第23話 嫁入り 二
折り重なるように置かれているのは、かなり大きい動物の骨だ。
小鳥とかではないだろう。ひとつひとつが大きい。バラバラだから、どこの骨かはわからない。
骨だけで、肉片などはない。相当に古いものか、骨だけ取り出したのか判別はつかない。
なんというか。嫌な予感でいっぱいになる。
あまりやりたくないけれど、私は骨を調べ始めた。見たくないけど、半分に割れた頭蓋骨を見つけて、さすがに震える。
人だ。間違いない。この頭の大きさは、猿ではない。こんな形の頭蓋骨を持つのは、人しか考えられない。
骨には細かい傷がついている。
まさか、と思い、積まれていた木箱を下ろし、箱を開く。
案の定だ。
そこにあったのは、骨だった。それも無造作に詰め込まれたいくつかの骨。全部が人間のものとは限らないにせよ、すごい数だ。
さすがに気持ちが悪くなってくる。
私は木箱を元に戻すと、人形から離れた。
優しい鳥の鳴き声が聞こえてくる。やわらかな風を肌に感じた。
心配そうな晦冥の顔。
四肢に感覚を戻し、大きく息をする。清浄な空気に心が落ち着いてきた。
「もどったのか?」
「うん」
私は寝ころんだまま、返事をする。まだ、心がざわざわしていた。
私の予想をかなり超えていて、たいていのものは平気だと思っていたけれど、ちょっと衝撃的すぎた。
「何か、顔色、悪いぞ」
晦冥の指が、私の頬に触れる。
「うん」
私は素直に頷く。意地を張る気分にもなれない。
私はのばされた晦冥の手に手を重ねた。自分のものでない体温に、心が落ち着いてくる。
「何があった?」
「人骨」
「え?」
晦冥の問いに答えながら、あのたくさんの骨の意味を考える。
頭蓋骨がいくつもみえたから、一人、二人の話ではないだろう。全部が人の骨でないにせよ、相当な量だ。どこから運んできたのか、あれをどうする気なのか、全く想像もできない。
「ねえ。晦冥」
「なんだ?」
私が見ただけでも、かなりの人数。もし、積み上げられた木箱全てに同じものが入っているとすれば、相当なものだ。あの骨、贄と無関係とは思えない。
「田沢は、今まで何人の嫁を貰って、今、何人の妻がいるのかしら?」
「どういう意味だ? 今、屋敷にいるのは、一人だけだったと思うが」
晦冥が首を傾げる。
「相当な数の人間の骨があったの。たぶん、私が確認した以上にあると思う」
私はゆっくりと身を起こし、見たものを詳しく説明する。
「少なくとも、何年間に一度、贄を差し出していたわけでしょ? そのあと妻にしたのなら、妻はもっといてもいいんじゃないかしら?」
「……そうだな」
逃亡したり、離縁されたりしていないとも言い切れないけれど。
「もちろん、魔力を吸われて、そのまま亡くなることもあるかもしれない。でも、埋葬くらいしてもいいわよね?」
墓標を立てて、拝めとはいわないけど、墓穴掘って埋めるくらいのことはしてもいいんじゃないだろうか。
「あれが誰の骨にせよ、たとえ自然死にしたって、普通じゃないわ」
それに。ほぼ意識のない『嫁』をあんな場所に寝かせて閉じ込めておくなんて、どういうつもりなんだろう。死ぬまで、放置するつもりだったのだろうか。
「ひょっとしたら、地獄の岩鬼の『気』に当たったことで『あやかし』になっちまった可能性があるな」
晦冥は顎に手を当てて考え込む。
「詳しくはわからんが、岩鬼はああみえて、地獄界のかなり高位のやつだ。力のある人間が『気』を受けて『変化』する可能性は、無いわけじゃない」
「変化?」
私は驚いた。それは考えてなかった。
「つまり、人間じゃなくなったってこと?」
田沢の気配は一応、人間だったような気がする。もちろん、あえて気配を隠している可能性はないわけではない。
「ああ。普通の人間の場合、地獄界の『気』にさらされれば、体調を崩して、病気になることがほとんどだ。それでも時がたち、影響が抜ければ回復する。ただ、力ある人間の場合、『気』を異物とみなさず、取り込んでしまう。その場合、ゆっくりとだが、『人』でないものになっていく」
もしそうなら。贄を求める『岩鬼』よりたちが悪いかもしれない。
雪女のように自然の中から生まれる『あやかし』と違って、異界の影響を受けた『あやかし』は、通常の状態で力を維持するのが難しいのだ。かなり無茶なことをしている可能性がある。
「なんにせよ。そんな話なら、早々に侵入して、とっちめたほうが良さそうだ」
晦冥は大きくため息をつく。
「比喩でも絶対に嫌だが、文字通りお前の人形が喰われたりしたら、あれくらいの町、殲滅させたくなるかもしれん」
「……殲滅は、やめて」
思わず苦笑する。
気持ちはすごくうれしいんだけど、どうして、そこまで発言が物騒なんだろう。実際の晦冥は、思慮深くて、優しいのに。こういう発言するから、周囲の評価が、能力のわりに低いのだと思う。
「いや、真面目な話、俺、自制する自信が全く無いから」
怒ったように、晦冥はぷいと横を向く。まるで、いたずらっ子のようだ。
「ありがとう」
私は晦冥の手を握りしめる。
「大丈夫。何をされても、それは『人形』。私じゃない。私は簡単にやられはしないわ」
「相変わらず、お前は強気だなあ」
強気、ではない。晦冥が助けてくれるって信じているから、安心しているのだ。
でも、それを素直に口にすることは、まだできなくて。
私は、にこりと笑って見せた。
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