第25話 嫁入り 四
田沢の屋敷は大騒ぎとなったようだ。町の入り口の神社にいても、それが伝わってくる。ただ、肝心の家主が死んでいるのだから、外に私兵を派遣するような迅速な行動が行われるようなことはないだろう。
あれだけど派手な魔術をぶちかましたこともあり、晦冥は、さすがにしんどいらしい。私も晦冥を支えて飛んだことで、若干疲れた。というわけで、神社の祠の中で、灯りもつけずに二人して並んで横になっている。細い月の光がのぼってきて、わずかにものの形がわかる程度の闇だ。これだけ疲れているのに、すぐに眠りに落ちないのは、まだ、どこか興奮しているからだろう。
なんにしても、今の月齢でなんとかなったのは、二人だったからだ。私一人だったら、鬼たちを倒せたとしても、ここまで逃げてくることはできなかった。本当に晦冥がいてくれてよかったと思う。晦冥の優しさに甘えてばかりで、申しわけないとは思うけれど。
「これから先、どうなるのかしら」
私は町の方角に目をやる。
「さあな。まあ、田沢の親類で出来の良い奴がいれば、これ幸いと後釜に座るんじゃないか?」
「そうねえ」
二人が鬼の姿で死んでいるのだから、私が殺害の犯人として追われる可能性は低い。なんと言っても、蔵には白骨が山ほどあったのだ。周囲の者も鬼なら話は別だが、そうでないなら、大問題となるだろう。ただ、私も『鬼』扱いされちゃう可能性もないわけじゃない。
昨日まで隣にいた人間が『鬼』だったと思うよりは、私が『鬼』で、そのせいでこんなふうになってしまったって、考える方が気楽かもしれない。
いい迷惑だけど。
「まだ、天界に帰らないのか?」
「うん」
真っ暗な天井を見上げながら答える。
今回の事件は嫌なことばかりだったけれど、地上が嫌いになったわけじゃない。それに、次期第六天魔王になりたくない気持ちは、変わらないのだ。王はやっぱり、三人の従兄弟の誰かが継ぐべきだと思う。私には向いていない。
嫁入りの件に関しても、もう少し保留したいと思う。結果として嫁ぐにしても、三人の中で消去法で選ぶのでは無くて、本当にその人だけだと思って、嫁ぎたい。心は既にだいぶ傾いている気はするけれど、まだ、自分に答えを出せていない。
「俺はいったん、戻る」
「うん」
「戻らないと、お前と会っていたのがわかっちまうからな」
晦冥は、鼻をかいた。
晦冥はもともと天界と地上界を行き来していたから、こちらに来ていることは不自然ではない。それでも、ずっと戻らなければ皆が心配もするだろうし、不審にも思うだろう。
「こっちに残るなら、お前はあの夫婦と一緒に都に行け」
「都?」
私は首を傾げた。
「今回の件で、とばっちりが来ない保証はない。都に出れば、人の数が多いから誰も探せない」
「ああ、なるほど」
もし、今回の件で田沢の家が私を問題視した場合、当然、居所のわかっている伍平夫婦にとばっちりが行く可能性はある。
「伍平さんたちに迷惑はかけられない」
本当にいい人たちなのだ。私のせいで酷い目にあったりしてほしくない。
「どうしても村を出たくないと言ったら、何があっても、知らなかった、お前に騙されたと言うように言い含めてから、お前は都へ行け」
「うん」
私が伍平さんたちと一緒にあの村に住んでいたら、言い訳が出来なくなる。もちろん、その場で逃げることもできるけど、月齢によっては全然、自分一人の力でどうにもならないってことを、私は学んだ。私はもう、あののどかな里で生活することを諦めないといけない。
「田沢の話を受けた時に覚悟はしていたけれど、やっぱり悲しいな。私、あの家が好きだった」
決して豊かではないけれど、暖かだった。
「私ね、伍平さんたちのこと、本当に大好きなんだ」
晦冥に言うことでもないけれど、心からそう思う。
「両親を小さいころに亡くしているでしょ? そりゃあ、陛下にはよくしていただいて、ひもじい想いをしたことなんてなかったし、別段、孤独だったわけでもないと思う。だから、自分が不幸だったなんて思っていない。でもね。私、伍平さんたちといると、心が温かくなって、幸せなんだ」
「そうか」
闇の中で晦冥が静かに私を見つめている。
胸がどきりと音を立てた。
「お前も俺も、生まれた時から玉座に近いって言われてたからな。大切にはされたけれど、そこにいるだけで存在を肯定されていたわけじゃない。あの夫婦は、お前が何者かをまったく知らないで、それでもお前を大事にしてくれたのだな」
そうかもしれない。だから、私は嬉しかったんだ。
「晦冥が私の従兄って知ったら、きっと晦冥のことも大事にしてくれると思う」
「そうだな」
晦冥は頷いた。
「息子たちを本気で争わせようとする親父と違う」
晦冥の目は天井、いや、その向こうを見ているようにじっと上を向いている。
「……それは、玉座のこと?」
「鈍いな。お前のことだ」
晦冥の手が私の頬にのびた。
「いいか。玉座関係なしに、俺はお前を嫁にする。二人がどこまでお前に本気かは知らんが、玉座放棄したからって簡単にお前を諦めたりはしないだろう。」
「そうかな?」
どうにも、ピンとこない。三人とも天界の宮廷では人気があったらから、どんな美女も選り取り見取りって感じなのに。晦冥の気持ちは胸の中で受け止めつつあるけれど、他の二人は、どう考えても本気とは思えない。
「そうだ。そして俺たちが競い合っているのを、親父はどちらかといえば、面白がってみている」
「そうだとしたら、酷いわ」
でも。言われてみれば、そういうところのある人だ。なんでも遊びのようにしてしまう。そもそも、大事な跡継ぎを『私』にしてしまうということ自体が、ふざけてる。
地上では、第六天魔王は、願いを叶えてくれる『神』でありながらも、人を惑わす『邪悪』なものとしても恐れられているそうだ。
実際、天界の王が地上にそれほど影響を及ぼすことはないとはいえ、ある意味、的を得ているとも思う。
「言っておくが、お前、自分が思っているよりもいい女だからな。もう少し自覚を持て」
「ありがとう」
晦冥の指が私の唇をなぞる。
思わず恥ずかしくなって、私はその指をつかんで止めた。
そのことで、手が触れ合ってしまった気づき、動悸が激しくなる。
私は慌てて起き上がり、顔をそむけた。
「すぐ、戻ってくる。これを」
晦冥は私の手に、小さな硬いものを握らせた。
「何?」
手のひらを開くと、黒い金属があった。
「鈴だ。何かあったら鳴らせ。地上にいれば、すぐに行く」
「何かあったら?」
「何もなくても。俺に会いたいと思えば、いつだって」
暗闇の中で見えない晦冥の顔が、何となく真っ赤に火照っているような気がした。
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