として静まり返っている。庄太と二人っきりになったので、聞きたいと思っていたことを口にした。

 「庄太、お前んとこの苗字は何だ」

 「う~、八上」

 「八上庄太か、お前何年生なんだ。聞いてなかったな」

 庄太は返事しないで私の顔を見上げた。顔が笑っている。

 「何が可笑しいんだ。聞いていることに答えろよ。二年生位じゃないか」

 「そう、二年生」

 「本当かよ。まあ、いいや。それよりお前、ちゃんと言って家出てきたんだろうな」

 又、返事しないでニタニタ笑っている。家が河原町なら直ぐ近くだ。まあ、一人で遊びに来るくらいだから大丈夫だろう。私は勝手にそう思った。

 康雄の言った墓地への通路の所へ来た。先に卒塔婆を返した方がよさそうだと思って曲がろうとした時、庄太が手を離した。そして、私が左手で握っていた卒塔婆を掴んで言った。

 「これ、僕が返してくる。よく知ってるから」

 私の手から奪うようにつかみ取ると、あっと言う間に墓地の方角へ走った。その姿は突如、闇の中に消えた。

 「だ、大丈夫か、庄太、走っちゃだめだ」

 声をかけたがあまりに突然のことに私は茫然と立ち竦んだ。それから庄太が提灯の光の中に再び姿を現わすまで数十秒しか経っていなかった。手に卒塔婆はない。

 「お~、庄太、真っ暗なのによく見えたな」

 「ここは僕の遊び場なんだ、だからよく知ってる」

 「そうか、昼間よく来ているのか。それでも卒塔婆までは分からんだろう」

 「うう~ん。知ってるもん」

 「え~、変わったやつだなお前は・・・・・・、さあ、遅くなるから石を取りに行こう」

 私は庄太の手を取ろうとした。すると、さっとすり抜けるように前へ出ると私の差す提灯の前を悠然と歩いて行く。怖くないのか、それにしても何と目のいい奴なんだろうと思う。さっさと歩くので本堂前までは直ぐだ。提灯の薄暗い中でも石が見える。きちんと三段目の中央に置かれている。庄太がちょこちょこ階段に近づいてさっと石を取り上げる。そして振り向くとニッコリと笑った。

 「よ~っし、戻ろうか」

 庄太は石を私の右手に手渡した。そして、その手で左へ回ると手を握りにきた。暖かなやはり軟らかな手だった。

 「庄太、お前ん所の近所の友達はいないのか」

 「いないよ」

 「河原町ならお前ん位の子沢山おるはずじゃで~」

 「いないよ」

 「そうか~、そしたら又、遊びに来いよ、いつもはな、南新町の篠山川の川原が遊び場じゃ。今夜の子供らを見知ったじゃろ、誰でも加えてくれるでな」

 「ふむ~ん」

 話をしていると、怖いとか暗いという事を忘れる。黙って周りに気にして歩くから余計に怖いのだとその時、分かった。

 山門の下まで戻ってきた。その時、背後で鐘の音が響いてきた。

 「わあ~、五分前だ」

 私は思わず待っている集団目がけて走り出した。当然、庄太の手を放してしまっていた。皆の顔が見える所へ戻った時、中の何人かが目を見開いて、私の背後の山門を指して何か言った。

 「わわわ、わっ・・・・・・」

 私は発作的に振り返った。そこにはぼんやりと白い着物姿の人影が立っている。ぎょっ、とした。誰もが思ったのは私の後を追ってきた幽霊の出現だ。

 だが、それは直ぐに立花先生だと分かる。下駄の音を響かせて私たちに近づいてきたからだ。皆がほっと胸を撫ぜ下ろす。

 「斎藤君、まだやっているんか、もう九時じゃぞ。家の人が心配しておられる。早く帰りなさい」

 「は、はい、今、解散しようとしていた処です。お~皆、今夜はこれでお終いじゃ。皆、肝試しは合格じゃったな。さあ、解散。走って帰れ」

 その声と共に集団は一斉に山門とは反対の方角へ走り出した。最後になった康雄と私は先生に一礼して皆の後を追おうとした。

 「ああ、斎藤君、ちょっと待ってくれ少し聞きたい」

 先生から声がかかった。一緒にいた康雄も立ち止まった。

 「さっき、ここで出会うた時にちょっと風変わりな恰好をしていた子がおったな。確か庄太って言ってたな。あの子は皆と一緒に帰ったか、見かけなんだが」

 「えっ、そう言えば僕が庄太と最後の組で帰った時から見んな。康雄、知らないか」

 「確か、祐ちゃんが帰った時、一緒やったな・・・・・・。あれからら・・・・・・、先生が山門に出てこられたんで皆気取られて分からんかったけど、先に帰ったんやないかな」

