第15話 縁談
弥彦は雪と一緒になることになった。
とはいえ、もともと二人が住んでいた山奥の小屋に戻る必要もない。
そもそも、雪女じゃなくなったから、行くのも危険だし。
でも、この村では、商いだけをやって生きていくことはむずかしいので、他所に住むか、職を変えることを考えないとってことになった。
雪は自分の本体である桜の木がある神社を離れたくないだろうから、しばらく神社守をしながら、考えたらどうだろう、ということになった。
もともと、神主なんていない神社だ。
伍平が村の人たちに掛け合って、二人は誰も使っていなかった神社のそばの小屋に住めることになった。
なんといっても、霊験あらたかな神社なのである。
子供のいない伍平夫婦は、私を授かり、弥彦は、別れを決意していた女性といっしょになることができた。
しかも、真冬に桜が咲いている!
咲かせてしまった桜を今さら、元に戻すことはできないので、神社のご利益は目に見える形で残ってしまった。縁結びについてはともかく、奇跡は起きているのである。
そんなことで、神社はあっという間に、大評判になってしまった。さすがに後ろめたい。
そもそも、この神社、この小さな村を見守る、山の神さま。おそらく、田んぼの神さまなのだ。
いきなり、縁結びの神さまに祀り上げられて、さぞや困惑しているに違いない。
とはいえ。小さな村だ。願い事をかなえてほしいって村人の数だって、たかが知れている……ハズ、だったんだけど。
それからしばらくした、夕刻のこと。
私は、頼まれて、井戸から水を運んでいた。数日、晴天が続いたので、家の周りの雪はだいぶ消えている。
もっとも、まだまだ気温は低く、冬が終わり! ってことにはならないだろうけど。
そこへ、
村長と言っても、それほど権力があるわけじゃない。みんなの意見のとりまとめとか、役人たちからの連絡ごとを取り次いだりって感じで、ほぼ便利屋さんだ。もちろん『美味しいところ』もあるんだろうけど、手間も多いから、たいへんだって、タミが教えてくれた。
伍平は中に入るように言ったけれど、村長は入り口に立って、話を始めた。長居する気はないらしい。
「田沢さまが、この神社に来られる?」
水を運び終えた私の耳に、ふと、二人の会話が飛び込んできた。
「そうじゃ。ついでに、おぬしと、おぬしの娘のことを聞かれた」
村長は顎を撫でながら、話を始める。
「聞けば、田沢さまは、もみじどのを見初められて、求婚なさったとか」
「へ?」
私は思わず声を上げ、村長と目があった。
その話は、断ったはずだ。完全に断わったのに、全然、ひいてくれなくて、伍平が後日返事を、ということで治めてくれたんだけど……まだ、諦めてくれなかったの?
「……はい。しかし、それは」
伍平は言いよどむ。
「こちらに来るついでに、連れて帰りたいとおっしゃっておられる」
何の話だろう?
さすがに、意味が分からない。
「どうだね?」
村長は私の方に問いかけてきた。
「どう、と言われましても、私、お断りしましたし。気が変わることもないんですけど」
「ふむ……」
村長はとっても難しい顔をした。完全に私の答えは、予想外だったようだ。
「田沢さまは、全然、そんなふうには思っていらっしゃらない」
私は伍平と顔を見合わせた。
あの日、確かに全然、ひいてはくれなかったけど。私は、気を持たせるようなことはいっさい言わなかった。もちろん、後ほど返事するといったものの、「否」という返事はしてない。だけど、返事がないから、了承したって感じのものではないと思う。
「田沢さまは、なんと?」
「こちらに来るときに、この家に手土産として、米や酒を持ってくるとおっしゃっていた。村の人間にもふるまいをするし、祝儀がわりに税も安くすると言われていたのだが」
どうやら、田沢は、私が了承することを前提で、村長と話をしていたらしい。了承してもいないのに、祝いの品を持ってきて、しかも村人にふるまう約束やら、減税とか!
この村の人は、飢えるほどではないけれど、金持ちというわけじゃない。当然、村長としては、村全体の益を考えると、私に嫁いでほしいだろう。
「事情はわかりましたけれど、私、困ります」
「そうは言われてもねえ」
村長の方も困り果てたように、首を傾げる。
「田沢さまは、嫁にするつもりで、断られるなんて欠片も思っていないようだった。ついでに私の立場で言わせていただくなら、あの方に逆らうのは賢明とは言い難い」
「断わると、減税じゃなく、増税しますかね?」
さすがに言葉にするのはきがひけるらしく、村長は黙ったまま肩をすくめてみせた。
「酷い話だわ……」
思わずため息をつく。
「もみじちゃん」
伍平とタミが心配そうに私を見つめている。
そう。下手な断わり方すると、この二人に一番迷惑かけそうなんだよね。
「ちょっと、出かけてきます」
少しだけ、一人でゆっくり考えたい。
私は村長に頭を下げ、家を飛び出し、神社のほうへと向かったのだった。
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