第16話 相談

 本当に困った。

 もちろん、ここで『家出』してしまうってのも考え方の一つなんだけど、残された伍平夫婦の立場ってものもある。それにしても、村全体を人質にするって、卑怯だと思う。

 というか、なんで、そんなに『私』にこだわるんだか。嫌がる女が好きなのかな。だとしたら、悪趣味極まりない。

「どうかしたんですか? もみじさん」

 神社の境内で考え事をしていたら、雪に声を掛けられた。弥彦は出かけているそうだ。新居を直すのに不足なものを手に入れるためらしい。雪は、桜の精? になってから、前より雰囲気が柔らかい印象。人間の生活をしていて、人間らしく振舞っていることもあるけれど、やっぱり依り代に、左右されるところもあるのかもしれない。

 新居にお邪魔して、お茶を一杯、ごちそうになる。最初は廃屋みたいな空き家で、相当ぼろっちい感じだったけれど、なんとか生活できるくらいには修繕している。。

 お茶と一緒に差し出してくれたのは、タミさんの漬物。二人の結婚お祝いに、いっぱいあげたやつだ。

 とーっても、気に入ってくれているらしい。お茶請けにもいい。

「なんか厄介なことになっちゃって」

 私は、大きくため息をつきながら、縁談の話をした。

 雪は、当然、私が『普通の』人間でないことを知っている。なんといっても、一戦交えた仲だもの。

「そのひと、ひょっとして、もみじさんがを知っていて、話を持ち掛けているんじゃありません?」

「え?」

 私は驚いた。そんなことって、ありえるのだろか?

「でも、私、田沢の前で魔術を使ってはいないよ? 追っ手にはちょっとだけ、使ったけど」

「もみじさんが、普通じゃないと見破るのは、難しくないことかと」

 くすり、と雪は笑った。

「そうなの?」

「まず、冷静に考えて、雪女に啖呵きるような度胸のある娘は、そんなにいません。魔術を使ってないにしても、普通の娘がしないことをやって見せたのは、間違いないんですよね?」

「えっと……」

 男をぶん投げたことかな? あれは、ちょっとやりすぎたかもしれない。

「気を付けてみれば、瞳の奥に強い魔力が見えます。勘が良ければ、一発で気づくと思いますよ。あやかしの類だとすれば、においでわかると思いますし」

「ふーむ」

 そういうものなのだろうか。

「恋人さんに、ご相談なさったらいかがですか? 拝殿の方にたぶんいらっしゃいますよ?」

「恋人さん?」

 なんのこと? と、思ってから、はっとなり、顔が熱くなった。

「えっと。晦冥かいめいは従兄で、恋人ではないんだけど……」

「あら? そうなんですか? てっきり恋人さんかと思ってました」

 雪は面白そうに微笑む。

「私を捜しに来てくださったとき、もみじさんの願いだからって。あの熱意で、私、説得されちゃったんですよ。最初は無理だからって断ったんだけど。あの方、すごく、もみじさんのこと大事におもっていらっしゃいますよ」

「う、ええと」

 私は返答に困る。

 晦冥が私のために骨を折ってくれたのはわかっている。

 それにしても、天界にいたときは『そぶり』も見せなかったのに。なんで? って思っちゃう。もちろん、もともと嫌いではないし、お世話にもなっているんだけど……。

「とにかく、ご関係がどうなのかはともかくとして。今回のこと、あの方にご相談なしに、行動を決めてはいけません。きっと後悔いたしますわよ」

「そ、そうなのかな?」

「そうです! 絶対、怒られます」

 雪に断言されて、私は思わずたじろぐ。

 晦冥、怒るとたぶん怖い。うん。だって、魔術で勝てない相手だし。

 しかし、どうやって切り出したものか。

 私は雪に礼をのべると、神社の拝殿の方へと向かった。

 今日は、ご神木の上に浮いているなどという常識はずれなことはしていないみたい。

「晦冥、いる?」

 辺りに人がいないのを確認して、私は拝殿に声を掛けた。

「もみじか?」

 拝殿の中から、ふらりと晦冥が現れる。

 どうやら奥で寝てたようだ。

「ここで、寝起きしているの?」

「んー。いつもじゃない。たまに天界うちに帰らんと行かんからな」

「ふーん」

 界の往復って、かなり魔力の消耗が激しい。それなのに、行ったり来たりしてるって、それだけで凄いなあって思う。

「もともと、俺、ふらふらしてたからな。今までと同じように行動しないと。地上こっちにずっと俺がいたら、お前がどこにいるかバレるだろうが」

「ああ、なるほど」

 はっきりとわからないけれど、私、天界、脱走してきたわけで、ひょっとしたら捜されてるかもしれない。

「なるほどじゃない。マジで、みんな捜してるんだぜ。兄貴とか特に、血眼になってやがるから。用心に越したことはない」

 晦冥は肩をすくめた。

光華こうかも捜したりせずに、私がいないってことで、堂々と次期第六天魔王になっちゃえばいいのに」

「俺もそう思う」

 本当、そうしてくれたら、ありがたいのに。

「陛下が決めたからってことかしら?」

「それもある。あと、兄貴は、魔力に劣等感があるからな」

「なるほど」

 頭脳明晰、容姿端麗。しかも長男。人望もある。玉座に最も近いはずなのに、光華は三人の兄弟の中で、ほんの少しだけ魔力が低い。

 まあ、だから光華が私と結婚したい理由はわかる。私と光華が結婚すれば、魔力のことで不平を唱える輩はいなくなるだろうから。

「真面目だもんね。光華は」

「悪かったな、真面目じゃなくて」

 晦冥がなぜかムッとしたらしい。

「私、そんなこと、一言も言ってないよ?」

「お前が、兄貴を褒めると面白くない」

 すねたような顔をする晦冥。えっと。これは、妬かれているのかな?

 そう思ったら、なんだかかわいく見えてきた。

「なんだよ?」

「なんか可愛いと思って」

 私はこみ上げる笑いをこらえる。晦冥は困ったような顔をした。

「まあいい……で、なんか用事があったんじゃないのか?」

「ああそうなのよ」

 私は、ぽんと手を打って、詳細を話しはじめた。



「十中八九、お前の魔力に気がついているやつだな」

 晦冥が顎を手でなでる。

「じゃあ、やっぱり、一度、嫁として乗り込んで、吹っ飛ばしてくるしかないのかなー」

 相手が、どんな意図で私を狙っているのかが、よくわからない。

 逃げられない以上、懐に飛び込むしかないのかも。

「できれば、穏便な方法でお断りできたらいいんだけどね」

 私は大きくため息をつく。

 伍平夫婦に迷惑をかけずに、断ることができたら一番良い。

「おそらく無理だ。話を聞く限り、お前の意志など、聞く気がないんだからな。しかし、その日程だと満月すぎるな……」

 ぽつり、と晦冥が呟く。

「そうね」

 私たち天人の力は月齢に左右する。満月には敵なしの私でも、月が欠け始めるといろいろと制限がかかる。

「俺も行こう」

「……どうやって?」

 田沢は、神社の帰りに私を連れていくって言っている。伍平夫婦ですら、同行を許されそうもない。

「方法はいくらでもあるさ」

 晦冥は不敵な笑みを浮かべたのだった。


 

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