第22話 嫁入り 一

 私の人形を輿にのせ、田沢たちは、ゆっくりと街へと向かう。

 月齢的に、力を温存したいのは、私も晦冥も同じ。というわけで、私は晦冥に背負われた状態で、田沢たちのあとをつける。

 非常に申し訳ないし、恥ずかしいけど、足を怪我してしまったから仕方ない。

 一行は、今度は寄り道をせずに屋敷へと向かった。

 それにしても、途中で一度も『私』の様子を見ないって、何事?

 意識がない状態なら、少しは気にかけてほしいと思う。少なくとも、『花嫁』って本気で思っているなら、様子みるくらいの愛情は持っていてほしかった。

 結局、魔力だけ持っていれば、良かったことだ。

 手口が強引だったから、私のことを思ってくれているとは全く思ってなかったけれど、あきれるし、がっかりである。

 明るいうちに町に入ると、いろいろ面倒なので、私は町の入り口近くにある神社の祠に隠れている。

 それほど広くないけど、歩くとまだ足が痛いし、晦冥にずっと背負わせておくのも申し訳ないから、しかたない。

「もみじ」

 玉砂利をふみながら、晦冥が戻ってきた。

「おかえりなさい」

「ほい。食い物」

 晦冥が干し柿と焼いた魚を取り出す。お腹がぐぅってなった。

「わっ。ありがとう」

 そういえば、昨日、タミのくれた五平餅食べたのが最後で、ずっと何も食べてなかったっけ。

「市で買ってきてくれたの?」

「ああ。魚は、川でとってきたやつだけど」

「晦冥が?」

「ああ。俺も腹が減ったし。あんまり、地上界こっちの金を持ってない。焼いて先に俺は食ってきた。全部食べていいぞ」

「ありがとう」

 私は、焼いた魚を受け取った。

「そうか。そうだよね。私も地上界こっちのお金は持ってなくてごめん」

 この前の時は伍平といっしょだったし、傘を売ったお金で、買ったんだった。

「いいから、食え」

「うん」

 私はまだ温かな魚をはふっと頬張る。

「美味しいっ!」

 焼き加減が絶妙で、身が硬くなりすぎず、ふんわりとした食感。そして、少し大きめの魚のせいか、脂ものっていて、とっても美味しい。

「お前、本当に幸せそうに食べるな」

「うん! 幸せだもん」

 私は頷く。

「美味しいものって、それだけで幸せだよね」

「そうか」

 ふっと晦冥の目が優しい光を帯びた。胸がドキリと音を立てる。

 なんだろう。この感じ。

 ずっとずっと、こうしていたい。そんな気分だ。

「人形は、屋敷の蔵に運ばれたみたいだ」

 ついでに田沢の屋敷の様子を見てきてくれたんだ。なんか何から何まで、迷惑をかけているなって思う。

「蔵って、ひょっとして閉じ込められている?」

「たぶんな。住み込みの人間が住んでいる場所は別だし、当然本宅ではない」

 聞きながら魚を平らげた私は、干し柿をもらった。

 うん。甘くて、こっちも美味しい。

「人形の『目』を借りれば、ある程度のことはわかると思うけど」

「その技を使うときは、気をつけろ」

 晦冥が厳しい顔をする。

「何を?」

「人形の目に意識を合わせるってことは、お前は人形と感覚を共有することに等しい。つまりだ。人形がされていることを自分にされている感覚になるってことだ。他人事じゃない」

「うん」

 晦冥の言いたいことはわかる。

「大丈夫。不用意に使わない」

 私は頷く。

「考えると、やっぱり俺は嫌だな。そうやってお前とつながる『人形』を、あの男が好き勝手にするかと思うと、虫唾が走る」

「えっと。好き勝手させるかどうかは、相手の出方次第かな」

 私は苦笑した。

 本当に、『嫁』として大事にしてくれるのであれば、大ごとにするつもりはない。

 贄がもういらないことだけ、何とか伝えれば、人形とよろしくやってくれって思う。たぶん、ひと月はそれなりに動くだろう。魔力が尽きたら、元の髪の毛と石に戻るけど、たぶん『人形』だと気づかず、家出したとか考えるに違いない。私としては、それまでに、伍平夫婦の安全を確保しておけばいい。多少、心が咎めなくはないけど、そもそも『贄』にされた時点で、かなりひどい仕打ちを受けたと思うから、お互い様だ。

 問題は、そうじゃなかった時。半分意識がないような女性を意のままにするのが好きとか、そういうどうしようもない奴だった場合は、容赦なく、痛い目にあわせてしまおうと思う。だって、それだと、次もある可能性が高い。犠牲者を出したくないのだ。

「なんか、でも。田沢って、魔力のこと以外、私に興味ないんじゃないかと思うんだ。贄として差し出し終わったから、後はどうでもいいのかも」

 私は肩をすくめた。

「運ぶ時も愛があるようには思えなかったし。蔵に閉じ込めるって。せめて本宅で看病して欲しいなあって思ったり。まあ、私じゃないけどさ」

 なんか、若干、悲しくなってきた。魔力以外は無価値って言われている感じだ。

「気にすることはないだろう? お前、本気で嫁になるわけじゃないし。相手がゲス野郎だったからって、お前の価値が下がるわけじゃない。そもそも、お前の価値は、俺だけが知っていればいい」

 晦冥は若干顔を赤くして鼻の頭を掻いた。

「私の価値?」

「気が強くて、妙に義理堅い。食い意地張ってて、素直で、ガキみたいなとこ。そばにいるとホッとする。いっそ、お前の魔力、弱けりゃ良かったのに」

 晦冥はため息をつく。

「そうすりゃ、親父もお前を玉座になんて、思わなかっただろう」

「そうねえ」

 もしそうなら、私は天界を脱走する必要もなかった。

「晦冥も、私に振り回されずにすんだのにね。ごめん」

 本当にこのところ迷惑かけっぱなしだ。

「ばーか。文脈、ちゃんと理解しろ。振り回されている自覚はあるけど、嫌とは言ってない」

「……うん。ありがとう」

 私は頷いた。

 魔力があってもなくても、晦冥は私には価値があるって言ってくれていることが嬉しい。

 なんにせよ。状況を確認しなくては。

「とりあえず、様子を見てみるよ」

「気をつけろよ」

「うん」

 私は頷いて、集中を始める。

 急に目を共有したら、目の前に田沢がいたりしたら嫌なので、まず、聴覚を共有する。

 物音はなく、しんとしていた。ゆっくりと視覚をつなぐ。

 随分と暗い。小さなあかりとりの窓から入ってくる光でなんとなく、ものの形がわかる程度だ。

 周りを見渡すために、体に意識をあわせる。

 蔵の中はがらんとしていた。普段使わないのだろう。

 どうやら私は床に寝かされていたようだ。せめて、むしろくらい敷いてほしいなあって思う。

 出入口っぽい場所の戸板はしっかり固定されていて、とてもじゃないけれど動かない。完全に閉じ込められている。

 戸板と反対側の壁際には、木箱が積み上げられている。うっすらと埃が積もっているようだ。

 そして、積み上げられた木箱のそばに、なにか寄せられたような塊。

 ゆっくりと、視線をおそすと、そこにあったのは、白い何かの骨であった。


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