 「何も言わんとか」

 「来た時も何も言わんかった」

 「そらそうや」

 二人のやり取りを黙って聞いておられた先生が真剣な目つきで二人を見た。

 「その庄太って子の苗字聞いたか」

 「はい、確か八上って言ってました」

 「八上庄太か、どこかで聞いた事のある名前やな。どこでやったかな」

 先生は首をひねったり眉間にしわを寄せて考えていたが思い切ったように言った。

 「あ~無理や、思い出せん。今夜は遅うなったから、君たち早く帰りなさい。親御さんが心配してなさる」

 「はい、じゃ~先生失礼します」

 「ああ、気つけて帰るんじゃぞ」

 私は走り出した。康雄も付いてくる。お城近くになると祭り帰りの人に出会うようになる。名残を惜しんでいるような祭り囃子も聞こえてくる。

 隣の康雄の家の玄関まで一気に駆けて来て一息ついた。じゃ、と手を上げた康雄が戸を開けて中へ入ったのを見届けた僕は店の戸を引いた。まだ閉まってはいない。ほっとして暗くなった店の中へ入った。奥から母の声がした。

 「祐二か、まだ、戸は開けといてや」

 奥へ通路を入って行くと居間にはテレビがついて父と母がいる。どうもまだ帰っていないのは兄達のようだ。居間の戸を開けて“只今”と声をかけた。何か言われるかと思ったが“お帰り、早う寝えや”と言われただけだった。時計を見た。九時五分過ぎだった。こんなはずはないと思ったがいつも遅れてばかりの時計だから、今夜は助かったと思った。

 二階の自分の部屋へ上がったが疲れているはずなのに何かしら落ち着かない。さっきまで肝試しをしていたのだから、それは当然なのかも知れない。それでも昼間の汗ばんだ身体のままでは寝るのは嫌だったから、又、階下の風呂場でシャワーを使った。風呂場を出たところで兄たちが賑やかに帰って来たところだった。兄たちも祭りの余韻で声が大きい。居間に入って父や母に話しかけているのだろう。私はそのまま二階へ戻って電気を消した。南に開けられた網戸の窓から篠山川の川風であろう、頬を撫ぜて気持ち良い。なぜか目を瞑っても眠たくない。庄太の顔が浮かんだ。いつ見てもニコニコと笑顔しか見ていない。問いかけに対し余り多くは答えないが話は通じた。もっと聞きたいことがあったような気がするがそれが何だった今はもう分からない。又、遊びに来いよと誘ったが、やって来るだろうか。又、会いたい気もする・・・・・。

 いつの間にか睡魔に引き込まれていた。疲れていたのか朝までひと眠りだったような気がする。ひんやり朝の冷気が窓から入ってきて目覚めた。もう明るいが六時過ぎを時計は指している。夏休み中は朝のラジオ体操がある。場所は篠山城の堀端だ。六時半からだから少し早いが起きだして外へ出た。驚いたことに隣の康雄が待っていた。

 「早いじゃないか。どうしたんだよ」

 「うん、早くに目が覚めて祐ちゃん出てくるの待ってたんだ」

 「そうか、少し早いが行こうか」

 「ああ・・・・・・」

 町は店仕舞した夜店の列や火のない提灯、それに塵の散かりなど、賑やかだった昨夜の余韻を残している。

 「祐ちゃん、俺、昨夜の庄太の夢見たんだ」

 「へ~、どんな」

 「うむ、河原で遊んでいる時、あいつ来たんだ。でも、見ているだけで誘っても笑っているだけで入ってこないんだ。あいつ変わったやつだったな。着ている服も昔みたいし、靴も履いていなかったな」

  「ああ、南新町の河原で遊んでいるから来いって誘っていたからさ、又、来るんじゃないかなそんな気がする」

 「そうかな、あいつどこか遠い所から来たような気がする」

 「栗柄峠の奥か」

 「ああ、そのまだ、奥」

 堀端にはいつもの子供たちがもう集まりかけていた。祐二は何時もギリギリにやって来るので皆、こんなに早く来ているとは思わなかった。昨夜の面々もちらほら見える。その内にCDを持った中学生の世話役の人が来て用意をしていたが、その内にいつもの音楽が鳴りだした。


 今日は祭りの本祭日である。大人たちは何かと忙しい日である。神輿が出たり、稚児行列があるというので皆落ち着かない。いつもは午前は宿題をして、午後は自由時間になっているが祭りの日は一日が丸々自由時間だ。朝から昨日の残りの散らし寿司を食べていると、電話が鳴った。まだ八時半だ。朝早くから誰だろう。

