第26話 京
川沿いに開かれている市場は、人で賑わっている。
「五平餅、いりませんか?」
私はむしろに座ったまま、声をあげた。
京の都には人がたくさんいると聞いてはいたけれど、本当にめまいがするほどだ。
大きな空き地に、たくさんの人が品を並べ、次から次へと買い物客が訪れる。売り子の声があちこちに響いていて、活気にあふれていた。
太陽の日差しが眩しくなりつつある。こうして日差しの中にいると、汗ばむようになってきた。新緑の若葉の色が柔らかい。
「すみません、これ、ください」
「はい。まいどありがとうございます!」
こんがりと焼けた五平餅を竹の皮で包んで渡す。
「もみじちゃん、今日はこれで終わりだね」
伍平さんが空っぽになった皿を指をさした。
「はい! 帰りましょう!」
私は後片付けを始めた。
田沢の事件の後。私は晦冥に言われたとおり、伍平夫婦の家に戻り、京へのぼることを提案した。
事件については、田沢が鬼だったこと。食べられそうになったことを話した。逃げるときに、思いっきり抵抗したから、鬼を倒してしまったかもしれないことも。
実際には、しまったかも、じゃなくて、倒した、が正しいし、途中の岩鬼の話とか随分端折った展開ではある。私は鬼に襲われたところを命からがら逃げてきたわけではなく、積極的に鬼を倒しに行ったのではあるけれど、そのあたりを正確に話すとややこしくなる。ここは、奇跡的に逃げ延びたということにしておいた方が、わかりやすいし、話が早いのだ。
そのことで、私に追っ手がかかる可能性、伍平夫婦に迷惑がかかる可能性なども順を追って説明した。私のことを『知らぬ、存ぜぬ』で通せば、一緒に逃げる必要はないのだけど、とも説明したが、人の好い伍平夫婦は私と一緒に京へ行くことを承知してくれた。
嫁入りの時に田沢が持ってきたものの一部を売ったりしてまとまった金を作り、田んぼは弥彦夫婦に任せることにした。
例の減らない米びつは持っていくことにしたけれど、また戻ってくる可能性も考えて、基本的なものはそのまま置いていくことにした。
村長にも、正直に事情を話した。嫁ぎ先が鬼だったって、話して信じてもらえないと思ったけれど、意外と簡単に信じてくれた。話によると、もともと悪い噂は少しずつ流れていたらしい。ただ、田沢が怖くて、誰も口に出せなかったようだ。
私と伍平夫婦は、京へとのぼった。京については、事前に弥彦に話を聞いていたので、思ったより簡単に家を借りられた。
仕事については、市場でものを商ってみたらどうかと思って、五平餅を売り始めたのだけど、これがとても売れる!
みんな食べたことのない味だし、そのままでも食べられるし、家に持って帰ってあぶり直したらなお美味しい! もちろん、技術的にはそれほど難しいものではないので、すぐ真似をする人たちが現れたんだけれど、伍平さんの味はなかなか出せないみたい。
そもそも、味付けに使う味噌がタミさん特性なのだから、同じ味にするのは至難の業だ。
京に来てわかったのだけど、伍平夫婦の料理って、材料こそ平凡で高級ってわけではないけれど、かなり美味しい。私はそこいらのお貴族さまより、美味しいものをいただいているのではないかと思っている。
だから市場で、五平餅が大人気になっても当然。
五平餅だけでなく、青菜の漬物なども売っているけど、そちらも好評だ。おかげで思ったより、京での生活は、豊かなものになっている。
住んでいる家は、借家で小さいけれど、少しだけ板間もある。本当言うと、畑とかできるといいなあって思うので、もう少しだけ町はずれに引っ越してみるのもいいかもしれない。
今住んでいるのは、市場からほど近い貴族の蔵が立ち並ぶ一角。人通りがかなりあって、昼間は騒々しい。賃料が安いと弥彦に教えられたから、ここを借りたんだけど、もう少しに町はずれの方がいいかもしれない。貴族の蔵のそばって、治安がちょっと心配だよね。盗賊が多いって聞くから。
あと人口密集地でもあるので、火事とかも怖い。
とはいえ、ちょっと町から外れると、野犬やあやかしがよく出たりするらしい。一長一短だ。
「お帰り。もみじちゃん」
家に帰ると、タミが台所で魚を調理していた。良い魚が買えたらしい。
「わわっ。美味しそう」
魚は塩をふって、焼いて食べるのが基本。京は海から遠いので、魚はもっぱら川魚。
「少し休んでからでいいけど、お水を汲んできておいて」
「はーい」
タミに言われて、私は水桶を手に共同の井戸へ行く。
もちろん米びつのように減らない水がめも作ることは可能だけれど、水だとさすがに伍平夫婦に気づかれてしまう。
ここは周囲にも人が多いし、あまり目立つようなことはしたくない。
井戸の釣瓶に手をかけて、私は水をくみ上げる。
早めに帰ってこれたので、まだまだ日は高い。
私は水桶を手に持ちながら、ふらふらと部屋の中へと運ぶ。
もちろん重労働だから、少しだけ魔術を使って、運ぶ回数を減らしたりしてはいる。ずるいとは思うけど、ちょっとくらいは許されるはず。
水がめに水を満たし終わると、私は大きく伸びをした。
「ちょっと、お参りに行ってきます」
タミに声を掛け、私は通りへと出た。
通りを抜けた先にある、小さな社は、第六天神社。つまり、陛下を祀っている神社である。
特に何があるわけでもないんだけれど、他の場所より天界とのつながりが強いので、ここにくるとほんの少しだけ力が回復するのが早い。
もちろん、つながりが強いからこそ、危険な場所でもあるって、承知はしていたはずなんだけれども。
「もみじさん?」
拝殿で手を合わせようとしたら、後ろから声を掛けられた。
懐かしい、声だ。
「
振り返ると、なつっこい顔をした玲瓏が、そこに立っていた。
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