第24話 嫁入り 三
日が暮れてから、晦冥に背負ってもらって、田沢の家の前までやってきた。
私の
屋敷には田沢の私兵も住んでいたりするので、慎重に侵入する。
月齢的にも月が昇ってくるのが遅いこともあって、空は暗い。これは、私的に幸か不幸か、判断つけかねるけど。
私と晦冥はふわりと飛んで、屋敷の屋根に乗った。
屋根は檜皮葺。そっと足をおろして、蔵の入り口の見える位置で様子をうかがう。
人形はこのまま放置されるのか。それとも、いわゆる普通に『初夜』を迎えるのか。はたまた、骨になるような目にあわされるのか。
どの結果でも、見届けるのはちょっと嫌と言えば、嫌なんだけれども。
蔵への入り口に人が現れたのは、かなり夜も更けてからのことだった。
現れたのは、一人ではなかった。二人だ。田沢と、もう一人は女性のようである。使用人のようには見えない。田沢の妻だろうか。
「新婚初夜に、女連れか?」
「でも介抱するって可能性もないわけじゃないわ」
口に出しては、そう言ったものの内心は、その可能性は全くないと思った。
介抱する気があるなら、蔵に入れてすぐにすべきだし、何も妻がする事はない。田沢の屋敷には数多くの使用人がいるのだ。よほど面倒見の良いひとならともかく、私なら妾の看病とかしたくない。
二人は蔵の中に入って行き、戸板をしっかりとしめた。
蔵への入り口は一つだけ。中の様子をうかがえそうなのは、小さな明かりとりの窓が天井近くにあるのみだ。
「どうする?」
私は晦冥の口を指で制した。
人形と意識を通じあわせ、耳を澄ます。
「思ったより、魔力が低い感じだねえ」
「しかたあるまい。かなり生気を失っておるから」
「やっぱりおこぼれより、ありのままをご馳走になりたいねエ」
「それはそうだが、これが一番、後腐れがなくて良い」
私は意識をこちらに戻す。どう考えても、不穏な会話。
「なんか、嫌な雰囲気。『介抱』に来たとはとても思えないわ」
晦冥がふと眉根をよせた。
「いやな気配が漂ってる」
言われてみれば、肌がチリチリとする。わずかながら『力あるもの』の気配がした。
「突入するわ」
「ああ」
私はふわりと地面に着地する。
入口の戸は簡単に開いた。
高燈台の明かりがゆらりとゆれている。薄暗い中に立つ二人の人影。いや、人のような影、と言うべきだろうか。
二人の頭には、角がある。大きな口元には鋭い牙が映えていた。どうみても鬼だ。しかし、鬼は先ほど田沢たちが着ていたものを身にまとっている。
戸が開いたのは、田沢だったと思われる方の鬼が、大きな斧を振り下ろすところだったようだ。彼の足元には、横たわった私の人形。
女の方の鬼は、舌なめずりをしながらそれを見守っていた。
鬼たちが私たちに気づく前に、斧の刃が私の人形に突き立つ。
人形の術が切れて、はらりと髪の毛が床に落ちる。そして、斧は石を二つに割いた。
「残念だったわね。何をしようとしていたのかしら?」
私は、意地悪く声を掛ける。
「おまえは!」
田沢が私を見て、驚きの表情を浮かべた。彼が手にかけようとしていた私の姿は、石くれに変わっている。
「そうよ。あなたの
にやりと私は口の端をあげる。
「岩鬼だけじゃなく、あなたたちも、鬼だったとはね」
「何者だ」
田沢は、私の方を見て、斧を構えなおす。
「伍平夫婦の養い子に決まっているでしょ」
言いつつ、私は間合いを計る。天地の気の交わりから生じた雪女とは違う。明らかに地獄界の香りのする、それでいて地獄界のものではない気配だ。
「もみじ、油断するな」
晦冥が私に注意を促す。