 「はい、斎藤酒造ですが・・・・・・。はい、ああ、これは先生、はい、おりますが祐二が何か、はい、そうですか。はい、分かりました。はい、失礼いたします」

 電話を取った母が怪訝な顔を向けて来た。

 「祐二、お前、昨夜、お寺で何か悪いことやって来たんじゃないだろうね。立花先生がお寺へ来てくれってさ」

 「えっ、何もやってないよ、本当だよ」

 「だって昨日の事だって言っておられたよ」

 「へ~、何だろう。僕たち肝試しに本堂まで往復してただけだからね」

 「じゃ、何で呼び出されるんよ」

 「う~ん、誰か落とし物でもしたかな、よく分からない・・・・・・。ああ、ひょっとして庄太の事かも」

 「庄太って」

 「昨夜、知らない子が一緒に遊びたいって入ってきたんだ。その子、よく分からないんだけど、ちょっと変わった子でね、どこの子だか分からないんだ。でも先生が何か覚えていそうだなんて言っておられたから、きっとそのことだよ」

 「そんなことなら良いんだけど、お寺の何かを壊したりしたら大変だからね」

 「そんなことしないよ」

 「じゃ、ご飯食べたら行っといで、午後は皆でお祭りに行くからね」

 「うむ、分かった」

 私は散らし寿司を掻き込むと“ごちそうさん”と流しに食器を運んで玄関を出た。そして、隣の玄関戸を開ける。

 「康雄いるか・・・・・・」

 奥の方で人の気配がした。薄暗い土間の奥から康雄が顔を出した。

 「うむ、祐ちゃん、何・・・・・・」

 「今さ、お寺の先生から電話があってね、来てくれって。康雄どうする」

 「う~ん、今日はお祭りへ行くんだよ、帰って来れるかな」

 「そんなにかからないよ、ちょっと聞いてみな」

 康雄の顔が引っ込んだ。暫くして靴を履いた康雄がまだ、口をもぐもぐしながら出てきた。

 「なんだ、ご飯たべていたんか」

 「ああ、でももう済んだ。先生なんだろうな」

 「昨日の庄太の事じゃないかな」

 「ああ、そうだ、先生何か知っておられるような感じしてたからね」

 ちょっと待ってと言った康雄が次に出てきた時は靴を履いている。揃って二人は自然駆け足になって寺に向かった。そう言えば昨夜同じこの道を駆けて帰ったな、まだ、そんなに時間が経っていない気がする。昨夜はどの家も遅かったのかまだ人通りは少ない。

 山門まで来て一息ついた。二人は暫く呼吸を整えると参道を入って行った。先生達の居宅がある庫裡は本堂の左の少し奥まった場所にある。一度、何かを届けに訪問したことがあった。でも今日は呼び出されての訪問で緊張する。大きな引き戸を開けて声をかけた。

 「お早うございます。斎藤です」

 奥の方で若い女の人の応じる声がした。先生の下の女の子で、高校二年生の聡美さんの声だ。聡美さんは自転車で通学する姿をよく見かける。先生には二人の子供がいて、上の男の子は今は京都に下宿して大学に通っている。聡美さんが正面の戸を開けて顔を出した。

 「お早うございます。斎藤です。先生に呼ばれたものですから・・・・・・」

 「あ~、はい、ちょっと待ってね」

 そう言うと奥へ入って話声がした。その後、かなりの時間を待たされた。どうしたんだろうと訝しく思っていると、やっと先生が顔を出された。先生は僧衣を着ておられた。どこかへお出かけなのかと不審に思った。手に焼香台を持っておられる。

 「あ~、待たせたな。早速に来てくれたが準備してなかったもので、待たせてしもうた。じゃ、行こうか」

 「えっ、先生どこへ・・・・・・」

 「あ~、説明しながら行こう」

 先生はそう言いながら草履をはいて降り立った。玄関を出るとスタスタと参道へ向かって歩いて行く。私たちは後を追って駆けた。横に並ぶと先生は言った。

 「実はな、夕べ調べたんじゃ。昨夜の庄太って少年の事、古い過去帳なんぞをな、それで分かったんじゃが、今から二十五年ほど前に出ておった。わしはまだ京都におって書いたのは先代じゃっが、そこに書かれておるのは八月の祭りの前日の日付だな。河原町のその子の家は今もあるが八上庄太って男の子が篠山川で溺れて亡くなったんじゃ。昨夜の庄太って子はその子に違いない」

