第21話 人形
足は手当てしたものの、まだ痛い。
私と晦冥は岩場に腰かけて、外の方角を見ているが、板塀の向こうは静かだ。晦冥の話では、少し離れたところに野営しているみたい。
ということは、朝まではこのままってことなんだろう。
「生気吸われたら、ほぼ意識のない状態で倒れている。それを朝、回収すればいいってことなんだろうな」
ある程度の時間、私が逃げ出さないことを確認すれば、野営の立地が良いところに移動して待つのも、予定通りなんだろう。
朝になったら、半分意識がないような状態の私を迎えに来るのだろう。そして連れ帰って、嫁にするって、やっぱり極悪。たとえ愛があったとしても、酷い。
体力を取り戻すころには、きっと『恐怖』とかで、自分の支配下に置いちゃうのだろう。
そういえば、使用人さんの身体に、あざがあったことを私は思い出す。
「いっそ、ここで決着つければ?」
「うーん。それもありだよね」
田沢本人が、ここにいるんだから、ガツンとやってしまうのも考え方ではある。
「全員皆殺しにして、熊にでも襲われたように偽装すれば、あとくされなくて、いいんじゃないか?」
「……相当、物騒だね」
晦冥の言う方法は、簡単かもしれないけれど、さすがにやりすぎな気もする。田沢本人はともかく、周囲の部下は、命令されているだけだし。非道に非道を返すのは、ちょっと抵抗がある。
「人形を使ってみるのはどうだ?」
「人形かあ。それはありかもしれない」
それは、最初にも考えた方法だ。田沢の企みがわからないから、却下した方法だったのだけれど。意識がない状態が当たり前なら、ぼろも出にくいからいいかもしれない。
見た目的には、完全に私に似せることができるし、ちょっとした受け答えも可能だ。うまくいけば、ひと月くらいは騙せる。
「人形に任せて、ぼろが出ないうちに、伍平さんたちを連れて、里を出ちゃうのもいいかも」
人形が消えてなくなった時は、私が勝手に失踪したことになると思うけれど、税金については、契約書をとったから、田沢も無茶は言わないだろう。
「しかし、人形とはいえ、お前の姿をしたものを、他の男が好きにするのは面白くないな」
自分が言い出したことなのに、晦冥は不満ありげに顎に手を当て、唸る。
「……人形だよ?」
「人形でもだ」
ちらりと、私の顔を見る。その目にドキリとした。
「お前、まだ、俺の気持ちをわかってないのか?」
「えっと。でも、当座の問題は、解決できちゃうからいいんじゃないかなーと」
な、なんで、そんなにじっと見るの?
なんか、調子が狂うんですけど。
「やっぱり、嫌だな」
晦冥の指がすうっと私の頬に触れる。
「贄にして、抜け殻みたいになった女を喜んで抱いているような奴に、人形だとしても触らせたくない」
「……そりゃあ、私もうれしくはないけど、でも、一番、円満な方法だと思う」
最善ではないけれど、やっぱり、全員皆殺しにしたりしたりするより、ずっとましだと思う。人形は私の姿をしていても、私とは違うものなのだから。
「ただ、それで手を引いておしまいにすると、また何年か後に同じことをしそうで、それだけが心配かもね」
岩鬼は、今後手を引くと約束はしたし、岩窟の入り口をつぶしてしまえば、贄の問題は解決できるかもしれない。
ただ、田沢が、贄の問題とは別に、生気の抜けた『女性』を求めていたとなると話はややこしい。
「でも、そこまで、変人かな?」
贄を出さなきゃいけない義務感だったって、可能性もある。
「可能性は五分五分だな」
晦冥は肩をすくめた。
「とりあえず、人形で時間を稼ぎつつ、様子をみるしかないか」
「そうね」
私は自分の髪の毛を一本すくい取る。
そして、手ごろな石ころに結びつけ、指をパチンとならした。
私の姿をした人形が、私の目の前に現れる。
「さすがの完成度だな」
晦冥が口笛を吹く。
「どれどれ」
晦冥が立ち上がり、なぜか人形の腕にふれた。
「ちょっと、冷たいし肌触りがイマイチかな。まあ、素材が石だから、仕方ないけど」
晦冥は人形のあごに手を当てて、人形の唇に唇を重ねる。
「な、なにやって」
自分の人形に晦冥が接吻しているをみて、私は訳がわからない気分になる。
自分じゃないのに、自分だし。なんなの、このもやっとした感覚。
「ちょっと、俺の魔力を足した」
晦冥の顔は、何事もなかったかのようだ。
魔力を足すって。いや、別に口移しじゃなくてもできるよね?
「触ってみろ」
言われて、自分の人形の手に触れてみると、ややぬくもりを帯びている。さすがといえば、さすがである。
「……あ、ありがとう」
複雑な気持ちはあるけど、とりあえず礼を言う。
晦冥は私の隣に座ると、くすりと笑った。
「何か、怒ってる?」
「……別に」
「嫌だって、顔に書いてある」
「そうかな」
私は思わず顔をそむけた。晦冥はなぜか楽しそうだ。それにちょっと距離が近い。さっきより近くなっている気がする。
「言っとくけど、嫁入りするってことは、この人形、あの男に接吻されるどころじゃすまないんだぞ?」
「目の前でされるわけじゃないし」
私の見えないところでされることまで、気にすることはないと思う。嫌だけど。
「ふむ」
突然、晦冥は私を抱き寄せて、強引に唇を重ねてきた。
「ちょっ」
慌てて身をひく。
「やっぱり本物のほうがいいな」
にやりと晦冥は笑い、あっさりと私の身体を離した。
「どさくさにまぎれて、何するのよ」
口をとがらせて、抗議する。だけど、胸のドキドキが止まらないし、顔が熱い。
「嫉妬してくれたのかなーって思ったから」
「……嫉妬なんてしないわよ」
なぜ、私が、自分の人形に嫉妬しないといけないのだ。おかしいと思う。
「それは、残念」
私の複雑な心を、何もかも見通したかのように、晦冥は笑う。
「そろそろ来たな」
ちょうど、岩戸の向こうから足跡が聞こえてきた。
うっすらと光が差し込んできたところから見て、朝が来たのだろう。
「とりあえず、人形を輿入れさせて様子を見よう」
晦冥は私を抱き上げると岩の陰に隠れた。
武装した男たちが輿を持って現れた。
そして、岩窟内を見渡し、驚くこともなく、倒れている私を輿の中に放り込む。
「行くぞ」
「うん」
私たちは、ゆっくりと彼らを追跡することにした。
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