第20話 手当

 岩鬼を蔦でしばりあげた晦冥は、怖い目で私を睨んだ。

 その目に思わずたじろぐと、ひょいと私は抱き上げられて、岩の上に座らされる。

 怖い顔のまま、晦冥は私の足元に座り込んだ。

「触るぞ」

 晦冥の手が伸びて、ひねった私の足に触れる。

「イタッ」

 ただ触れただけなのに、思わず叫んでしまう。思ったより酷いようだ。

 晦冥は丁寧に、私の足首を調べていった。

「かなり赤くなってる。もう腫れてるし。骨には異常はなさそうだが、かなり酷いぞ」

「……そうかな」

 痛みに引きつりながら、ちょっとだけ強がる。

「とりあえず冷やさないと」

「……うん」

 晦冥はパチンと指を鳴らす。拳くらいの雪の塊を作り出した。

 冷たいそれを手ぬぐいでくるんで、足に縛り付ける。

 すごく冷たくて、痛いんだか、冷たいんだか、よくわからなくなった。

「しばらく歩くな」

「そう言われても」

 私は苦笑する。

「ここにずっといるわけにもいかないし。というか、そもそも、この後、どうなる予定だったのかしら」

 ちろりと、岩鬼の方に視線を送る。

「いつもはどうしていた?」

 晦冥が質問する。岩鬼は、縛られたまま、身体をぶるりと震わせたようだった。

「よ、翌日の朝、花嫁は回収していく決まり……であります」

「ふーん。それで、何を約束していた?」

「この山の休眠です」

「なるほど」

 これだけの温泉があるってことは、この山の活動は活発なのかもしれない。

「つまり、気に入らないことがあると、この山を噴火させたわけだ」

 晦冥は呆れたような顔をした。

「おかしいと思った。こんなに気脈の弱い山で、温泉があるとはな」

 あ、そうなんだ。山本来は、わりとおとなしいんだね。そこまで気が付かなかった。

「いくらなんでも、地上界に介入しすぎじゃないのか?」

 岩鬼は答えない。

 もちろん、やってはいけないって決まりはたぶんないし、地獄の住人ならば、それくらいの力は持っているのだろう。

「あんまり、意のままに地獄の力を使うと、結局は、地獄も滅びるって、前に王に話したはずなんだがなあ」

 晦冥は大きくため息をついた。

 さりげに、地獄の王と話したとか言ってるけど……怖いぞ、従兄殿。

 というか。それ、陛下知ってるのかな? 知ってるとしたら、もう、晦冥が次期第六天魔王でいいんじゃない? 地獄の王に顔がきくとか。

「王は関係ない……です」

 岩鬼はぽつりと口を開く。

「ふうん。じゃあ、地上の女の魔力を吸って、何をしていた?」

「そ……それは……」

 ガタガタと岩鬼の身体が震えだす。どうやら、王に『内緒』で、何かやっていたのだろう。

「この後何もしないのであれば、見逃してやる。そうでないなら、こちらにも考えがある」

 ニヤリと晦冥は、人の悪い笑みを浮かべた。

「俺が手を下しても良いが、そういう話なら、じきじきに王に会って話す」

「お、お許しを! な、なにも致しませんゆえ」

「誓えるか」

「はい。誓います」

 岩鬼はこくこくと頭を下げる。王にバラされると、晦冥に殺されるより、恐ろしい目に合うらしい。

 晦冥は、ふむ、と頷いて、手をパチンとならして、蔦の術を解いた。

「行け」

「ありがとうございます」

 へこへこと頭を下げ、岩鬼は、岩窟の奥へと消えていく。

 それを見送る晦冥の横顔を見ながら、ちょっと恐怖を感じる。

 ひょっとしたら、三人兄弟の中で、いちばん『陛下』に似ているのかもしれない。

「どうした?」

 不意に視線を私に戻した晦冥が、不思議そうな顔をした。

「えっと。いや、意外と、陛下と晦冥って似てるなあって」

「俺が?」

 晦冥が嫌そうな顔をした。

「顔が似てるとは言われるけどな。性格は、弟の玲瓏れいろうが一番、親父に似ているぞ」

「本当に?」

 玲瓏れいろうは、なつっこい印象のせいで、陛下とは全然違うように思えてしまう。

「あいつは、お前の前だと、猫かぶりだから」

「猫かぶりっていうほど、かぶってないけどね」

 人懐っこくて柔らかいのは、外面そとづらだってのは、わかってる。甘え上手なだけで、考え方はかなり冷酷なところもあったりするし。

「でも、そうかもね。私、自分が思っていたより、三人のこと、知らないのかもしれない」

 晦冥は、ぶっきらぼうで、ふらふらしていて、あんまり話したことがなかったから、こんなにいろんなことを考えているとは思ってなかった。あとの二人も、思い込みだけで、よく知らないのかもしれない。

「何にしてもありがとう。それにしても、いつから見てたの?」

 出てきた頃合いが、あまりに絶妙すぎだと思う。

「割と頭から」

 晦冥は肩をすくめた。

「事情も知りたかったし、そもそも、最初から出てきたら、お前、機嫌悪くなるだろう?」

「……そうかな?」

「そうだよ」

 うーん。否定はできないけれど、なんだかな。

「肉弾戦が入らないなら、お前、俺より強いし」

 天界で屈指の実力の従兄どのに、そんな風に言われるとは、複雑である。

「そこまで、強くは……」

「でも、助けを呼ぶ気は全くなかっただろうが」

 勝手に決めつけられたけど、あながち間違っているとも言えない。今でも、自分一人でもなんとかなったんじゃないかなーってどこか思ってる。もっとも、私一人だと、本当に死闘になっていた可能性が高い。

「ただ、けがをする前に助けるつもりだった。すまん」

 晦冥は頭を下げる。

「ううん。これは私が意地っ張りだから、仕方がないよ」

 勝負的には、私が『勝って』いた。着地に失敗したのは、私自身だ。そんなところまで、予測するのは不可能だと思う。

「しかし、この後、どうしようかな」

 とりあえず、田沢が何をたくらんで私を嫁に選んだのかはわかったし、大本の原因は取り除いたけれど、素直にそれを話して、丸く収まるとは思えない。

「このまま、逃げればいいんじゃないか?」

「それはダメだよ。伍平さんたちに迷惑がかかるもの」

 田沢が私への報復を、伍平夫婦や、あの里の人たちに向ける可能性は非常に高い。

「岩鬼に生気を吸われたフリして、一度あの町に行って、ガツンとやるしかないかなー」

「その足でか?」

 晦冥が呆れた顔をする。

「手を貸してくれる? 晦冥しか頼れないの。お願い!」

 ちょっと厚かましいかな、と思いながら、手を合わせる。

「俺がお前に惚れているのを知っているくせに。ずるいな、お前は」

 晦冥は大きくため息をついた。

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