 「先生、それじゃ、あの子は・・・・・・」

 「そうじゃ、盆の迎え火も炊いて貰えんで、淋しうなって皆の所へ遊びに来たんじゃな。これから庄太の墓へ参りに行く。二人もお参りするんじゃ。この後、庄太の実家へ行って盆の迎え祭りをちゃんとやるように話してくるでな」

 二人は話を聞きながら頭の先からつま先までが凍り付いてゆくのを感じた。歩く足も前へ運び難い。あれは庄太の亡霊だったんだと思うと体が強張って来る。庄太は亡霊だったから急に現れたり、いなくなったり出来たんだ。私は庄太の手を握っていたのを思い出していた。柔らかく暖かだった。亡霊なら冷たいはずなのにとてもそうとは思えない。しかも、ちゃんと話もしたし、草鞋のような履き物を履いていたが足もあった。しかもニコニコ笑っていて話に聞く薄気味悪い亡霊とはほど遠い。

 「せ、先生、庄太って、本当に死んでいたの・・・・・・」

 「そう言う事じゃな。人の霊は様々に現出する」

 「そん事はないよ、庄太は生きていた。だって・・・・・・」

 「八上庄太は確かに亡くなっている。君たちの見た庄太は幻だよ」

 「そんな・・・・・・皆、同じように見ていたんだよ」

 二人は泣きそうになりながら立ち止まった。気付いた先生が振り返って言った。

 「こっちじゃ」

 先生は左へ折れ墓地の方へ行く。その後を二人はとぼとぼとついて行った。昨夜とは違って朝の墓地には陽光が満ちている。お盆の参拝でどの墓にも新しい花が鮮やかだ。先生は山門に近い端っこの墓の列へ進んでゆく。その最も端の墓の前で立ち止まった。同時に立ち止まった康雄が一歩後ろへ後退った。私も半信半疑だったがその時、康雄が抜いてきた卒塔婆の墓がここだったことを確信した。しかし、先生はそのことは知らない。

 「それ、ここを見て見なさい。右から三番目に俗名八上庄太とある」

 先生の指さす墓記名の文字、確かに少し薄れているが読み取ることが出来る。もう二十五年も経っているとすれば僕たちが生まれるず~と前のことだ。

 先生は焼香台を墓前に置くと香を炊き始めた。懐から数珠を取り出すとそれを擦って音を立てた。そして、静かに経を読み始める。般若心経だ。私も、康雄もこのお経は聞き慣れている。知っている個所になると自然に口から唱和の声が出た。二回目に入ったところで先生は横に動いて私に合図をした。焼香せよという事だと気付いて墓前に腰を落とした。抹香を摘まんで焼香し手を合わせた。そして庄太に語り掛けた。

 “庄太よ、お前天国から遊びに来たんだってな、そうだったんだ、お前可愛いやつだったよな、今度出会っても僕は怖がったりしないで遊んでやるよ。いつでもおいで皆待ってるから・・・・・・”

 もう私の心の動揺は静まっていた。逆に清々しい気分になっている。康雄が変わって焼香の後長い時間手を合わせていた。康雄もきっと同じだろうと思った。そして、三度目の般若心経を一緒に唱和した。終わって先生は焼香台を取り上げながら聞いた。

 「どうだったかな、斎藤君たち」

 「はい、先生、ありがとうございました。お陰で何だかすっきりした気分になりました。なあ、康雄はどうだ」

 「ああ、俺は卒塔婆の事、謝っといた」

 「何の事だ」

 先生は康雄を見た。私は急いで言った。

 「先生、昨夜の肝試しで卒塔婆を歪めたのがいたから、それでなんだよ」

 「ああ、そうか。さあ、そんなら戻ろうか。八上の家へ行かにゃならん」

 先生が一礼して墓前を離れた後、私はもう一度墓前に手を合わせた。康雄も私を真似ている。参道まで戻って先生と別れた。別れ際、先生は念押しのように言った。

 「これでもう庄太が出てくることはないと思うが、もし、出てきたら、決して驚かず又、一緒に遊んでやってくれな、そして、先生に報告してくれ、良いな。あ~、それと出会わなくとも時々は庄太を思い出してやってくれ。それが一番の供養じゃでな」

