第27話 玲瓏 上

「き、奇遇ね。久しぶり」

 私は引きつりながらも、笑顔で挨拶する。

 玲瓏は従兄弟たちの中の一番末っ子で、とっても人当たりの良いなつっこい性格ではあるけれど、一番、やっかいなやつである。

 晦冥いわく、兄弟で一番、陛下に似ているらしいし、実際、見た目ほど、人に気を許したりは全然していないところがある。物事の考え方も、冷静かつ冷酷なところもあり、腹が読めない。

 もちろん、晦冥のことを実際には全く分かっていなかったことも考えると、見当違いな思い込みの可能性もあるけれど。

「やっぱり地上界にいらしていたんですね。捜しに来て正解でした」

「えっと。私、天界に戻る気はないんだけど」

 私は辺りを見回す。周囲に人はいない。

 逃走経路を必死で探す。

 もちろん、玲瓏相手なら、私の魔力のが多少上回る自信はあるけれど、できるだけ穏便にすませたい。

「やだなあ、連れ戻しに来たと思ったんですか?」

 にっこりと玲瓏は微笑む。

 えっと。その可愛らしい笑みが怖いのはなぜだろう。

「違うの?」

「もちろん。僕がもみじさんの嫌がることをするわけないじゃないですか。僕はもみじさんが大好きだって言ったでしょ?」

「じゃあ、見なかったことにしてくれる?」

 私はニコリと笑いを浮かべて見せた。

「はい。もちろん、誰にも言いませんよ? ただし、もみじさんに僕のことをもっと知ってもらおうかな―とは思っているけど」

 うん。なんか危険な気がする。

「ごめん、私、忙しいから、またね」

 踵を返そうとしたら、腕をつかまれた。

「えっと。連れて帰りはしませんが、逃がしませんよ?」

 笑顔の玲瓏。

「兄上の様子がおかしいと思ったから、絶対にこっちでもみじさんに会っているって気がしたんだ」

「……何のことかしら」

「僕だって、もみじさんの事大好きだから、僕を選んで欲しい」

 玲瓏の目が真剣な光を帯びる。

「あのさ。別に私じゃなくてもいいじゃない? 玉座につきたいなら、止めないわ。むしろ応援するから」

 たぶん、だけれど。三人の中で、もっとも玉座が遠いのは玲瓏だ。

 光華こうかはなんといっても、長男だし、頭脳明晰だ。魔力がやや劣るという難点はあるけれど、それは三人の中でというだけであって、玉座について問題ないだけの力は持っている。

 次男の晦冥は、魔力は三人の中で一番高い実力者だ。ふらふらしているけど、実際にはしっかりしていて思慮深い。もっとも、本人は玉座に興味はないらしいけど。

 玲瓏は、末弟だ。もちろん、能力的に劣るわけでないけれど、どうしたって、上の二人の方が先に候補にあがるだろう。

 もっとも実際には、なんと姪の私を指名されたのではあるけれど。

「玉座は、もみじさんのものですよ?」

「いや、いらないし」

 私は思いっきり首を振る。

「だいたい、私につとまるわけないじゃない。魔力は確かに高いけれど、それだけよ?」

「もみじさんは、人望があるんです」

 にっこりと玲瓏は笑う。

「人望だけで言うなら、玲瓏だって私と同程度以上にあるはずよ? まったく。陛下にも困ったものだわ」

 私は肩をすくめた。

「私に玉座を継がせて、息子から婿を選ばせるって、それは酷いと思うの。最初から、三人の誰に継がせるか、陛下が決めるべきだわ」

「……でも、そうなったとしても、玉座の隣にはもみじさんが座ることになると思うんだけど?」

 玲瓏が首をかしげる。

「なんで?」

「わかりませんか? もみじさんの『力』は治世への脅威でもあるんです。もみじさんは権力の真ん中に置いておいた方が、世の安定につながります」

 玲瓏の指摘に、私は驚く。私の魔力が脅威と言われるとは思わなかった。

「私、いたって平穏に生きていきたいだけのひとよ。心配なら地上いるから、天界に迷惑かけることも少ないと思うの」

「そんなに玉座は嫌ですか?」

「嫌っていうより、無理よ。私、すっごく自分勝手だし。頭もよくないし」

 私は肩をすくめた。

「ふむ」

 玲瓏は、私をじっと見つめて、頷く。

「つまり、もみじさんをとるなら、玉座を放棄した方が良いというわけですね」

「は?」

「わかりました。僕も男です。玉座は放棄します。玉座より、もみじさんがいい」

 玲瓏が私の手を握り締める。

 ごめん。話がついていけてない。何がわかったのだろう。

「とりあえず、僕の地上の屋敷においでになりませんか?」

「地上の屋敷?」

「僕は、晦冥兄上と違い、きちんとした寝床がないと安心できないので、この京に屋敷を一つ作りました」

 しれっと、すごいことを言い放つ玲瓏。

 もちろん、私も魔力を使って家を建てることは一応可能だと思うけれど、田舎ならともかく、京は人の目があるから、そんなことをしたらいろいろ面倒がおこりそうな気がする。

 でも、玲瓏のことだ。京の町はずれにポツンと建てた屋敷ってことはないのだろうな、と思う。

 実際。

 玲瓏に連れていかれた先は、貴族屋敷の立ち並ぶ一角の大きな屋敷の前であった。


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