「ふん。いいじゃないか、あんた。死にぞこないの木偶人間を喰らうより、よほど旨そうよ」
くつくつと女の方が嗤う。
女の白い指先には、鋭い爪がのびている。漂う気配は田沢のものより濃い。
「岩鬼に脅されて贄を出していただけなら、同情もしたけれど、あなたたち、贄を喰らっていたのね?」
私は確認する。二人は答えない。
「それに、それ以外にも人を喰らっている。あれだけの人骨があるのだから、贄だけじゃないんでしょ?」
「だとしたら、どうだというのかね?」
「さあ。どうしようかしら」
私はたん、と地面を踏みならす。
床からしゅるしゅると草がのびはじめた。
「つかまえて」
こいつらは、おそらく『岩鬼』の『気』をあびて、あやかしと化している。つまり、『岩鬼』と同種のものだろう。つまり、植物系に非常に弱いはずだ。
「ぐおぉぉぉ」
田村が斧を振り回し、女の方が爪で私の葛の蔦を切り裂こうと必死だ。私は容赦なく蔦をのばし、二人をからめとっていく。月齢的にかなり厳しい状態ではあるが、こいつらは、岩鬼より弱い。
「これでおとなしく悪さをやめてくれれば、楽なんだけど」
憤怒の顔を見せる鬼たちを蔦で縛り上げ、私は思案する。
この二人は、もともとが人間のようだから、岩鬼のように地獄に返すわけにもいかない。かといって、このまま放置しては意味がない。どこかに封じておくほうがいいのかもしれないが、どうしよう。
「甘ぇよ、もみじ」
私の迷いを見た、晦冥が私の前に立った。
「おそらくこいつらは、力を維持するために人肉を喰らってきた。そして、喰らえば喰らうほど、人間ではなくなっていく」
つまりは、彼らは人を喰らい続けるしかないってことなんだ、と晦冥が続ける。改心なんかできっこないのだ。
「月光よ」
晦冥の低い声が響く。
「輝け」
まばゆい光が辺りに満ちた。街全てが真昼になってしまったかのようになる。
「や、やめろっ」
田沢がかすれた声を出す。
「やだね。そもそも、俺の嫁に手を出そうとした奴に、かける情けなどない」
パチン。
晦冥が指を鳴らすと、鬼の絶叫をあげた。
月の光に焼かれ、二人の鬼がどんどんと干からびていく。
圧倒的な強さ。そして容赦のなさに、私は呆然となった。
「すごい」
もちろん、晦冥のやっていることは間違っていない。この鬼たちは、放置しておいたら、人を喰らい続けるだろう。封じておけば一時的に害は避けられるけれど、封印はいつか解かれる可能性がある。滅するのは当然なのだ。決断を迷った私の方が悪い。
でも。
光が消え、息絶えて干からびた鬼たちは床に転がると、晦冥の身体がぐらりと傾いだ。
「やっぱり」
いくら魔力の強さが、天界で一番といっていい晦冥でも、今の月齢でこれだけの力は無茶だ。限界ではないにしろ、かなりキツイに違いない。
私は晦冥の身体を抱え、蔵から外に出た。
「やりすぎよ。早くここを離れないと」
「……そうだな」
今の術の光を不審に思って、ここに人が来ると色々とややこしい。
鬼二人の死体があるので、殺人よばわりされることはないだろうけれど、田沢とその妻が鬼だったとか説明するのも面倒だ。
私たちは、ふわりと夜の闇の中へと浮き上がる。
様子を見に来た使用人が、蔵の前で絶叫し、大騒ぎになりつつあった。
「無理しすぎよ」
夜の闇を飛びながらつい、不満を漏らす。必要だったのはわかるけど、身体が壊れてしまう。
「とりあえず、殲滅はやめておいた」
体力的にはかなりきついだろうに、晦冥はにやりと私に笑いかけた。
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