 「はい、分かりました。今度は川原で遊ぼうって誘っておいたから、来たら仲良くします」

 「ああ、頼んだよ」

 私たちは又、駆け足になって家路を急いだ。駆けながら康雄に話しかけた。

「毎年、お盆には庄太の墓参りをしような康雄」

「ああ、そうしよう」

昼からはお祭りへ行く。私たちの足は軽やかだった。


 「と言う分けで肝試しの一節はお終いでござ~い」

 私は話し終えて皆を見回した。

 「どうだ、江藤」

 私は江藤の顔色を見た。東京育ちの彼には肝試しの話は無縁なのではと思ったからだ。

 「あ~、何だか現実離れして、ぴんと来なかったな、でも話としては面白かったよ」

 「そうか、吉岡君なんか、似たような話があるじゃないか」

 「う~む、うちらでは子供の頃の恐怖と言えば夏より冬のなまはげだな、でも、今の話は在り得る話だよ。きっと、庄太は実家で迎えをしてもらえないから行き場を失って皆と遊ぶしかなかったんだ。実家でも必ず盆の先祖迎えはやっているよ」

 私と真田さんは大きく頷いている。残りのビールを煽った中村が言った。

 「俺も江藤と同じだな、輪島って田舎町だけど友達って近所に少なくて、遊びは同級生の所へ行っていたな。今も交流がある者もいるよ」

 「あ~俺も同じだ」

 江藤が相槌を打った。私は気になっていた真田さんの感想を聞きたくなった。

 「真田さん、気味悪かったでしょう」

 「ええ、最後が少し気味悪かったけど、興味深々だった。だけど斎藤さん、この話って本当の事なんでしょう。作り話じゃないわね」

 「そうだよ、すべて実際に起こったことだった。もう十年以上も昔の話だけどね。先生は今もご健在だし、帰郷したら必ず庄太の墓参りに行って、その足でご挨拶に行くんだから。何年か前までその後、庄太には出会わないかって聞かれたものだよ」

 「へ~、面白そう。私、興味あるなあこんな世界。行って見たくなっちゃいそう。篠山へ」

 真田香里は眼をキラキラさせながら笑いかけてきた。私は話が終わった時が今夜のお開きのタイミングだと思っていたので、その機会を伺って腕時計を見た。時計の針は十時を回っている。周りを見回しても人影が少なくなって夜風が涼しく感じられる。

 「俺の話で少しは涼しくなっただろう。実際風も涼しくなってきたし、そろそろお開きにしようじゃないか、なあ」

 どこからともなく賛同の声が聞こえる。

 「真田さん、済まないけど、会計してきてくれない。ついでの五人で割って幾らになるかも」

 「ええ、いいわ」

 真田さんが席を立って行く。あとに残った四人は揃って残ったビールジョッキーの残りを煽っている。四人の沈黙の時間が過ぎた。漸く真田さんが帰ってきて皆に言った。

 「はい、一人千八百円出して頂戴、後でおつりは渡すからね」

 全員が同時に立ち上がって夫々の財布に手をかけた。千円札が二枚ずつ一斉に差し出される。それを受け取りながら器用に数えながら束ねて行く。そして、自分のバッグから財布を取り出して札束に二枚の千円を加えるとレジへ向かった。

 残った四人は夫々に帰り支度を始める。終わった者から席を離れて出口へ向かう。戻ってきた真田さんが残った者へ二枚の百円硬貨を渡し、出口へ向かった者を追いかけては渡している。私はそれを見ながら席に立って待った。そして、最後に戻ってきた真田さんから百円硬貨を二枚受け取った。

 「ありがとう。いつも済まないね」

 「いいのよ」

 三人は階下へ通ずる出口へ消えて行くところだった。残った私は忘れものがないか、座席を確認した。真田さんはバッグを下げてそんな私を待った。いつも五人が集まれば最後の始末は私と真田さんの仕事になっている。

 「じゃ、行こうか」

 私が真田さんを促した時、彼女はにっこり笑って言った。

 「ねえ、斎藤さん、真剣な話、私、この夏休み篠山へ行っちゃいけない?」

 「えっ、そ、それって僕の家へか」

 「そうじゃなくて、篠山って町を見て見たいのよ。宿屋とかホテルはあるでしょう。あなたのお家には迷惑はかけないわ。でも、町案内してくれなきゃ」

 「そ、そりゃいいけど、来るんならホテルなんかに泊められないよ、部屋いっぱいあるのにさ。それより、上田へは帰らないで良いのか。ご両親が心配するぞ」

 「そんなら・・・・・・斎藤さんが東京へ帰る時に私を長野へ送ってくれるとか。そこで私が上田を案内してお相子にすればいいんじゃない」

 「なんか妙だな、まるで互いの両親にフィアンセを紹介するみたいだ」

 「そうなればうれしいんだけど・・・・・・」

 「本気か!」

 私の心臓は高鳴っている。まさか、こんな所で告白めいたことを聞かされるとは、私は明確な返事を避けるように出口に向かった。皆に感付かれるとまずいと思ったからだ。それを追いかける香里の手が僕の腕に絡んできた。   (完)

                                      

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る